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影となりて ②

 神剣の剣閃が煌めきと共に闇を斬り裂き魔王の破界儀を相殺する。


 魔王の岩をも粉砕する一撃を星光の刃でいなし、全力の一撃を以て黒甲冑を斬りつけたエリンは刃傷をものとも言わぬ魔王を白銀の瞳で見据え、剣を握り直す。


 人類の決戦存在と魔族の決戦存在による戦闘は苛烈を極めるものだった。勇者と魔王、互いが互いの破界儀を決戦兵器である神剣と魔剣を用いて相殺し、一歩も退く事無く激突を繰り返す。常人の目から見れば辛うじて影と火花を認識出来る程の死闘にエルドゥラーを含む三人の英雄は一歩も動けずにいた。


 超人同士の殺し合い。そう言い表さねば勇者と魔王の戦いは言葉に出来ないだろう。魔王が座す玉座の間が裂けると同時に地が轟き空気が揺れ、魔王が放出する魔力に息が詰まる。エルドゥラーは自身の得物である武骨な大斧を握る手が僅かに震えていることに気が付き、心臓が早鐘のように脈打つ感覚を覚えた。


 御伽噺や英雄譚では勇者は仲間達と共に魔王を討つ。だが、エリンは玉座に座す魔王を視認した瞬間に神剣構え一人で突撃した。彼女の前に立ちはだかった魔族を瞬く間に斬り殺し、魔剣を呼び出した魔王と斬り合い始めたのだ。


 「エルドゥラー、どうする」


 「……」


 「エリンは魔王との戦闘を始めた。じきに上級魔族や魔将が来るかもしれん。俺達はどうしたらいい」


 「……」


 「エルドゥラー、聞いているのか? ……アニエス、魔力探知を始めてくれ。上級魔族や魔将のような魔力を探知するんだ」


 「もうやってるわよ! うっさいわね!」


 ただただ圧倒されていた為に言葉を失っていたのではない。エルドゥラーの破界儀が魔王の相殺された破界儀の断片を拾い上げ、学習と構築を繰り返していたのだ。


 破壊と破滅、死と呪い。エリンが魔王との戦いに身を投じる最中、エルドゥラーの破界儀は着実に魔王の破界儀を己が力に組み込み、驚異的な速さで成長する。幼子が親の会話から言葉を覚えるように、二本の足で立ち上がり歩く事を遺伝子が記憶しているように。エルドゥラーは魔王の破界儀の断片からその性質と異能性を見抜き、己が力として飲み込んでいたのだ。


 死は命を断つことで訪れる一種の終わり。呪いとは魂と肉体を穢す精神的汚濁。エルドゥラーの黄金の瞳が輝きを増し、破界儀を理解することで力を増幅させる。力を得た破界儀は高次元に位置する勇者と魔王の破界儀と同等なまでの力を引き出し、姿さえ視認できなかった戦闘を視界に捉え始める。


 「エルドゥラー―――」


 足を踏み出し斧を担ぐ。


 「ちょ、ちょっと、エルドゥラー!? なにやってるのよ!! 死にたいの!?」


 二人の言葉はエルドゥラーには届かない。


 言葉にし難い高揚感。絶対的な力を得たような全能感。勇者エリンに憧れた凡人エルドゥラーは斧を振り上げると己の破界儀を展開する。


 「死は万物に訪れる悲劇である」


 悲劇を無くしたいから破壊と破滅を手に入れたい。


 「生は万物に訪れる幸福であり、不幸である」


 不幸に泣く者を無くしたいから力を得たかった。


 「は影であっても構わない。愚者と誹られ石を投げられようと構わない。我は王となる者、王であれば全ての生命と死を見定めねばなるまい」


 涙を流す者を無くしたかった。不幸に嘆く者を無くしたかった。終わらぬ戦乱を無くしたかった。繰り返される悲劇と死を無くしたかった。


 「制約……そんな忌まわしい鎖があるから人は思考を放棄するのだ。制約に縛られる愚か者と傀儡が存在するから世界は変わらないのだ」


 目指すはエリンが語った理想郷。世界。エルドゥラーが差すみんなとは傀儡のような生と死を謳歌しない意思ある者だけが生きる世界。純白の真っ新な地平に意思を持つ生命が生きる世界。


