職人通りには多種多様な専門店が居を構え、武器や防具、魔導具、人工精霊、魔法薬、はたまた魔法の効果や武器の性能を試す為の生物を取り扱う店等、実に多くの店が表にずらりと並んでいる。
こうも店が多ければ、当然店主の実力も客に比較され実力不足の店は自然と淘汰され、空き店舗には新たな店が居を構える。スピースの職人通りとは実力と技術がモノを言う徹底された技術至上主義の縮図である。
長年店を構えている者は熟達した技術者であり、卓越した技能者でもある。アインの剣に槌を打つゼンも年老いているが都市一番の鍛冶職人の為、職人通りに足を運ぶ戦士は彼に剣を打って貰いたいが為だけに遠路遥々やって来る。
腕が良ければ富と名声を得られ、少しでも不足していれば故郷へ帰る為の荷物を纏め、逃げるように去る。それは職人通りに敷かれた暗黙のルールであり、秩序と云っても過言ではない。
職人は己の腕に意思と命を懸けるのだ。常に研鑽と練磨を積み重ね、周りに負けぬよう絶えず前に進む努力を怠らない。故に、職人通りは人類領の中では常に一定水準以上の技術者だけが集うのだ。
鍛冶師も、魔術師も、魔導具技師も、他の誰かを仮想敵と見做し、腕を磨く。そう、魔法店グルウの女主人も外見が老女である以外、精神と探求力はそんじょそこらの若者以上のものを持っていた。
金メッキが所々剥がれたドアノブを回し、薬品と薬草の臭いが入り混じった店内へ足を進めた三人は、黒いフード付きのローブを頭からすっぽりと被った真っ白い瞳が特徴的なエルファンの老女を視界に収める。
「ダリアさん、お客さんを連れてきました」
「ティオかい、またお母さんの薬を取りに来たのかい?」
「いいえ、今日はダリアさんにお客さんを紹介に来ました。サレナさん、此方はダリアさんです。スピース職人通り一の魔法屋で、このご婦人であれば貴女の薬を高値で買い取ってくれる筈です」
「ご婦人なんてよしなよ、わたしゃもう齢百の皺枯れた婆さ」
喉を鳴らし、咽返ったエルファンの老女、ダリアはその白い瞳にサレナを映すとにんまりとした笑みを浮かべ、皺だらけの骨ばった指を向けた。
「サレナといったかえ? アンタ、面白い道具を持っているね」
「面白い道具?」
「そうさ、古代の神秘に包まれた三つの秘宝さね。何処の誰がそれをアンタに渡したか分からんが、その秘宝を売れば都市の四つや五つは買えるだろうさ。
ああ、だが売れないね、秘宝はアンタの為だけに作られている故、誰かの手に渡っても本来の性能は発揮されないようになっているからね。まぁ、そんな話はどうでもいいか。ほれ、薬を出しな、見てやろう」
「は、はい」
サレナは小瓶に入った薬を取り出し、ダリアの前に並べる。
老婆は丸眼鏡をカウンターの引き出しから引っ張り出すと鍵爪のように曲がった鼻に掛けると、あっという間に薬の鑑定を終える。
「あの、どうでしたか?」
「お待ち」
古いアンティーク調の鍵を袖から引き抜いたダリアは、鍵先を宙に回し、虚空より大きな金庫を出現させる。金庫は黒鉄製の頑丈なものであり、それなりの重量がある筈なのに魔法の力を用いているせいか、空中に舞う羽毛のような動きで漂っていた。
「わたしゃ長年魔法に関する品々や道具を扱ってきたがね、こんな薬を見たのは久しぶりだよ。アンタ、相当腕の良い術師だね」
鍵穴へ鍵を差し込み捻る。分厚い鋼の扉が開いた先には人類共通金貨、銀貨、銅貨が入った袋が山ほど詰まっており、ダリアはその袋の山から金貨袋一つと銀貨袋四つを取り出し、サレナへ手渡した。
「魔力結晶の連結と固定、その結晶を精製する過程に生じる不純物の排除、薬液化の際に生じる変換異常の制御といい、アンタは私並みの逸材だね。何処でこんな知識を得たんだい? 故郷の都市でもアンタ程に腕の良い術師は存在しないよ」
