金糸のような金髪を風に靡かせ、身の丈大の大斧に手を掛ける青年が居た。
彼の黄金の瞳に映るは、大斧によって薙ぎ倒された魔族の兵隊と無残な死を迎えた戦友の亡骸。そして荒廃した赤茶けた戦場。魔族領と人類領の境界線に位置する戦線は幾日の戦闘により死で汚染され、漆黒の闇のような絶望が蔓延していた。
「エルドゥラー様」
青年に語り掛けてきた将は痛ましい傷と焦げ付いた鎧姿であり、激戦の様相を物語る。
「戦況が悪化しております。御身の安全を最優先にするべきかと」
荒い息を吐き、将の背後へ駆けた青年―――エルドゥラーは大斧を振るうと武器を振り上げた魔族を一閃し、更に空から降り掛かる魔法の矢を全て叩き落とす。
「武器を構えろ」
「……ですが、私はもう」
「武器を構えるんだ!! 死にたいのか!?」
「……閣下、私はもう手遅れです。奴の、瘴気の上級魔族の毒を喰らってしまった。だから、もう長くはありません」
「諦めるな、諦めるな馬鹿者め!! 俺はお前を死なせないぞ、絶対に生かして故郷に帰してやる! だから諦めるな!!」
エルドゥラーには癒しの術の才覚も、破壊に特化した術も使えない。彼には術を扱う為の才能が一欠けらも存在しなかった。身体の内には魔力が流れているのに、術を使おうと式を構築しても発動される筈の魔法は煙と化して不発する。
肉体が腐敗し始めた将を抱きかかえ、迫る魔族を斬っては捨て、踏み潰しては蹴り飛ばすエルドゥラーの瞳に濃い疲労の色が見え始めていた。どんなに叩き斬っても、迫る魔族の数は減るどころか増える始末。致命傷を負った将の身体を抱きながら尚も戦い続ける黄金の青年の精神は次第に擦り減り、この絶望的な状況と己の非力さに言葉無く嘆く。
力が欲しい。絶望的な逆境にも打ち克つ力が欲しい。何故こんなにも勇敢な兵達が命を落とさねばならない。何故地面を埋め尽くすほどの死体の山が積み重なっているのに人魔は争い続けなければならない。この不条理な世界が憎い、この理不尽な絶望が憎い、何故―――人は幸福ではなく不幸に涙を流さねばならない。
「大丈夫だ、死ぬなよ。俺が必ず助けてやるから、死ぬな」
「……」
「そうだ言葉を減らせ。体力の消耗を抑えろ。直ぐに救援がやってくる筈だ。だからそれまで耐えろ。いいな?」
「……」
「ああそうだ、それでいい。大丈夫だ、俺が守ってやるから休め。お前はよく戦った」
一筋の紫電がエルドゥラー目掛けて奔り、予知能力じみた直感を以て紫電を回避した彼の大斧を雷が砕く。武骨な斧が無様な鉄片と成り果て、紫電の魔法を放った魔族を黄金の瞳が見据えた。
「おやおや、エルドゥラー。何故死体を引き摺って歩いているのですかな?」
「……死体、だと?」
「死体ではありませんか。我が腐毒を吸って腐敗した屍を何故貴男が引き摺っているのでしょう? おや? おやおや? まさか貴男はまだその死体が生きていると思っていらっしゃるのですかな? 魔法を使えぬ出来損ないの王族は実に愚かしいですねぇ」
「黙れ……」
「黙りませんとも。死体を引き摺る愚かで出来損ないの王族よ、此処で死ぬのが貴男の運命。腐敗の名を持つ上級魔族、ドゥルズが貴男に引導を渡して差し上げましょう」
「黙れよ、魔族!!」
持ち手だけとなった斧を握り締め、紫色の瞳を持つ上級魔族ドゥルズを睨みつけたエルドゥラーは殺意と憎悪を以て魔族へ殴り掛かる。
「だから愚かなのですねぇ、貴男は」
突如として両足から力が抜け、情けなく土の上に転がり込んだエルドゥラーは鮮血を吐き出し四肢を痙攣させる。
「毒に色がある筈が無い。それはご存じですね? 貴男は既に毒によって汚染され、腐り始めていたのですよ。魔法を扱えぬ出来損ないとはいえ、私の腐毒が蔓延した戦場で三日三晩戦い続けていた男を真正面から相手にするつもりはありません。卑怯とは言わないで下さいね? 得物が弱るまで待つのも戦術でしょう?」
「……きさ、ま」
「どうぞ何とでも? エルドゥラー、これは戦争なのですよ? 戦争いう名の生存競争に卑怯も何も無いでしょう? では、お喋りも此処までにしておきましょう。死になさい、エルドゥラー」
憎い、憎い、憎い―――。この魔族が憎い、この世界が憎い、この不甲斐ない己が憎い。憎悪の火種が燃え上がり、黄金の瞳に漆黒の意思が燃え上がる。
全てを失ったって構わない。持てる全てを燃やし尽くしても構わない。この魔族を打ち倒す力が欲しい、この絶望を破壊する力が欲しい、世界を覆う不幸と嘆きを焼き払う力が欲しい。
全てを破壊し、殺し尽くす力が欲しい。
「殺して、やる。殺してやる、魔族……!」
純白と黄金の意思に黒い歪みが染みわたる。
「どれだけ泣き喚こうが、どれだけ命乞いをしようが殺してやる! 貴様は俺の戦友の死を貶したんだ! 殺してやる、殺してやる!!」
「五月蠅い死にぞこないですねぇ。いいでしょう、貴男はその憎悪を持って死になさい。さようなら、エルドゥラー」
意思が黒金色に輝き、身の内から力が溢れ出す。
その力の本質をエルドゥラーは瞬時に理解した。理解した瞬間にその思考は靄と霞に包まれ隠される。だが、脳が力の使い方を覚えている。そう、この力は、異能は。
「ちょっと待ったー! その力を今使っちゃダメだって!!」
戦場に響く女の声。異能を発動させようとしていたエルドゥラーの頭が木の棒で叩かれ、息を切らしながら膝に手を着いた軽装の女は、強大な力を放つ神々しい剣を杖代わりにして大きく伸びをした。
「何だ、お前は」
「ちょっと待った。先にこの魔族の人と話をさせてよ」
女は肩辺りまで伸びたプラチナブロンドの髪を手でかき上げ、剣を地面に突き刺したまま問う。
「えっと、その紫色の瞳と魔法の特徴からして貴男はドゥルズだね。少し聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「……貴女は何者です?」
ひょうきんで緊張感の欠片も無い女。持っている剣が強大な力を放っているだけなのか、それとも女が異常な存在であるのか。ドゥルズは女を睨みつけ、その緊張感の無い姿から隙を探るがそんなものは何処にも無い。
「私? 私はエリンっていう名前の
そう、