黄金の王。狂王と聖王の名を持つ黄金の君。黄金の英雄。
様々な異名を持つエルドゥラーには、常に彼の黄金の瞳を象徴する言葉が付いて回る。静かなる炎を思わせる黄金の瞳は彼とその子らが持つ独特な美しさを表現し、戦闘となれば全てを焼き尽くす業火のように金色に輝く瞳。エルドゥラーは自身と同じ瞳を持つサレナを見つめると、口角に微笑を湛えた。
「白銀の少女よ、貴様の名は何という」
王の低く重々しい声は兵や将に語り掛ける時と同じ声であるが、その声の中には淡い期待と微かな喜びが含まれていた。荘厳なる黄金の王へ視線を向けたサレナは、暫しその場でたじろいたが王の言葉に答える決意を固める。
「私の名はサレナと申します。右の黒甲冑を着た剣士の名はアイン。そして赤髪の女性は英雄ハルの娘クオンといいます。お会いできて光栄です、聖王エルドゥラー様」
「サレナ……貴様の出身は何処だ」
「出身というものは村や地名の名を知らねば知り得ぬこと。私自身の出身は小丘の小屋と呼べるものでしょう。私は母様と共に生き、母様亡き後はアインにより命を救われた者です。故郷という小屋を後にした私は旅人という身分。聖王様のような出自や身分を持つ者では御座いません」
「小丘の小屋……貴様の母君もまた白銀の髪を持つ者であったのか?」
「はい。母様も美しい白銀の髪を持つ人でした」
あぁ、と。エルドゥラーにしては珍しく安堵したように息を吐く。
「……少し近寄れ、サレナよ」
「……」
「警戒することは無い。我は
「アイン、クオンさん、一緒に付いてきて貰ってもいいですか?」
サレナの両側に立つ二人はエルドゥラーに対し最大の警戒心をもって頷き、それぞれの瞳に戦意を宿す。サレナが二人の戦士へ向ける信頼に内心歓喜した王は将や戦士、ましてや自身の子にも見せたことの無い穏やかな笑みを浮かべる。
一歩ずつ、ゆっくりと、玉座へ歩を進めたサレナは王を見据える。エルドゥラーと同じような色をした瞳に彼のような虚無感や疲労感等は一切見られず、サレナの瞳には慈愛と優しさが煌めいていた。
「……美しい白銀の髪だ。新雪を思わせる中で強い個我を放つ美麗なる髪。運命とは、縁とは、実に奇妙で面白いものだ」
「あの、私の母を知っているのですか?」
「……それは答えられぬ問いだ。だが、もしお前が自らの道を見失わぬなら何れは知るだろう。己が運命と背負う力の重圧を。破界儀の意味を、嫌が応にも知ることになる」
「破界儀……」
「お前にも存在しているのだろう? 己が目に映る世界の異常さと人を人とも思えぬ違和感が。人魔などという種族の違いなど関係ない世界をお前は知っている筈だ。サレナよ道を見つける為には、惑わされず、見失わず、信じる者を信じ抜け。それが破界儀を宿す者の宿命であり、運命なのだ」
「聖王様、何故私にそれほどの助言をして下さるのですか?」
「……それは」
その先の言葉を言い出せず、エルドゥラーは言葉を飲み込む。
この白銀の娘はこれ以上ない責務を既に背負い込んでいる。破界儀を宿し、この世界に真の変革を成す少女に必要以上の重責を背負わせるわけにはいかない。王は優し気な笑みを浮かべるとアインへ視線を向け、眉間に皺を寄せる。
「黒鉄の騎士よ、貴様がサレナを助けた者か?」
「ああ」
「その黒甲冑……覚えているぞ。貴様、真の姿は何者だ?」
「何を言っている」
「今はこの白銀の少女に免じて見逃してやる。だが、貴様がサレナの手より離れ、少しでも不穏な面を見せれば我が斧は貴様の命を断ち斬ってやろう」
「ならば不要な心配事だ」
「何故そう言い切れる」
「俺はサレナの騎士であり、剣を持つ人として在る者だ。サレナと俺の敵を斬り、剣を振るうべき理由が存在するなら戦おう。だが、今の貴様は強い言葉を発してはいるが戦う意思は無いのだろう?」
「……なるほど、貴様は記憶を失っている。そうだな?」
「……何故そう思う」
「我は貴様を見た事がある。貴様の黒甲冑は忘れたくとも忘れられん。その燃え滾るような真紅の瞳も、異常な存在感を放つ黒い剣も、我は記憶している。だが、何故貴様はそのように言葉を放つ理性を持っている? 何故二十年前と、否、あの時以上の激情を心身から溢れ出しているのに剣を人類に向けぬ。まるで別人ではないか、
異形の黒甲冑と顔全体を覆うフルフェイス。アインの背負う黒の剣は魔王が携えていた魔剣とは形状も刃もまるで違うが、剣より発せられる意思と力は魔剣以上の脅威を孕んでいた。
「待って下さい聖王様、アインは私と騎士の誓約を結んだ者。彼が魔王であるのならばその時は私が自らの命を以て」
「少し静かにしていろサレナ。我はこの騎士と話をしているのだ。……魔王、貴様は記憶を失っているようだが、我は騙されんぞ。何が目的でサレナに近づいたか知らんが、この聖都で剣を抜いてみろ。その時は我が破界儀を以て貴様を滅する。覚えておけ」
エルドゥラーの黄金の瞳に赫々とした戦意が宿りアインを睨む。その瞳の中には憎悪と殺意のみが存在し、自らの怨敵と全く同じ姿をしたアインをまるで信用していない瞳だった。
「……聖王よ、貴様が俺を何と言おうが構わない。だが、俺はアインだ。魔王ではない。剣を振るう時、刃を以て斬り裂かねばならない敵が現れた時、俺は自分の意思とサレナの意思を尊重して剣を抜く。だが、それ以外は剣を収めることを約束しよう」
「そんな戯言を信じろと言うのか? 魔王」
「信じろとは言わない。だが、人として、生命としての約束は守る。剣や騎士ではない。剣を持つ人、アインとしての約束だ」
今すぐにでも斧を手に取り戯言を吐く剣士へ斬り掛かりたい。魔王の姿をしたアインという剣士を殺したい。逡巡する殺意と憎悪に塗れる思考の中、サレナの顔を一瞥したエルドゥラーは滲み出る闘気を抑え、深い溜息を吐く。
「……サレナに免じて見逃してやると我は言った。王である我の言葉は絶対であり、何者にも破棄できぬ言葉。魔王、貴様の口約束を信じよう。だが忘れるな、貴様がこの聖都で剣を抜いた瞬間に我は破界儀を発動させ、貴様を殺す。エリンが果たせなかった魔王討伐の使命を我が果たす」
「……ああ」
重い沈黙が場を包む。その沈黙の中、エリンという名を聞いたサレナは「エリンという方は、勇者は、どのような方でしたのでしょう」と独り言のように呟いた。
「エリンについて知りたいのか? サレナよ」
「……はい。ハルさんも勇者の名を語っていたので」
「ハル……我が盟友にして背中を預け合った戦友の名だな。いいだろう、少し彼女の話でもしてやろうか。キリル、暫し我はこの者達と話をする。エルクゥスに庶務雑務の命を下せ」
「承りました、我が王よ」
キリルは王の言葉を受け取るとエルクゥスの執務室へ向かい、玉座の間に王を含めた四人が残される。
「では語ろうではないか、エリンと英雄の話を。我々の旅路を」
そして、エルドゥラーは語るのだ。
勇者との出会いと旅路を、遠い記憶をなぞるように語り出した。