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聖王エルドゥラー 

 顔に深い皺が刻まれた黄金の瞳を持つ男は、黄金の鎧姿で玉座に座すと眼下に並び立つ数多の将を見据えた。


 「王よ、我が王よ、上級魔族ドゥルイダーによりルター侯の城塞が墜ちました。もはやあの戦線は保たないでしょう」


 片目を包帯で覆い、罅割れた甲冑を着た将が玉座に座す黄金の王に戦線が後退した迄を伝える。


 「……ルター侯の最期を見た者は居るか」


 皆が沈黙し、言葉を詰まらせる。上級魔族の暴力に屈した将が王の圧力に押し黙る。


 「我が人類統合軍は何時から貴様のような腑抜けばかりとなった? 勇ある者は命を捧げ、死地にて散るというのに何故貴様は将であるのに死を恐れる。王である我さえも死を畏れずに敵陣を叩き潰しているのに、貴様は雑兵以下の愚者なのか?」


 忌々しい、煩わしい、弱々しいと王は苛立たし気に白金の大斧を手に取り、戦線にて指揮を取っていた将へ刃を向ける。


 「栄光を穢す御首を差し出せ。死を以て貴様に栄光を与えよう」


 「で、ですが王よ、私も奮戦し、兵の消耗を抑えて帰還したのであります。何卒、何卒寛大なお慈悲を……」


 「秘儀も扱えぬ愚図に与える慈悲は無し。貴様、将としての地位を得た後の二年間何をやっていた? 女を囲い、酒と肉に溺れ、堕落した日々を送っていた貴様を我は見逃してやっていたというのに、更に慈悲を乞うのか? もう一度言う、御首を差し出せ。リグルよ」


 黄金の瞳に宿る破界儀の光が鈍色に輝き、秘儀も扱えぬ愚図と揶揄されたリグルが頭を垂れる。王は玉座から腰を上げ、白金の大斧を振り上げると彼の首筋に寸分の狂い無く斧の刃を振り下ろし、首を断つ。


 「貴様等、世に蔓延る制約により己の身が守られていると錯覚しておるまいな? 我は制約を超えし者。この斧が人類を殺せぬと思わんことだ。我が戦士よ、意思を抱き、誓約を己に課し秘儀を得よ。さすれば勝利は人類に与えられん」


 血が滴る大斧を掲げ、立ち並ぶ将達を見据えた王は声高々に宣言する。勝利を望み、世界の覇権を握る為に姿を消した勇者の名を語るのだ。


 「我が友にして希望たる勇者エリンに誓おう。我が名は聖王エルドゥラー、黄金の名を冠する人類軍の長にして四英雄が一人である。勇者が姿を消し、人魔闘争の夜が明けぬ闇の時代を我が黄金を以て照らそう」


 友が焚べた希望は何処に在る? 勇者エリンはこんな時にどう奮起する?勇者の影である己が、最低最悪の屑が何を語れる?


 「我が斧は敵を粉砕し、魔を断つ王の意思である。故に、我に続け、光を受け継ごうとする戦士達よ。我と共に歩まんとする戦士を祝福しよう。栄光は戦場にあり、死した戦士は次代を担う子らの魂に深く刻まれるだろう。進め、戦え、魔族から人類を守るのだ。我が希望の下に剣を持て、我が戦士達よ」


 影であるから追い求める。影であろうとするからエリンの啖呵を模倣する。彼女のように成りたいと、彼女のように光と希望を与えられる存在に成りたいと渇望する。


 「恐れるな! 恐怖は己を飲み込む咎と知れ! 栄光を求めよ! 栄光とは死して尚輝く意思と知れ! 勇者が残した希望を黄金と成し、エリンが示した光は人類の勝利を意味すると知るがいい! 死を恐れるな我が戦士よ、栄光を求め続けよ我が剣よ。貴様等が存在していた事も、死した事も、全て我が記憶する。誰一人とて、余さず記憶しよう」


