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黒と白 ①

 金色の瞳が大きく見開かれ、魔導ランプの下に照らされた血塗れのアインと、彼に担がれたティオを視界に映す。


 湯で火照った身体が一気に冷め、アインに駆け寄ったサレナは直ぐ様術を唱えると白い穏やかな光が彼を包み、仄暗い闇を払うと甲冑全体を真紅に染めていた血肉を浄化した。


 「アイン、一体何があったのですか?」


 「上級魔族二人と遭遇し、戦った」


 「上級魔族? この都市に魔族が潜伏していたのですか?」


 「そうだ、だが敵は戦闘そのものが本来の目的では無いようだ。一人は俺との戦闘の後、影に潜み行方が分からない。そして、もう一人とは話をしただけで終わった。サレナ、カロンから貰った魔導具は身に着けているな?」


 「はい」


 「ならそれを決して外すな、奴等が何処から現れ、攻撃してくるか分からん。もし何か異常を察知したら直ぐ俺に知らせろ。次は殺す」


 「ちょ、ちょっとお二人さん、何話してんのさ? それにティオもそんなに顔を白くして、何があったの?」


 大衆浴場で話していたサレナの顔つきと、アインから上級魔族の存在を知らされた彼女の顔つきは全く異なるものとなっていた。金色の瞳には夜空の星々を思わせる意思が見え、白銀の髪は風が無いにも関わらず一瞬だけ風になびいたように持ち上がる。


 「クオンさん、上級魔族と戦った経験はありますか?」


 「上級魔族!? いやいや無いって! え? 本当に魔族が都市に現れたの?」


 「アインは嘘を語りません。それに、彼は今回で二度目となる遭遇です。ハルさんは銀春亭にいらっしゃいますか? 少し、話したい事があります」


 「いると思うけど……もしかして、サレナちゃんは魔族と戦うつもりなの?」


 「戦闘は行うべきではありません。もし都市の内部で戦えば犠牲者が出る可能性があります。アイン、銀春亭に戻りましょう。ティオさんを癒す必要があります」


 「ああ」


 ティオを担いだまま銀春亭の扉を開いたアインへ、食堂に居る全員の視線が注がれた。彼はそんな視線をものともせずに二階へ向かい、サレナとクオンも後に続く。


 「あ、あの、お客様」


 「部屋は何処だ、ハルより言い付けられている筈だ」


 「ハル? ボスの事ですか?」


 「どっちでもいい。部屋へ案内しろ、急患だ」


 震え、顔面蒼白のティオを給仕服姿の女に見せる。女は息を呑んだ様子で三人を部屋へ案内した。


 「あの、お医者様か癒し手の方を呼んできます」


 「必要無い」


 「え?」


 「サレナが癒す、だから必要ない。信じられないなら黙って見ていろ」


 「アイン、あまり刺激しない方が宜しいかと。すみません、彼は何時もこの調子なので気になさらないで下さい。ティオさんは私が癒しますので、心配でしたらこの場にいて貰っても構いません」


 サレナが杖、オムニスを取り出し術を唱える。カロンより授けられた杖を用いての魔法はサレナの呪文を高速で構築し、五秒以内に術を発動させるとティオは温かな小さな光の玉に包まれた。


 「……」


 「ど、どうでしょう?」


 「……ええ、大丈夫です。精神が微量の魔力に侵されていたようなので、私の魔力で浄化しました。今晩安静にしていれば、明日の朝には回復しているでしょう。それと、不躾ではありますが私はハルさんと話さねばならぬ用がありますので、それまでティオさんをていて貰っても構いませんか?」


 顔の血色が戻り、極度の恐怖と緊張から解放されたティオは、身体を包む白い玉に安らぎを覚えた途端強い眠気に誘われる。重くなる瞼とぼんやりと霞む視界が見た最後の光景は、自身に優しい微笑み向ける白銀の髪を持つサレナの姿。彼女が杖を振ると同時にティオが感じていた異種族の魔力は完全に消え去った。


 「お休みなさい、ティオさん。アイン、クオンさん、行きましょう」


 「ああ」


 「……」


 少女の姿をした何か。それがクオンとその場を任された女が見るサレナの姿であり、評価だった。少女の形をしているのに、別の生命が人の皮を被り擬態しているような言葉に出来ない違和感の塊。


