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断罪者 ②

 乾いた木の音と共に、杖を着いた女性が会計カウンターより伝票を持ってやって来る。


 「久しぶり、クオン。貴女が聖都に来るなんて珍しいじゃない。周りの皆さん……断罪者さんはよく店に来るから知ってるけど、他の人は貴女のお友達?」


 「久しぶりだね、ステイス。友達っていうか、旅の仲間かな? あ、シャーリアちゃんは都市の案内人だけどね」


 片足が義足の女性ステイスは薄い唇に微笑みを湛え、優しい笑顔を浮かべた。


 「注文はメニュー表を見て決めてね。クオンは大丈夫だと思うけど、うちの店は量が取り柄だからお嬢さん二人は一つの料理を注文した方がいいわ。剣士さんの方は体格から鑑みるに、大丈夫かな? 断罪者さんはコーヒーでいい?」


 「ああ」


 既にメニュー表を手に持ち料理を舐めるようにして選んでいたサレナは日替わり定食を注文し、他の面々も同じものを選ぶ。


 「日替わり定食を四つ。コーヒーが二つっと。他に注文はある?」


 「あの、クリームパフェを一つ」


 「クリームパフェね……他には―――」


 「丸パンとミルク、ハンバーグを単品、サラダと骨付き肉のローストを単品でお願いします」


 「……えっと、白銀のお嬢さんはそれを食べ切れるの?」


 「食べ切れます、お腹が空いてますから。それと、私の名前はサレナと申します。宜しくお願いします」


 「……サレナちゃん、もし食べ切れないと思ったら他の人に分けてもいいからね? 一人で食べるには量が多いと思うから」


 「あぁ大丈夫だよステイス。サレナちゃんは食欲旺盛な方だからさ」


 「ならいいけど……。ジェイク、注文よ!」


 吸い切った煙草の火を消し、屑籠に捨てたジェイクはステイスから伝票を受け取りと、鈍色の光を反射させる包丁を手に魔導保存庫から様々な食材を引っ張り出す。


 「少し時間が掛かると思うけど、大丈夫?」


 「うん、大丈夫! 他にやる事も無いからね」


 「分かったわ。それじゃ、ゆっくりしていってね」


 「ありがとうステイス!」


 義足を巧みに操り、杖を用いて会計カウンターへ戻るステイスを見送ったクオンは懐かしさに目を細める。


 「クオンさん」


 「どうしたの? サレナちゃん」


 「昔よくこの店に来ていたんですか?」


 「うん、けど二、三年前くらいかな。久しぶりにあの夫婦の顔を見たけど変わんないな」


 「夫婦?」


 「そ、ジェイクとステイスは夫婦でこの店を経営しているんだよ。馴れ初めとかは詳しく聞いた事が無いけど、話によればジェイクの一目惚れだってね」


 「そうなんですか……」


 多種多様な具材を刻んでは焼き、短剣を繰るように包丁を振るうジェイクの右目は手元の食材とステイスを交互に見やり、彼女が椅子に座ると料理に集中する。


 足が不自由なステイスを心配しているのだが、厨房に立つ以上この場所を離れるワケにはいかない。ジェイクは唸るような手捌きで効率良く料理を完成させていくと、自らテーブルへ運び食器を置く。


 「単品料理は待て。断罪者はこのコーヒーを飲んでいろ」


 「あぁ」


 定食を短時間で二人分作り終え、サレナとウィシャーリエの前に置いたジェイクは厨房へ戻ると鬼気迫る様子で調理を再開する。


 「……」


 「先に食べなよ二人共。私とアインはゆっくり待ってるからさ」


 「では先に失礼します」


 「い、いただきます!」


 食器を手に取り一心不乱に食事を進めるサレナとは対象的に、ウィシャーリエは恐る恐る料理を口に運ぶ。


 「―――」


 「どう? 美味しいでしょ?」


 底が深い器に入った熱々のコーンスープ、素揚げした海老と濃厚なデミグラスソースが掛かった手の平大の分厚いハンバーグ。千切りキャベツには甘酸っぱくも舌に馴染むソースが掛けられており、食欲を刺激する。


 サレナが手を止めずに口を動かすのも分かる。人は本当に美味しい料理を食べた時、自分が出会った事の無い味を知った時、その味と食に没頭するのだ。飢えていようといなかろうと、手と口は止まらない。


 ウィシャーリエはサレナ同様料理に意識を集中し、口と手を動かし続ける。黙々と食事を続ける二人の少女を眺めていた男は表情を一切変えずに、笑った際に生じる息のようなものを鼻から吹き出す。


 「良いものだな、実に良い」


 ステイスが淹れたコーヒーを啜った男が呟く。


 「料理の味を楽しみ、刺激を感じながら己の肉身にする。それが食事本来の意味なのだろう」


 「貴様も飯を食っていただろう」


 「我の食事は単なる栄養と熱量の摂取に過ぎん。ただ生きる為に食べ、飲んでいるだけだ。やはり、子供が食事を楽しむ様は良いものだ」


 「……貴様、名は何という」


 「言った筈だ、我の名は断罪者だと。人は我を断罪者と呼び、我も自らを断罪者と名乗る。捨てたのだ、名を、幸福を。我は有り余る不幸と罪を見定め、裁定し罪を断つ者。それが断罪者と呼ばれる我であり、罪人を裁く者の総称だ」


 男、断罪者は何処か遠く、懐かしい景色を見るようにサレナとウィシャーリエを見つめる。淀んだどす黒い瞳にほんの僅かな、消え入りそうな優しさを宿すもそれは憎悪と殺意に焼き尽くされ、罪人に対しての怒りに変換される。


 彼が斬る存在は罪を犯した者である。天平剣の刃に人類や魔族といった種族の違いは関係無い。同族殺しの制約が存在していても、断罪者の秘儀と剣は人類ならば犯した罪の数と重さ分の自由を奪い、魔族ならばそれ相応の命を奪う。


 断罪者と呼ばれる存在は人類領における法的存在である。本拠地を聖都に置き、大聖堂の一大組織である断罪者は普通ならば二人一組で行動する。だが、どす黒い瞳の男は常にで行動し、人類領各地の罪人を断罪していた。


 異端、狂人、人の形をした機械、憎悪と殺意の鬼……。同じ断罪者にも畏怖される男は罪人を猟犬の如く追い回し、一切の慈悲なしに断罪する。どんなに己が人を裁く罪に塗れ、人が人を裁くという矛盾に満ちた悪に染まろうとも、男は剣と天平を以て罪人を裁く。それが、復讐の相手に辿り着ける唯一の道だと信じている故に。


 「我は断罪者也。罪を断つ為に罪を犯す愚人に幸福は必要無し。無数の不幸を見届け、悲劇を繰り返す者。女子供を殺める屑と他者の未来を奪う者に価値は無し。我は自らの復讐の為に、に罰を与える為に我が命は存在している」


 断罪者の、彼の瞳に闇と黒が入り混じり、異形の腕を持つ人間への激情が男の思考を埋め尽くした。

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