 故に―――と。エルドゥラーは一呼吸の間を設け、斧を胸の前にかざすと金色の闘気を放ち、瞳を閉じる。


 「我はエルドゥラーと君臨し続けよう」


 将達の名と戦場にて散った者の名を全て記憶するは、落ち着き払った様子で己の名を言い放った。


 彼の行動は人類という同胞を殺す異常なものであった。同族殺しの制約が敷かれている世界において、人類は人類を殺せない。だが、そんな制約は破界儀を宿す歴戦の英雄であるエルドゥラーの前では縛りの意味を無くし、制約という建前でしかない。


 将達は王に対し畏敬の念を抱かざるを得ない。彼がどんな蛮行を成していたとしても、それは長期的な目で見れば必ずと言っていいほど人類に対して有益な結果を生み出し、どんなに切羽詰まった状況であろうとも打開する選択であるのだ。


 禍根を残す選択であろともエルドゥラーは即断即決の意思を以て行動を起こす。有力貴族や益を独占する商人が物資を横流しし、暴利を貪っていると知れば王が自ら足を運び斧を振るい血を浴びる。能力が無いにも関わらず軍の上層部に居座る者が居るとしたら、彼は迷わず有能な者を身分問わずに登用し、首を挿げ替える。狂王と畏れられ、畏怖される王は我が身も構わず激戦地へ赴き絶望的な戦況を覆す。


 聖王にして狂王。勇者と成り得た筈の英雄。黄金の獅子王。絶望たる希望。様々な二つ名を冠するエルドゥラーは生きた伝説であり、人類軍に属する者の光。勇者が失踪し、終わる事の無い人魔戦争において今なお戦い続ける黄金である。


 彼を支える者は既にこの世に存在しない。王となり、冠を戴いたエルドゥラーの子を産んだ妃は末妹を最後にこの世を去り、放浪の旅で出会った女性とも一日一夜を最後に生死や安否の確認さえも知り得ない。彼を突き動かすはエリンという勇者の影としてあろうとする己の意思と、エリンに誓った誓約のみ。勝利と栄光をこの手に収め、人類の安息を得ようとする願いだけ。その為に、彼は己の破滅的な破界儀を使う事も厭わない。


 「王よ、少々宜しいでしょうか」


 「申してみろ」


 「キリルが客人を連れて聖都に帰還いたしました。どうされましょう」


 「……客人を我が前に通せ、確かめたい事がある」


 「了解しました。それと、アクィナス様が王にご報告があるようです」


 「奴は何と申した」


 「我が王の御命令通り、戦線を押し上げる任を完遂せり。褒賞を要求する。との事です」


 「褒賞だと? 戦線を押し上げた程度で何を要求しているのだ」


 「家族との食事、一日だけ王の時間を頂戴したいと申しております」


 「愚かな、我の一日は貴様等の一週間に値すると分からぬのか? あの出来損ないは」


 「王よ、御自身の子を出来損ないと言うのは如何程にと」


 「破界儀を得る事も出来なかった愚図は出来損ないであろう。秘儀を心得ただけで我に並べると思っておるのか? 貴様もだぞ、エルクゥス」


 モノクルを左目に掛けた黄金の瞳を持つ青年エルクゥスは、鉄仮面のような表情を崩さずに少しだけ頭を下げ「申しわけありません。我が王よ」と話し、腕を後ろに組む。


 「エルクゥス、アクィナスに伝えよ」


 「ハッ」


 「五時間だけ我の時間をやろう。そして、貴様は二日後に上級魔族を討て。これは命令である、と」

 「王よ、上級魔族は」



 「構わん、其処で死ねばその程度の戦士だっただけ。我ならば上級魔族など赤子の手を捻るが如く殺せるがな」


 「……了解しました。アクィナス様に伝えましょう」


 エルドゥラーは玉座に座し、斧の柄に両手を組む。


 「我が戦士、我が兵よ。魔族の侵攻から人を守護せよ。そして、勝利と栄光を掴むのだ」


 そう号令を掛けると将と兵を戦場へ送り出し、エルクゥスが手渡した膨大な量の資料に目を通し始めたのだった。

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