 歪んでいるが、その歪みが一本の線となって美しい黄金比を象っているような正常な異常。矛盾を孕んでいるのに、その矛盾があたかも無矛盾であると認識させる異質な魅力。


 何処か、違うような気がした。何故か、惹かれる自分が居た。サレナの言葉と意思に頷く自分が居た。その理由を解らずにいた。


 何故己が少女を異常だと判断し、異質だと認識したのか、その理由を脳が拒むような感覚に陥る。いや、


 間違っているのは己か、少女か、世界か。考えれば考える程、思考を縛る鎖はより強固になり、。故に立ち止まる。意思がその場に縛り付けられ、制止させられる。


 まるで世界がクオンをその先に進むべきでは無いと言っているような、サレナだけがその先に進む事を許可されているような、そんな感覚。のだ。


 「クオンさん、どうしました? 私の顔をジッと見つめて」


 「……いいや、何でもないよ」


 「そうですか、ではハルさんの部屋へ向かいましょう」


 考え込むクオンを他所に、サレナはハルの部屋へ続く扉を開け、煙管を咥えるハルを見据える。彼は少女の顔を見るや眉間に皺を寄せ、懐かしい雰囲気に息を呑む。


 「こんばんわ、ハルさん。少々お時間宜しいでしょうか?」


 「……掛けてくれ」


 「はい」


 「……少し、雰囲気が変わったようだ。どうした? 仕事は明日からの筈だが」


 「単刀直入に聞きます。ハルさんは上級魔族と戦った経験はありますか?」


 「……何度かな。聞きたいことはそれだけかね?」


 「いいえ、勇者と共に行動していたハルさんに聞きたいのです。上級魔族の行動と心理、特性を。ハルさん、お願いします。彼の魔族について教えて下さい」


 サレナの瞳がハルを見つめ、彼女の中で渦巻く意思に彼の意思が触れる。


 共に戦場を駆けた友を思い出す金色の瞳。一国の王でありながら、誰よりも嘆き、誰よりも泣き、誰よりも怒った男を想起させる金色の瞳。叶えられやしない理想を抱き、底知れない存在感を放っていた勇者を思わせる幼く拙い非凡な意思。


 ハルはサレナから視線を外し、椅子から立ち上がると窓の方へ歩き、外を眺めながら口を開く。


 「上級魔族、それは魔族の中でも特に強力で危険な力を持つ個体の総称だ。奴らは一人一人特別な異能を持ち、戦局をたった一人で覆す魔族の英雄と云える存在。

 私が倒した上級魔族の数は五体だが、それらは全て異次元的な強さを持っていた。もし君がその存在と戦おうとし、私に情報を乞いたいのなら一つ助言を与えよう。奴らと戦う選択を取るのは止めておけ、死ぬぞ」


 「……」


 「私が命懸けで討伐出来た数が五体だ。奴らは戦闘となれば一切の迷いを捨て、己の力を敵を殺す為に振るう。まぁ、その点は私も同じだったが、上級魔族と人類の違う点はその固有能力が遺伝性である点だろう。

 影を操る魔族が居れば、その能力は子へと引き継がれより強力な魔族が誕生する。世代を重ねるごとに強者が生まれやすくなる性質が人類と違う点であり、上級魔族の特性だろう」


 人類の英雄が誕生する過程は偶発的な突然変異によるもので、その英雄が更に力を得るには確固たる己の意思と誓約を持ち、経験を重ねる必要がある。だが、魔族の英雄たる上級魔族は、産まれ落ちた瞬間より確固たる意思と誓約を兼ね揃え、強力な秘儀を身に秘める存在であり、強さを得る過程が亀と兎程に違う。


 「上級魔族は基本的に仕える魔将の支配領域か戦場にしか現れない。もし人類領に現れるとするなら、それはただの気晴らしのようなもの。戦闘の意思を見せなければ制約に触れない範囲の行動だ。それに、人類と魔族は互いに相手の領域内で長く生存出来ないようになっているのだよ」

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