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魔宴 ②

 魔将。それは魔族の頂点に位置する魔王直属の超絶個体の総称である。


 この世に生きる全ての生命を侮蔑し、見下し、支配する地域に己の意思と誓約を垂れ流す絶対者。圧倒的な三者三様の比肩無き存在強度誇り、人類の決戦存在である勇者ですら殺戮せしめんとする異能を操る存在は、死と呪いが形を得て具現化した異常存在とでも言えようか。


 三つの椅子に立ち込める闇は次第に人型を象り、魔将という存在の極一部を顕現させる。一人は黒い騎士鎧を着込んだ無限の死を内包する騎士の姿、一人は腕に赤子を抱く無限の胎児を孕んだ妖婦の姿、一人は顔が削られた無限の容貌を持って大ホールに姿を現す。


 千年を超える悠久の時を生きる彼等に時間という概念は存在しない。この瞬間が現在だとしても、一は過ぎ去り過去となり、一を超える時は未来を示す。過ぎ去った過去に目を向けながら未来を同時に見据える三者は、極一部の細胞を顕現させているにも関わらず瞬く間に場の空気と感情を支配し、上級魔族の戦意と意思を奪い取る。


 超常的な存在に相見えた時、人は己の意思と誓約を白紙の状態に戻される。異能や権能の極一部も見せていない三柱の魔将はそれぞれの胸に爆発的な憎悪と殺意を滾らせ、世界と生命に対して破滅的な憤怒を向ける。怒り、憎しみ、殺気、彼らの内にはそれ以外の感情など存在しないし、味方である筈の魔族でさえも彼等の激情の対象であるのだ。


 この世界におけるイレギュラー。は世界に敷かれた制約と盲従する生命を決して赦さない。擦り切れる程に摩耗され、白雪が如くに降り積もった記憶に隠された真実を見失わない。忌むべき対象である白銀の聖女の存在を感知した魔将は更なる激情を燃やし、楽奏隊全員の命を奪い去ると金属と金属を擦り合わせたような、それでいて生肉をそのまま咀嚼したような、歪で奇怪な声を発する。


 「無貌の魔将、ラ・レゥよ。王は何処に」


 無限の死を内包する魔将、ラ・リゥが言葉を発する。


 「以前触覚と共に行動している。我々の怨敵と共に王は旅を続けている」


 「我が王は記憶を失っているのか?」


 「王は王に非ず。王は既に死んだ」


 「ならば何故新たな王が発生しない」


 「あの人擬きの破界儀の作用と考えるのが妥当だろう。どんな状態で在れ、王は存在しないのだ。ラ・リゥよ」


 「人擬き……勇者の皮を被った得体の知れない生命体は死んだ筈だ。神剣を触媒とした破界儀であろうとも、命が尽きれば破界儀は止まる。だが、何故今回の人魔闘争は終結しない」


 「……恐らく、触覚と剣の要素が絡み合った結果、世界の意思を司る制約が人魔闘争の終結を拒んでいるのだ。白銀の聖女が時を見定めたと見る」


 「時が来た、そう判断せねばなるまいか。ならば、裏切り者が動く時もまた同時である、か」


 「裏切りの魔将にして希望と絶望に揺蕩む愚者。奴は動くと見るか?」


 「動くだろう。動かねば奴の行動に整合性は皆無であり、真の狂人になったと見る。無限の妖婦よ、貴様はこの状況を如何にして見据えている」


 無限の妖婦、万魔の母、無限の魔を産み落とす魔将ラ・ルゥは腕に抱く赤子をあやすと子守歌を口ずさむ。




 夢幻の君よ、儚く脆い夢の人。

 死肉と血錆に濡れた、哀れな君よ。

 不幸と不実を啄む鳥よ、黒の君。

 白は黒、黒は白。求めし貴方は何を見る?

 千年、百年、一万年。砕けた夢は人を成す。

 不変、変化、人の世よ。神は死に、人が座す。

 気高く脆い夢の君、真の剣は何処へ去った?




 「……ああ、そうだ。夢を見ているのだな、君は。覚めぬ無限を歌に乗せ、悲しんでいるのか? 悪夢の中を、尚も彷徨っているのだな」


 ラ・ルゥへ憐れむような視線を向けた騎士は必ずや聖女と世界を滅ぼそうと決意する。異形の肉身を与えられたとしても、人であろうとする意思は変わらない。人であるから怒るのだ。人であろうとするから憎むのだ。故に、遠い過去に失った肉体と精神が変容したとしても、心だけは失わない。そう、固く誓った。


 朧気な記憶に残るは歪で醜悪な笑みを浮かべる少女と、彼女に最後の力を振り絞って剣を突き立てた英雄の姿。愛ゆえに愛を以て己の責務を果たした英雄の名を忘却の彼方へ消し飛ばしてしまったが、彼の勇姿だけは忘れない。千年以上の月日が経とうとも、真の英雄の意味を示したのは彼だけなのだから。


 人類と魔族、人魔闘争の制約、世界の意思、そんな些細なものに興味は無い。魔将達が求めるのは真の自由。人として生きた証を世に刻み、異形の肉塊と成り果てようと抱いた意思と誓いは自由の為に使い果たす。彼らの意思を託せる者だけが魔将という絶対的な存在を討つ事ができ、世界を変える運命に在る。


 「我々は英雄に誓った意思と誓約だけは忘れてはならぬ。剣を持ち、人の身で破滅を食い止めた英雄を忘れてはならぬ。欺瞞と偽りが世界を覆い隠そうと、真実を知って尚足掻き、藻掻く者に祝福を与えよう。我々の命はその為にあるのだ。故に、世に蔓延る傀儡は唾棄すべき聖女の道化であり、無味蒙昧な塵芥に過ぎぬ」


 「制約と誓約、意思と希望。胸に祈りを、意思に願いを、奇跡を人に。勇者であれ、魔王であれ、制約に踊らされる者に祝福は与えられん。故に、真に迫った愛と勇気は美しい。あの人擬きはあと一歩のところであったが、最後の最後に死した者。だが、それでも王と共に歩もうとした意思は気高いものであった」


 忘れてはならない。忘却の沼に陥ってはならない。


 誓った意思は忘れない。英雄が示した剣を忘れない。


 魔将と呼ばれる身に堕ちた異形であろうとも、世界を正そうとする意思を賞賛しよう。それが、遠い昔に英雄と謳われた者の最後の抵抗であると世界に示す。


 「故に、人類を蹂躙せよ我が僕。人魔闘争の時代を加速させよ」


 魔将はワイングラスを掲げ、世界の意思へ向けて戦意を示すのだ。

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