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決戦存在 ①

 「アニエス……聞いたことがある。魔導国家ワグ・リゥスの王女にして類稀無き魔法の才を持つ少女だったか? エルファンの王族は皆そのような態度で初対面の人間に接するのか?」


 「アンタに言って無いわよ! えっと……エルドゥラーだっけ? 私が話しかけたのは勇者よ!」


 杖を着き、エルドゥラーを一瞥したアニエスはエリンを指差しもう一度「家来になりなさい! 貴女は私が上手に使ってあげる!」と話し、胸を張って踏ん反り返った。


 「エルドゥラー、君はこの子と知り合いなの?」


 「一度社交界で顔を合わせただけだ。知り合いと呼べる仲ではない」


 「そっか。アニエスちゃんだっけ? ごめん、私は誰にも仕えるつもりは無いよ。私の意思は私だけのものだし、誓った誓約も私だけのもの。相手が王族や貴族でも私の意思と誓約は捧げられない」


 「え……? ちょ、ちょっと、私は王族よ? 私の下に付けば貴女の欲しい物を与えられるわよ? それでもダメ?」


 「うん。私は勇者として戦い続ける。勇者だから誰にも仕えないし、使われない。アニエス、君が王族という身分でも関係ないよ。私は自分と世界の為に戦わなければいけないからね」


 在り得ないと言った表情で唇を噛み締めた少女は、エリンに対し見下すような視線を投げかけると苛立たし気に杖を握り締める。


 「こ、後悔するわよ。私は上級魔族を一体倒した英雄なんだから。私の助力を得られなかった事に咽び泣けばいいわ!」


 「上級魔族を一体倒しただと?」


 「そうよ! 恐れ入ったかしら? 上級魔族は戦士が束になってようやく討伐出来るか否かの存在よ! それを私は一人で」


 「俺とエリンは既に十体以上の上級魔族を殺しているぞ」


 「―――え?」


 「一人で殺した数でいえばエリンが十一、俺が七か。アニエス、上級魔族は確かに普通の魔族と比べれば遥かに強力で驚異的な存在だが、数で誇るものじゃない。奴等は戦場を渡り歩けば必ず一体は遭遇する個体だ。自由気ままに人類を殺し、戦況を悪化させる存在。それを討つ事は強者としての義務だ」


 上級魔族は戦場で衝突する魔族の戦士よりも遥かに危険な存在だ。だが、上級魔族という個体の強さはピンキリであり、強弱の関係性もハッキリしている。


 エルドゥラーとエリンが力を合わせて死線を越えながらも討伐出来た上級魔族の数は二体。その二体の強さはまさに別格であり、一度の攻撃で戦場の地形が変わり、力を持たない人類軍の戦士が皆殺しにされ死体も残らない悪夢が成される。


 「アニエス、お前は上級魔族を一体倒したと言った。確かにそれは英雄と称賛される武功だ。だがな、お前の働きで生き残った戦士は五百いた内のたったの十だ。みんなお前がエルファンの次期女王だから身を呈して庇い、命を散らした」


 エルドゥラーは自らが抱いた意思と誓約の都合上、戦場で散った戦士の名と生を全て記憶している。それは彼が立つ戦場以外の場所でも適用され、武器を振るい死線を掻い潜る中でも記憶として蓄積される。故に、彼は知っているのだ。アニエスの為に死んだ戦士がどのような思いを抱いて散ったのかを。


 「屍の上に成り立つ武功を自分の功績のようにひけらかし、他者を登用しようなんて思わない方が良い。戦士はお前の自慢話の為に死んだのではない。人類のこれからを担うお前の為に死んだんだ。人類の栄光の為にな」


 戦場で綺麗な死を求めることなど馬鹿げた願いなのだろう。こうして話している間にもエルドゥラーの脳には散り往く戦士たちの情報が累積し、悲劇と涙が溢れ返っている。


 常人では耐え切れない記憶の流入と蓄積。だが、エルドゥラーは王と成り、勇者の影であるならば当然であると考え驚異的な精神力と意思を以て記憶する。その悲しみと不幸を誓約の力とし、戦場で振るうのだ。


