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断罪者 ①

 「や、ジェイクさん! 久しぶり! 元気してた?」


 煙草の煙をくゆらせた左目に痛々しい古傷を持つ筋骨隆々の大男ジェイクは紫煙を吐き出し、眉間に皺を寄せながら「飯を食うなら勝手に座れ、注文は家内が取る」と話しフライパンに油を敷く。


 「相変わらず不愛想だなぁ。サレナちゃん、シャーリエちゃん、アイン、勝手に座れって言ってるし適当なテーブルにつこう」


 「はい」


 「わ、分かりました!」


 「……」


 アインは周囲へ素早く視線を巡らせ、店内に居る客の様子を窺う。


 労働者の格好をした男が数人、派手な服装と化粧をした女が一人、一つの山盛りとなった料理を分け合う子供が二人。大繁盛とは言い難いが、店は固定客を掴んでいるように感じられた。


 「アイン? どうしましたか?」


 「……」


 剣士の真紅の瞳が空の大皿を積み重ねながら尚も食事を続ける黒衣の男を見据えていた。


 一心不乱に食事にがっつき、周りの様子などお構いなしと言った風を装う男の視線は店に入店してきた者に向けられていた。食事に夢中なのは態度だけ。彼の本当の目的は別にある。アインを一瞥した男は猛烈な勢いで追加の料理を平らげ、口元をハンカチで拭う。


 「……」


 「ちょっとアイン、そんな風に他人をジロジロ見るもんじゃないよ。礼儀がなってないよ、礼儀が」


 「少し黙れ」


 殺意とも宿怨とも捉えられる視線。男の淀んだ溝川のようなどす黒い瞳がアインを射抜くと同時に、凛とした鈴の音が鳴った。刹那、強烈な殺気がアインへ迫り、反射的に身体を逸らした剣士は男の剣を回避する。


 「……躱すか、罪人よ」


 「……貴様、何者だ?」


 「罪人に名乗る名は決まっている。我が名は断罪者也。貴様の身に刻まれた罪は万死に値する。故に、断罪者として罪を浄化せん」


 断罪者と名乗った男のどす黒い瞳には問答無用の殺意だけが存在し、無精髭の中に見える頬は酷くやつれていた。男の握る剣―――剣と見るには形容し難い荒唐無稽で珍妙不可思議なる刃は天秤をそのまま武器としたような形を取っており、人を殺傷するなど先ず不可能な構造のように見えた。


 「罪人だと? 貴様、何を言っている」


 「我が断罪者の目は罪を見抜き、与えるべき罰を裁定する。だが、奇妙だ」


 男の更なる凶刃を回避したアインは視線を剣の先端へ移す。天秤の刃の先に存在する高純度魔石結晶に男の魔力が集中し、真紫の光が収束する。


 「何故貴様の罪が見えん。我が秘儀が罪人を見間違うなど在り得ない。問おう、貴様は何の罪を犯した?」


 「狂人か? 貴様の言う罪とは何だ」


 「罰を与える者は常人に非ず。狂人と呼ばれようと、断罪者は狂人が如くの意思を以て罪人に罰を与えるのが常である。……いや、待て。貴様、そもそもどっちだ?」


 アインの鋼鉄の拳が天秤を象った剣の刃を弾き、男の首へ伸びるが首根っこを掴まれる寸前で後方へ飛び退いた男はブツブツと独り言を呟く。


 「……知らねば裁けぬ。無知であれば我が執り行う裁定は無意味と化す。故に見ねばならん、知らねばならん」


 天秤を掲げた男は魔法薬を飲み下し、魔力を回復させると己が秘儀の名を呼ぶ。


 「


 カチリ―――と歯車が嚙み合った音が鳴った。


 天平を象った剣の内部魔導機構が男の発動した秘儀に反応し、歯車を回しながら内に組み込まれた断罪剣と裁定剣の二つの剣を魔石の魔力を用いて顕現させる。その様は二本の剣をそのまま柄で繋げたような奇怪な造形であり、二つの異なる性質を剣一本に纏わせた異常。


 「罪を知らねば人は裁けぬ。罰を与えたくば罪を知らねばならぬ。我は断罪者、罪を断つ者也。本来の名は捨てた故、この身は死するその時まで罪を裁く者。平凡なる幸福を捨て、有り余る不幸を見届ける者。罪人よ、貴様の罪を見ねばならん」


 凛―――と、鈴の音が鳴る。


 「……」


 天平が揺れ動き、アインの罪を見定める。


 「……」


 左へ傾き、右へ傾く。その動作は何時まで経っても止まらない。天秤自体が迷っているような、理解不能な混迷の路に陥ったような、そんな動き。


 「……罪人よ」


 「……」


 展開された魔導機構が格納され、剣が元の形に戻る。淀んだどす黒い瞳がアインを見つめ、男は剣を腰に吊ると「謝罪する」と話し、頭を下げた。


 「何のつもりだ?」


 「貴様の罪が見えなかった。見えないならば罪は裁けない。我は断罪者、無用な罰を下すのは愚かだろう」


 「……別に構わん」


 「貴様が構わんと話そうと我が剣を向けたのは事実。謝罪と賠償をしよう。ジェイク、この者等の食事代は我が持つ。……宜しければ貴様の名を教えて欲しい」


 「アインだ」


 「アイン……あぁ覚えた。それと」


 アインの横を素通りした男はサレナ達の前に跪き、頭を垂れて「貴方達の友の罪を知らず、剣を向けたことを謝罪する」感情の欠片も無い声で言った。


 「……私達に謝罪したところで赦すか否かの判断を下すのはアインです。顔を上げて彼と向き合って下さい」


 「そうか」


 男は立ち上がり、アインへ向き直るとサレナ達に対して行った謝罪の言葉と動作を繰り返す。機械染みた不気味な男。名を断罪者としか名乗らない男に言いようの無い不快な感情を抱いたアインは「気にしていない」と話し、サレナとクオン、ウィシャーリエが待つテーブルへ向かう。


 「……」


 「……」


 「……貴様、何故付いて来る」


 「我の謝罪が聞き入れられていないからだ」


 「別にいいと言っただろう」


 「受け入れたのか否か聞きたい」


 「受け入れたから、いいと言ったんだ」


 「そうか」


 サレナの隣の椅子に座ったアインの向かい側に男が座る。何の脈絡も無く共に食事を囲もうとする男へ対し、剣士は舌打ちする。


 「貴様、飯を食っていただろう?」


 「ああ」


 「食っていたなら何故共に食事をしようとしている」


 「我は我の任が終わっていない。剣が斬り、罪を裁かねばならぬ者の内通者が来るまで暇を潰したいだけだ」


 「アイン? ご飯くらいいいじゃないですか。クオンさんとシャーリエも構いませんよね」


 「私は別に、まぁ」


 「私は構いませんよ!」


 「ありがとうございます。アインも構いませんよね?」


 「……」


 剣士の真紅の瞳が男を射抜き、男の淀んだ瞳がアインを見据える。


 「……サレナが構わないなら俺からは何も言わん。だが、断罪者と名乗る男、少しでも可笑しなことをしてみろ。タダじゃ済まさんぞ」


 「ああ、理解した」


 そう話した男は食後のコーヒーを注文すると椅子に深く腰掛けた。

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