地下坑道からクエースの外へ脱出したエルファン達とリーネ、ディーンは膨大な魔力の反応が消失し、激しい戦闘の音が消えた頃を見計らって町の門から中へ入った。
目の前に広がっていたのは瓦礫の山と魔力の残照により発生した環境変化、そして大の字で横たわる巨大な鎧の上で抱擁するアインとサレナの姿だった。
二人は何も話さずただただ抱き合っているようで、リーネが声を掛けるまで町に入って来た者達に一切気が付かなかった。完全に二人だけの世界に浸っていたサレナは、顔を真っ赤に染めると慌てた様子でアインから離れ、鎧からゆっくりと降り、一つ咳払いするとエルファンとリーネ、ディーンに勝利の迄を伝えた。
「町の支配者は討たれ、支配者が使用した鎧は倒されました。支配者の兵も皆、暴走した鎧の牙に掛かり全滅したようです。以上を以て我らの勝利とし、栄冠は我らの手に収まったと言えましょう。皆さん、私を信じ、みんなを信じ、共に苦難を乗り越えた事に感謝します」
勝った、絶対に勝てないと思っていた戦いに、勝つことが出来た。その事実に胸を震わせる者も居れば、戸惑う者や、困惑して現実を受け入れられない者等、皆様々な表情を顔に浮かばせ、ざわめき立った。
「これからどうするか、どうやって生きるか、それは皆さんの選択次第です。ですが、この戦いに勝利したという誇りを持って歩き続けて下さい。我々は勝ち、絶望を払い、悪を討った事実を、忘れないで下さい。希望を持ち、未来に歩き続ける事が、今の皆さんにとって必要な事なのです」
これから、そうだ、これからどうやって生きていけばいいのか、考えなければならない。戦いに勝ち、敵を討ったとしても問題は山積みだ。町の瓦礫の処理、雨風を凌ぐ為の簡易施設造り、生きる為の糧を得る方法、上げれば上げるほどキリが無い問題がエルファン達の頭に浮かび上がり、直ぐに行動に移さなければならないという焦りが生まれる。
「アイン、少しお願いをしても宜しいですか?」
「何だ?」
「瓦礫の処理と片づけをお願いしたいのですが、大丈夫でしょうか」
「ああ」
「ありがとうございます。それと、リーネさん」
「は、はい!」
「気を張らなくても大丈夫ですよ、エルファンの方々を指示して簡易施設を作って下さい、貴女方の魔力であれば瓦礫から簡単な家を作れると思いますので属性を考慮しつつ指示と作業をお願いします。魔力の込め方は魔石充填の応用ですので、試行錯誤して分からないところがありましたら聞きに来てください」
「えっと、はい! 任せて下さい!」
「サレナさん、俺は何をしたらいい?」
「ディーンさんは町の状況と過去の記録を軍へ送って下さい。町の実情を正確に、迅速に報告して貰えたら助かります。それと、報告する相手はあなたが一番信頼している人物でお願いします」
「いいのか? 俺で」
「はい、あなたの実力は十分に理解していますし、エルファンを助ける為の作戦を提案してくれただけで、あなたは信頼に足る人物だと評価しています。お願い出来ますか?」
「……一日、いや、半日で戻って来る。町の外に居る早馬は無事だし、今から全速力で駆れば明日の昼には戻って来られる。それじゃ行ってくる、俺が来ないうちに出発しないでくれよ? 俺は貴方達に言いたいことが沢山あるんだから」
「それはどうですかね……彼次第だと思いますよ?」
一心不乱に瓦礫を一か所に集めていたアインへ視線を送ったサレナは、小さく笑うとディーンへ頭を下げる。
「この町はやっと歩き出した幼子のような町。誰かが、正しい意思と希望を以て導いてあげなきゃなりません。だから、私達が去った後も誰かが守ってあげなきゃならないのです。ディーンさん、お願いします。この町を、エルファン達を守って下さい。あなたでなければ、町を知り尽くしているあなたでなければ、このお願いは務まらないのです」