 「俺はこの戦士達が負った不幸と絶望を破壊し、滅却したい。だから戦う。散った戦士たちの死が無駄ではなかったと証明し、彼等の死は栄光へ至る為の死であったとして意味を与えたい。死が無駄ではなかったと、示したい」


 その言葉を最後にエルドゥラーは武骨な大斧を見つめ、溜息を吐く。疲れからのものか、取りこぼした命への懺悔か、それは彼にしか分からない。


 「……エルドゥラー、アニエスちゃん」


 「何だ?」


 「な、なに?」


 エリンが剣を構え、虚空を見据える。


 「武器を持った方がいい。早く」


 「……」


 「な、なによ、アンタたちどうしたのよ」


 「早く!!」


 圧倒的で暴圧的な力が収束し、闇という概念そのものが、死を纏う力が突然現れる。


 闇の中から歩み出すは黒甲冑に身を包んだ黒鉄の巨躯。真紅の瞳に殺意と憎悪、憤怒を滾らせた剣士はその場に居た三人の力を瞬時に認識すると、漆黒の大剣を振り上げエリンへ斬り掛かった。


 「エリン!!」


 「来ないで!! コイツは、この剣士は―――!!」


 神剣の刃が漆黒の剣の刃を弾き、星光の雫を散らす。


 一撃、二撃、三撃と。剣士は憎悪に染まった剣を振るい、エリンを弾き飛ばすとエルドゥラーとアニエスを視界に収め、殺意に濡れる真紅の眼光を向けた。


 「……忌まわしい。人の子よ、何故貴様は生きている」


 「な―――」


 フッと剣士の姿が空気に溶けるように掻き消えた。爆発する激情を宿す剣士の姿を目で追うが、気配は感じない。


 「弱き者、脆弱なる命、傀儡と道化の肉塊、目障りだ。目障り故に消えろ。私の前から、この世界から果てて消えればいい」


 剣士の攻撃が何処から迫ったかエルドゥラーは分からなかった。だが、彼はその類い稀なる戦闘センスと未来予知染みた直感を以て、剣士の攻撃を薄皮一枚のところで回避し、アニエスを抱きかかえながら地面の上を転がる。


 「貴様、何者だ!! 何故我々を襲う!! 答えろ!!」


 「目障りで邪魔だからだ。それ以外に理由は必要か?」


 真紅の瞳が鮮血の如くに輝き、世界が歪む。


 歪んだ世界は変容し、奇怪なる造形を象り醜悪に染まる。樹木は肉の塔へ、草花は枯れ果て血の雫を垂れ流し、地は臓物に埋もれ空を喰らう。


 「な、なによ、これ」


 「……」


 「エルドゥラー! 何よこれは! こんな、世界を変えるなんて、在り得ないでしょう!?」


 「アニエス……」


 逃げろ。そう言いたいが退路は断たれた。この世界から抜け出すには黒甲冑の剣士を討ち果たす他術は無い。エルドゥラーはガタガタとう震えるアニエスを背に隠し、斧を構えると黄金の瞳に闘志を宿しを展開した剣士を見据える。


 「死ね、腐れ、ただただ死ね。この世界に生きる無知蒙昧な衆愚よ、我が名は魔王。魔の頂点に立ち、王として君臨する最強種なり。人類よ、魔族を殺める繰り人形よ。貴様等は我が破界儀を以て殺す。存在の一片も残ると思うなよ?」


 「魔王、だと?」


 「如何にも。私は貴様等人類の最大の敵にして、最終目標である存在。さぁ、命を散らす準備は出来たか? 疾く死ね、人類」


 自らを魔王と名乗った剣士はフルフェイスの下で笑みを作ると剣を構え、エルドゥラーの斧と激突する。暴風と暴力を身に纏い、己の武器であるを振るうのだ。

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