黒金と黄金の絢爛たる意匠を拵えた大ホールに、様々な楽器を携えた楽奏隊が列を連ね流練な指捌きを以て曲を奏でていた。
ホールの中心に位置する長テーブルに並べられた様々な料理。東西南北の郷土料理を食するは七人の美男美女。皆一様にこの世ならざる美貌を持ち、絢爛豪華な衣服に身を包む姿は各国の王と見間違う程に様となっている。
音に耳を傾け食事を楽しむ。楽と味を楽しむ彼等の姿は人類と違い無いのだが、その身に宿す力は人類一人一人の能力を遥かに凌駕する超個体。魔族の上位存在たる上級魔族は互いに互いを牽制し、暴発せんとする殺意を以て己の存在を誇示していた。
「メンダークスは今回も欠席なの? ニュクス」
ワイングラスを傾けた美女が黒白のローブに身を包んだ男、上級魔族ニュクスに問う。
「居ないならば存在せん。存在するならば奴はこの場に居る。些細な認識の違い故、貴様が気にする事ではない。リヴィン」
「それは残念ね。五十年ぶりに彼の姿を見たいと思ったのに、存在しないならば仕方ないわ」
リヴィンの言動に対し、苛立たし気に舌打ちした男が灰燼の如き瞳で彼女を睨む。
「奴の不在などどうでもいい。こんな意味の無い集会に我が出向いてやっているのだ。少しは実のある話をしたらどうだ?」
「ラングィーザ様、少しは落ち着いたらどうです? 面白くないなんて勿体ないと思いません?」
「黙れイエレザ、狂人たる影が人に言葉を発するなどどういう風の吹き回しだ?」
「人類領で面白い方と出会いましてね。他者と言葉を交わす意味を考える余裕が出来ただけです」
「面白い方だと? 我に話してみろイエレザ」
「ええ、宜しいですよ?」
イエレザの言葉に耳を傾ける灰燼の上級魔族ラングィーザは、灰の瞳を漆黒のドレスを身に纏うイエレザと執事服を着たゼファーへ向ける。
「嗚呼、何と実のある旅行でしたでしょう。黒い騎士アイン様とサレナ。人類領には彼らのような素晴らしい人材が眠っているなど誰が予想出来ましょう。ええ、彼の二人は私の光。そして私は二人が生み出す影となりたい。ラングィーザ様、ご自身の治世に念を置くのは結構で御座いますが、一度人類領へ遊びに行くのも一興ですよ?」
「もういい話すな。貴様の言を聞いた我が愚かだった。人類領は戦地であり敵地だぞ? 我が民を死地へ送り出すなど不毛。魔将殿の命であれば致し方無しと従うが、我は我自身の意思で民を殺す事などしない。王でなくとも地を預かる主として、民以外の剣と裁きによって命を失う以外に我は許容せん」
「随分と生真面目な性格ですのね。ですが、嗚呼、あのアイン様の剣は凶悪で残忍な殺意を孕む情熱的な剣でした。黒の刃が私の内臓を抉り、骨を断った瞬間はどのような幸福も塵芥に過ぎないと痛感致しましたね……。愛、そう、私はあの騎士様の激情に恋をしてしまった」
「狂人が」
己の肉身を焼き焦がす殺意、憎悪、憤怒に触れたイエレザはうっとりとした様子で空を指でなぞり、熱い吐息を漏らす。黒い瞳が情愛に濡れ、己を殺そう剣を向けた剣士へ想いを馳せる。
「まぁまぁお二人さん、そうバチバチとヤリあうなよ。滾っちまうだろ?」
殺意と殺意をぶつけ合うイエレザとラングィーザの間を取り持つように筋骨隆々の好青年が声を上げる。その青年は衣服など不要と言わんばかりに外套を一枚だけ肩に羽織り、下は裾幅が広いズボンを履いているだけだった。
「……ドゥルイダー、言っておくが」
「わーってるわーってる、此処じゃ争いごとは禁止だろ? 覚えてるって。俺ぁルールと規則ってのが好きでね。己に課せられたルールを一度だって忘れた事は無いんだぜ? 安心しろって魔族は魔族を殺せない。そんな制約は稚児も知っている常識だろ? 俺の殺害対象は人間しか居ないっての」
「ドゥルイダー様、お久しゅう御座います。十年ぶりでしょうか?」