 「我が求めるは全てを平らにした純白なる世界。我が抱く願望と理想が身勝手な我が儘だと言う輩も存在しよう。だが、それで結構。我を否定したいなら力を以て剣を向けるがいい。我の願望を否定したいならそれ以上の理想と願いを抱くがいい」


 故に、我が破界儀は意思無き傀儡を掃討し、制約に盲従する愚者の意思を破壊しよう。そう我がで全てを変えてみせようではないか。


 魔王と勇者の意識がエルドゥラーへ引き寄せられる。黄金と純白の焔の嵐を身に纏い、武骨な大斧に白金の刃を纏わせたエルドゥラーは輝く黄金の瞳を両者へ向け、戦意を滾らせる。


 「エルドゥラー―――君は!!」


 エルドゥラーへ手を伸ばそうとしたエリンよりも先に動いたのは魔王。魔王の魔剣による刺突は目にも止まらぬ速さでエルドゥラーの心臓へ迫ったが、その攻撃は黄金の焔により阻まれる。


 「貴様―――何者だ!!」


 「我か……我は貴様とは違う凡人だ。凡人故に舞台の上では主役を張れず、ただ脇役という役に従する一人の人間。魔王……何を驚いている?」


 灼熱たる憎悪と憤怒が魔王より放たれ、暴風のような殺意が魔剣を死に染める。彼の真紅の瞳が激情に濡れ、甲冑が異常な量の魔力を生成する。


 「駄目だ!! その破界儀を完全に展開してはいけない!! エルドゥラー落ち着くんだ!!」


 「エリン、お前一人に重荷を背負わさない。だから安心してくれ、エリンを信じる我を信じてくれ。この力があれば、この破界儀があれば全てを変えられる。神の誓約も、世界の歪さも、生命の醜さも全て変えてやる。やれる。我は全てを破壊し変えてやる!!」


 斧の一撃が魔王の甲冑を砕き、魔剣を弾く。エルドゥラーは立て続けに魔王を一方的に攻め続け、憤怒に染まる。


 こんな世界は間違っている。争いが絶えず、勇者と魔王が贄となる世界は間違っている。


 二人の超人が世界を変えられないなら凡人である己が世界を変えるしかない。破界儀の力でみんなが幸せになれる世界を創るんだ。神の都合も、制約も、全てを無視した異能で染め上げる。


 「……」


 魔王を斬りつけていた斧が止まる。


 「……」


 眼前には神剣の剣先が突き付けられていた。


 「……」


 何故だ、と。声にならない声が喉から絞り出された。


 「……エルドゥラー」


 エリンの悲しみを帯びた白銀の瞳がエルドゥラーを見つめていた。


 「私は、こんな方法で世界を変えたくはない」


 「何故……」


 「私は私の方法でみんなを幸せにする。絶対に後悔なんてしない方法でね。だから、少し落ち着いた方がいいよ。エルドゥラー」


 「……」


 血を流し、沈黙していた魔王が立ち上がる。


 魔王の真紅の瞳は未だ激情が宿りっていた。彼は魔剣を呼び戻すと不可解な術を使い、エルドゥラーを吹き飛ばす。


 「魔王!! エリン!!」


 「エルドゥラー……私には、これしか方法が無かった」


 魔剣が稲妻を纏い、魔王城の天井を砕き瓦礫を落とす。


 「エリン!!」


 「最後に一つだけ」





 何時か、私と同じ奇跡を纏う者が現れる。だから―――。





 その言葉を最後に、魔王とエリンは瓦礫の向こう側に姿を消した

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