剣が纏うは星光なる星々の煌めき。サレナの破界儀の補助を受け、己の秘儀を発動したアインは黒白の剣を宙に展開し、影を射貫くと刃を振るい押し寄せる影の兵を薙ぎ倒す。
光がアインを照らし続け、サレナの魔力が底を付かない限り破界儀による加護は失われない。彼の剣は世界をも斬り裂く凶剣となり、昂り続ける殺意と憎悪を喰らう甲冑は加護を得た事により、無制限の肉体強化と魔力生成の能力を
黒の暴風と化し、狂気を滾らせ星光の刃と炎を繰り出し影の戦士を殲滅するアインの瞳が世界の核を探す。
身を焼く激情に駆られながらも冷静に敵の弱点を探し、尚且つサレナを守るために敵を殲滅する様は悪鬼修羅のようであり、ある意味理知的であるともいえ、相反する意思と肉体を切り離して戦う様は人であろうとする剣。
剣であるが故に戦闘に迷いは無く、敵を討つ。人であろうとする故に思考を巡らせ、変化する戦況を冷静に見極め、戦うのだ。
イエレザの世界は循環と生成を成す世界。故に魔力の枯渇と戦力の不足は見込めない。逆にサレナの魔力は膨大であるが底は在る。底が在るから長時間の戦闘は不可能であり、早期決着が求められる。
破界儀の発動と展開には途切れぬ意思と膨大な魔力が必要であり、魔導具の補助があろうとも未熟者には異能の維持すら難しい余りも大きすぎる力である。
サレナの額から大粒の汗が流れ落ち、光へ流す魔力の消耗も激しいものだった。祈りの為の掌には汗が滲み、急速に減る魔力のせいで息が乱れ、立つ事すらままならなくなる。
感覚からして破界儀を維持できる時間は五分か其処ら。カロンから授けられたペンダントに溜め込まれていた魔力を供給しても十分辺りが限界だと悟る。それ以上の時間は体力を消耗し、最後には命にも手を付ける事になるだろう。
それだけアインが強くとも、戦い続ける事が可能だとしても、サレナの補助が無くなればイエレザの世界で秘儀を使用することは出来なくなる。そうなれば彼はまた傷つき、死に向かう。
それだけは嫌だ、絶対に認めない。この身が魔力切れで意識を手放そうとも、体力が尽きて動かなくなろうとも、命が枯れ果てようとも、認めない。
己には敵を殺める力が無く、殺し合う術も無い。無いからこそ違う戦い方を選んだのだ、選んだからこそ己だけが持つ力を得たのだ。だから、負けられない、死なせない、進み続ける努力を怠らない。希望と未来を願ったから、彼を求め理解したいと渇望したから、自分自身の
己は剣に成り得ないただの人であり生命である。迷い、失い、醜く足掻き、それでも己が胸に抱いた意思と希望は未来へ足を進ませ、愛と理解を求め続ける。
そう、胸の奥に響く情熱と彼への想いに嘘は無い。だから、己が騎士に、剣に、勝利と栄光を。彼に、その先に在る安らぎと幸福を与えたい。故に―――闇を払い、光を捧げる篝火として、アインが休み、帰る場所である大樹となりたい。
指輪が熱を発し、アームが輝くと一本の細い線を伸ばしアインの振るう黒の剣に力を与える。すると、剣は星光を纏いながらも黄金の焔を纏わせ、刃が白銀に染まる。
「―――」
何者かが語りかけてくるようだった。アインの耳元で声にならない声で呟く何者かは、希望とも絶望とも云える声色で言を発し、
全てを殺せ|《救って》。全てを斬って。全てを終わらせて。私の|《我の》最後の
その声を聞いたアインの瞳に、白銀の少女の幻が映る。サレナと全く同じ顔の少女は腕を広げ、優しい微笑みを剣士へ向け口を開く。
やっぱりまた帰って来てくれた、
次の瞬間剣士が見た光景は少女を己の手で殺めた失われた記憶の一片。生温かい血液が手を濡らし、貫いた剣が少女に深々と突き刺さって尚彼女は己に微笑みを向け続け、事切れた。