「……貴方がそういうなら間違い無いのだろう。ああ、分かった。俺に任せてくれ。多分だけどさ、最後に一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
「貴男達は今日の夜には此処を発つんだろう? もし発つなら、荷物は門の傍に置いてあるから取って行って欲しい。俺も、自分の罪を贖う為にこの町の為に生きる。生きて、クエースの明日と希望を守る。全員に憎まれようと、町を守るよ。だから、貴方は此処で止まらずに進んで欲しい。聖都へ向かって欲しい。貴方達の意思と希望に、幸あれ」
門の外へ駆け出し、馬に乗ったディーンは近くの人類統合軍駐屯所を目指す。その後姿を見送り、エルファン達の下へ向かったサレナは夜空を見上げる。
星が綺麗な空だった。風は少しばかり冷たいが、気持ちのいい夜だった。
人が未来へ進みだす姿が、人が自分たちで変化の意思を持つ姿が、美しいと思った。その美しさに惹かれ、此処で立ち止まるわけにはいかなかったが、少しだけ見ていたいとさえ思ってしまう。この生命が生み出す篝火で温まろうと、足を止めてしまいそうになる。
しかし、進まなければいけない。世界を見て、感じなければならない。その為に、旅に出たのだから。サレナは一際輝く星へ手を伸ばし、手の平を握り締めると再び歩き出す。旅の準備と、彼女達に別れを告げる為に、足を進めた。
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「ええそうです、驚きましたよサクリフィウムが倒されるなんて。はい、情報と記録は収集出来たので、そちらへ戻り次第報告します。それでは」
木に背を預け、誰かと話すように独り言を呟いていた仮面の男は、含んだような笑い声をあげると大きく溜息を吐いた。
肉体の損傷が激しかった為か、今はもう貴重となった心臓から抽出した濃縮魔力液の小瓶を一本開け、翡翠色の液体を一口で飲み下す。失った魔力を回復するための応急処置であるが、市場で出回る魔力液の数十倍の効果を得られる濃縮魔力液は黒炎により喰われた魔力を回復させ、肉体の損傷を癒す。
遠目で見た黒甲冑の剣士の戦い、あれを人間と形容するにはあまりに場違いな言葉であり、あの剣士は魔族寄りの存在であると男は推測する。
「魔将が、それも一気に四人の魔将が動きだすなんて、どういう風の吹き回しなんですかねえ」
戦線を二十年維持してきた魔将が我先にと戦線を押し上げ、新たな技術や古代の技術を投入し出した現状に男は面白可笑しそうに笑みを浮かべる。魔王が命令を下したのだろうか? それとも四人それぞれが我慢の限界を超えた為に戦争を再開させたのだろうか? 異次元の強さを持つ魔将と魔王の思惑を男は知る由も無い。だが、確実に世界は動き出している。
「まぁ、私は他の方々のように力を誇示し、成り上がろうとする気は毛頭ありませんが、稼げる時に稼がせて貰いますよ。ええ、分かっています。私は敵対するつもりはありません。なんせ、私は上級魔族の中じゃ最弱ですからね」
戦争が再開されるのならば、身の振り方を考えておくべきだ。いや、とうに誓約を結んでいるではないか。あの誓約のおかげで上手く動けているのだから、自分の立ち位置は変わらない。謀略と策略を以て行動しようではないか。
男は顔を手で拭うと女の顔に入れ替える。体格も、骨格も、肉体全てが女の姿に成り代わると妖艶な笑みを浮かべ、口笛を吹く。
「そういえば、あの娘。少し気になるし調べてみようかしら。なんたって、情報は金になるからね」
あの人も五月蠅いくらいに言っていたしね、そう呟いた魔族は身体を闇に眩ませると存在自体が無かったかのように消える。小瓶だけを残し、闇に紛れて風のように移動を始めたのだった。