金貨と銀貨の袋抱え、目を白黒とさせるサレナを他所に、ダリアは指を組んで少女を見つめる。
「普通、薬を生成するってのは然るべき施設と設備が必要なんだ。それは分かるね? この店だって表は商品を並べているが、奥にはその商品を作る為の工房がある。
アンタ、見たところ自分の工房を持っていない野良の術師だね? そんな少女が、エルファンでもない人間が何のバックアップも無しにこんな薬を生成するなんて信じられない。
だが、薬を視れば分かる。これはれっきとしたアンタの魔力と草花の魔力を掛け合わせて作られた薬さね。アンタ、もしかしたら北の方から来たのかえ?」
「北の方からとは、私には分かりませんが、薬の作り方や術に関しては母様から教わりました。それで、母様が亡くなってからは全て私一人で熟してきました」
「アンタの母君が教えた? そりゃあ……すごい人だね。家は魔法使いの家系なのかい?」
「どうでしょう、私の家は代々巫女と呼ばれていた家系でしたので、術や草花に関する知識や伝聞は豊富だったと思います。家にはカロンの書と呼ばれる魔導媒体があり」
「ちょっとお待ち、アンタ、今カロンと言ったかい?」
「はい、カロン様とはお知り合いですか?」
「……アンタ、魔法使いっていう存在に関して本当にズブの素人のようだね。いいかい? カロンってのは絶望と希望の魔女と呼ばれる堕ちた賢者だよ。いや、アンタの口ぶりから察するに、アンタはカロンと会ったのかい?」
「は、はい。私の隣のアインも一緒に会いましたが……」
「……本当に、会ったのかい?」
「はい」
ダリアの白い瞳がスッと細くなり、鈍色の光を発したかのように感じた。
「アンタ、いや、サレナ。あたしゃ運命なんて言葉は信じないがね、昔話は信じる質なんだ。昔、アタシの母さんの婆さんのその前のご先祖様が話し続けていた昔話でね。それは、白銀の髪を靡かせる黄金の瞳を持つ少女と異形の騎士の話さ。……長生きはしてみるもんだね」
「その昔話はどういった内容なんですか? それに、カロン様は」
「これを持って行きな、あたしゃアンタに魔法や魔導具に関して色々と教える事は出来るが、若い者が昔話に踊らされる事は良しとしないよ」
ダリアが古びた革張りの手帳と七色の鈍い光を発する指輪をサレナへ渡す。手帳の紙は劣化防止と腐食防止の魔法が掛けられており、表紙は傷だらけで汚れているものの、中のメモは新品同然に保たれていた。
「これは?」
「アタシが長年書き留めてきた魔法と薬に関するメモさ、若い者に使われる方が手帳も嬉しかろう。それと、指輪は生活や旅のお供と思えばよかろう。使い方はアンタなら自然と分かるよ」
「その、本当に受け取っても宜しいのですか?」
「ああ、私にはもう必要の無くなった過去の遺物さね。アンタみたいな腕利きの術師に使われるが本望だろう。もしスピースに居る間、魔法や薬を学びたくなったらおいで。グルウの女主人、このダリアがアンタに術を教えてやろう」
「ありがとうございます。不躾な質問なのですが、一つ宜しいでしょうか?」
「何だい?」
「どうして見ず知らずの、初めてお会いした私に其処まで親切にして下さるのですか?」
「……なぁに、孫に料理を教える婆の世話焼きだと思えばいい。ほら、行きな行きな」
手を払い、サレナ達を店の外へ出したダリアは頬杖をつき、物思いにふける。
あの金色の瞳と白銀の髪、巫女と呼ばれるカロンの書を持つ家系、成長した後に恐ろしい黒甲冑を着た剣士を連れて旅に出た様子のサレナ、遠い昔の先祖が代々語り継いできた昔話と酷似した状況。ダリアは思う、運命とは螺旋なのか円環なのかと、人の生命と世界は螺旋の円環の中で回っているのかと、思考する。
「……あたしゃ運命何て信じないよ、これは必然さね。そうだろう? エリン」
かつて、二十年前に訪れた勇者の名を口にしたのだった。