「ああ! あの小さかったイエレザが此処まで大きくなるなんて感無量だな! ちゃんと飯は食ってるか? まだまだ大きくなるんだから睡眠もしっかり取るんだぞ? いいな?」
「はい、分かりましたわ。貴男様もお変わりないようで」
「おう! 何時も通り俺は戦場から戦場を渡り歩いているだけだがな! お、そうだ土産にコレをやろう」
ドゥルイダーが虚空を正拳で突くと、空間が砕け散り保管空間が姿を現す。彼はそこに手を突っ込んで何かを探すような素振りを見せ、パッとした笑顔を咲かせると血に塗れた黄金とダイアモンドのティアラをイエレザへ投げ渡す。
「これは?」
「先の戦場で攻め落とした城主の娘が被っていたティアラだ。お前の方が似合うと思ってな、何度奪おうとしても手を離さなかったから殺して奪ったまでよ。あー、趣味が合わんかったか?」
「いえ、喜んで受け取ります。ありがとうございます」
「ハハッ! 喜んでくれて嬉しいぞ!」
「それにしても」
「ん? 何だ?」
「人類の娘を見つけたのに、孕み袋に加えなかったのは意外ですわね」
「人類の雌であっても、脆い個体は直ぐに壊れるからな! 俺の子を孕む雌は戦場を駆ける優秀な個体でなくてはならない。柔い肌と汚れと傷を持たない雌よりも、傷だらけで誇りを持った雌が俺の子を孕むに相応しい! いいかイエレザ、お前が淑女ならば強い男を見つけ、子を孕め。そうだ俺のように!」
「そうですか」
悪人ではないのだが、性格と思考に難がある武人。人類領と魔族領の境界線にある戦場に赴いては圧倒的な暴力を以て人類軍を蹂躙し、気に入った女性を己の領地に拉致しては子を孕ませ己の子を増やし続ける魔族の種馬。群青の瞳を持つ上級魔族ドゥルイダーは豪快に笑って見せると咽返る。
「ドゥルイダー様、少々お聞きしたい事があるのですが宜しいですか?」
「どうした? 言ってみろ」
「魔族の子を人類が孕んだ場合、その子はどちらの性質に偏るのでしょう?」
「それか。子は強い方の性質を受け継ぐ」
「強い方の性質?」
「ああ、人類の女と俺とでは個体的な強さは段違いだ。それは分かるな? となれば、孕んで産まれた子は魔族として生まれる。これまで百人以上の子を産ませてきたが、全員魔族として生を受けていた。何だ? 好いた男が人間だったとか?」
「ええ、最高の伴侶となる殿方を見つけてしまいましたの。あの黒い全身甲冑と黒の剣。絶えない激情を以て剣を振るう英雄。その、少しだけ、ああ」
「待てイエレザ、黒い全身甲冑と黒の剣と言ったか?」
「はい、アイン様をご存じなのですか?」
「知っているも何も、俺は奴と戦った事がある」
「本当ですか!? 嗚呼、何という奇跡! その、あの、アイン様は貴男とどういった殺し合いをなさったのですか!?」
「本当の殺し合いだ。死と生の奪い合い。一手間違えば確実に急所を剣で斬り裂かれるような緊張感。……生きていたのか、あの黒い剣士は」
武人としての本能が歓喜に震え、己と一進一退の攻防を繰り広げた剣士への尊敬の念がドゥルイダーの肉体を駆け巡る。
「最高だ、あの凶剣が生きてお前と巡り会っていたなんて、最高の奇跡じゃないか! イエレザ、あの剣士の名はアインと言ったな!? 次こそは白黒付けてやろうじゃないか! 嗚呼、嗚呼!! アイン、アイン、アイン!! 俺が求めていた宿敵よ、我が強敵よ!!」
「小五月蠅い殿方ねぇ、少しは黙っていたらどう? そう思わない? ズィルク」
リヴィンが溜息を吐きながら延々と四角形の水晶を撫で回す紳士服の男、上級魔族ズィルクに同意を求めるが彼は周りの様子など興味無しといった風で水晶をシャンデリアに照らし、涙を流した。
「……皆の者、少し口を閉じていた方がいい。魔将殿が来る」
ニュクスのその言葉だけで上級魔族全員に緊張が走る。テーブルの最奥、三つだけ空けられた席に全ての生命を圧し潰すような圧倒的な力が集まり、闇が立ち込めた。
「魔将殿、我々は一名を除いて集まっております。どうぞ、御姿を現し下さい」