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7.道院、再び

 牛車に乗り続けて6日間。晧月とのおしゃべりが少し楽しく感じられてきた頃、ようやく道院に着いた。

 目の前には100段以上の階段。

「道院っていうのは、どこもかしこも最初の階段を長くする趣味があるのか?」

「……かもしれませんね」

 林杏リンシン晧月コウゲツと共に階段を上り始めた。前世では10段以上進むと息が上がっていたが、今は30段くらいまですんなり進めた。

「ちょっと休憩するか」

「晧月さん、合わせなくて大丈夫ですよ。先に行ってください」

「おいおい、俺はそこまで薄情じゃねえよ。いいじゃねえか、一緒に行こうぜ」

 そう言って晧月は少年のように明るく笑った。林杏は礼を言って、晧月の隣に腰を下ろした。今でおそらく50段くらいだろう。

「それにしても道院はなぜこんなに町から離れたところに作るんでしょうか。近いほうが行き来しやすいし、便利なのに」

「いわゆる俗世から脱するため、とかじゃねえか? まあ、多分違う目的もあるだろうけど」

「違う目的?」

 林杏は答えがまったく思い浮かばず、首を傾げた。すると晧月は「俺の予想だぞ?」という言葉に続けた。

「仙人の修行って意味わかんねえだろ? 呼吸法とか歩き方とか。そんな馬鹿馬鹿しいことからでもいいからやってやる、って気持ちがある奴だけを集めたいんじゃねえかなあ。それに道院って新しく建ってないんだ。なんでかわかるか?」

 林杏は首を横に振る。

「受け皿を増やしたくねえんだよ。変な奴を混ぜない為にな。あと帝から離れた組織だから、申請も通りにくいのかもなあ。道院くらいの広さがある施設を作るんなら、必ず許可は必要だから」

「そういえば、帝が仙人だって話は聞いたことがないかもしれません」

「だろ? 帝が住んでいる宮殿や妃たちが住んでいる後宮は、ある意味贅沢し放題なんだ。紙で作った本も山ほどあるし、調度品も金銀で作られているのは当たり前だからな。けど道院はそうじゃない。いかに自分たちの中から欲や雑念を消すか。いらないものを削ぎ落とすかが重要とされている。な、正反対だろ?」

 林杏は感心して思わず小さく何度も頷いた。

「そう言われてみれば、確かにそうかもしれません。それにしても晧月さんはすごいですね。とても博識で。帝のことまでご存知なんて。さすが輝州出身なだけありますね」

「え? あ、お、おう。そうだろ?」

 晧月の笑みが少しぎこちないような気もしたが、褒められ慣れていないからかもしれない。林杏も両親から褒められたとき、いまだにどんな反応をすればいいかわからないのだ。

 林杏は正面に広がる木々を見る。木の位置や高さによっては一番高いところを見下ろす形になる。

「想像していたより早く上がれました。やっぱり前世のときは体力がありませんでしたね」

「そんなに体が弱かったのか?」

「弱かったわけではないんですけど、なんていうか……」

 林杏は前世では老人の愛人として生活していたが、敷地の外には出してもらえなかったことを伝えた。すると晧月が表情を歪ませた。

「あの爺さんか。ずる賢くて人を舐めくさった感じの」

「知ってるんですか?」

「有名人だよ。確実にクロなのに、なかなか尻尾を見せないって。この国では人身売買は禁止されてる。なのにあの爺さんはその証拠をどこにも残さない。……別方向から調べて、あんたの前世の両親をしょっぴくこともできるかもしれんが、どうする?」

 前世の両親のことが頭に浮かんだ。彼らは林杏を、杏花を愛したことはなかった。林杏を愛してくれたのは、今の両親。せっかくなら愛してくれた方の両親を大切にしたい。そしてそんな両親に対して誇れる人間でありたい。それならば、返事は決まっている。

 林杏は正面の景色を見たまま、答えた。

「正直どうでもいいので、その気になったらって感じでお願いします」

「ははは。おうよ、任せときな。こう見えて顔は広いんだ」

 さあっと風が吹く。なんとなく風にそろそろ動け、と言われたような気がした林杏は、ゆっくり立ち上がった。

「はー、あと半分がんばろっと」

「そうだな。なーに、喋ってたらすぐだろうよ。疲れたらまた休憩しよう」

「すいません、合わせていただいて」

 林杏は申し訳なくて晧月に謝る。すると晧月は口元に笑みを浮かべたまま、首を横に振った。

「気にすんな。俺がしたくてやってるからな。1人より林杏といたほうが楽しそうだ」

「私、そんなにおもしろいこと言えませんよ」

「そんなことねえさ。それに誰かと一緒にいられるっていうのは、けっこう幸運なことなんだぜ」

 両親や星宇の穏やかな笑顔と優しい声を思い出す。前世でひとりぼっちだったときよりも、楽しく温かい日々だった。

「それは、そうかもしれませんね」

「だよな。なーんか、俺の周りではいまいち受け入れられなかったんだよなあ」

 もしも人間関係にそれほど重きを置かない人物だったならば、晧月の考えは暑苦しく距離が近すぎるように感じるかもしれない。林杏は「いろんな人がいますから」と言って、歩を進めた。


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