アインの喉からは耐え難い悲しみを帯びた者の慟哭が溢れ、その慟哭が現実のアインのものだと気づくと同時に、影の世界に点を見る。
剣を突き出し点を突く。薄氷が割れるような感触と影の世界の一部が開き、集合体の前に鎮座するイエレザを真紅の眼光が見据え、アインは狂気に染まった思考のまま剣を振り上げる。
「嗚呼、見つかってしまいましたか。大変楽しい遊びでしたわ、けどもうお終い。外で帰りを待っている家族が居ますので、アイン様とサレナとの逢瀬は此処までと致しましょう」
指を鳴らし、心底愉快な笑みを浮かべたイエレザの頭を剣が叩き潰す手前でイエレザの破界儀が停止し、影の世界が異物と認識したアインとサレナを現世の世界へ放り出す。
「実りがある旅行でした、次にお会いする際はもっと貴方達を知りたいし、理解したい。ええ、またお会いしましょう?」
彼女の中の狂気は鳴りを潜め、その代わりに自分と同じような存在のサレナに対する奇妙な親近感と親愛を感じ、自分に狂気的な激情を向けるアインへの恋慕が同居していた。
道化の地獄と称した世界に絶望していた少女は、輝かしい光を発するサレナに希望を見出し、対話と理解を知る。
ある意味イエレザは救われたのかもしれない。地獄に垂らされた一本の糸を己が手で掴み取り、手繰った先に希望と光を見た。故に、彼女の中に渦巻いていた絶望と狂気は和らぎ、新たな可能性を見つけ出したのだ。
少女は笑う、柔らかな笑みを浮かべ、外に放り出された二人を見送り影の中で笑い続けたのだった。
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混沌の邪剣がクオンに迫り、その歪な刃を紙一重で回避する。
イエレザの世界へ飛び込んだアインを見送ったクオンは、単騎でゼファーと彼が繰り出す混沌との戦いを続けていた。
「―――ハッ、ハ!!」
紅い髪が靡き、汗が飛ぶ。圧倒的な射程を誇るゼファーの邪剣は彼女の攻撃手段の一切を封じ、主に近寄らせはしない。
身を以てクオンの鉄拳による一撃を経験したゼファーは、彼女の拳と蹴撃が及ばない範囲から剣による攻撃を続け、クオンが身を削る覚悟で近距離戦を仕掛けようものならば混沌の肉壁を並べ再び距離を取る。
「貴様は優秀な戦士であるが、ただ優秀なだけだ。戦いとは、戦闘とは敵に有利な状況を与えず、力を刈り取る事に意味がある。卑怯とは言うまいな? 殺し合いとはそういうものだろう?」
混沌の肉を抉り、頭を吹き飛ばすクオンの死角から邪剣の刃が飛来し、寸でのところで回避する。切断された赤髪が数本宙に舞い、再度迫る牙と骨肉で形成された刃を装甲で受け流す。
少し近づけば肉の壁に行く手を阻まれ、壁を粉砕しようと拳を振るう隙をついて刃が飛来する。それを回避してまた足を進めれば壁が生成される。ゼファーとの戦いはクオンが押されている状況であり、正に手も足も出ないという状態だった。
息が上がり、拳の感覚が曖昧となる。掌を握っているのか、それとも開いているのか、分からない。足は鉛のように重く、少しでも集中力を切らしたら直ぐにでも倒れてしまいそうだった。
全身が悲鳴を上げていた、どれだけ肉を穿ち、破壊しようとも無制限に生成される混沌に戦意が削がれ落とされ、敗北という二文字が鮮明にクオンの脳裏に浮かぶ。
イエレザと比べ、ゼファーは数段格が落ちる上級魔族である。格が落ちるといっても
ただの人類でありながら、上級魔族と戦える素質を持つクオンは優秀な戦士であり、弱者と切って離せる存在ではない。だが、足りない。ゼファーを打倒するには足りない
「敗北は恥ずべき事ではない。貴様は私に力及ばなかっただけで、弱くは無かった。故に、貴様を私は