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救済の絶剣 

 甲冑の強化を全身に回し、地面を踏み砕きながら駆ける。


 サクリフィウムが心臓の冷却を完了し、装甲を閉じると再び歪に曲がりくねった剣、デストティオに膨大な魔力を纏わせる。魔力の渦は空間を歪ませ、神性と神秘を破壊の力に変換させる。


 あの一撃を受けたらタダでは済まない、それは既に身を以て経験している。だが、アレを振るわせればサレナは確実に死ぬ。故に、彼女を守り、鎧に近づく為には人造神剣を真正面から打破し、進まねばならない。


 無謀だろう、無茶だろう、無鉄砲だろう。生命が作り出した神剣に、剣一本で立ち向かうなど蛮勇もいいところ。そんな事は命知らずの愚行だ。しかし、それでも、アインは立ち向かう。疼く恐怖を殺意に変換し、迫る激痛に憎悪を燃やし、目の前の悲しみに憤怒の剣を突き付ける。


 「……」


 暴れ狂い、弾けながら爆散と収集を繰り返す狂気と裏腹に、頭の中は驚くほど冴えていた。何故サクリフィウムがあれ程の剣を扱えたか、デストティオが魔力の安定性を保持していたか、今は見える。


 あの鎧に使われている魔導鋼は、その場に存在する無機物や有機物から魔力を吸い上げると同時に、暴走寸前の魔力を安定させるための安定剤として利用しているのだ。目を凝らした先に見える、薄く伸びた細い線。その線の中には大量の魔力が交互に行き交っており、線は鎧の装甲から幾万本と伸びていた。


 その姿を例えるならば、地面より伸びた糸で己を支えるマリオネット。無数の魔力の楔で繋がれた巨大な木偶と言えようか。ならば話は早い、デストティオの発動と存在はし、


 アインの黒の剣より炎の揺らめきのような星光が溢れ、甲冑から黒炎が噴き上がる。黒炎は敵と認識した存在が操る魔力を焼き尽くすと同時に喰らい始めると瞬く間にサクリフィウム全体を覆い尽くす。

 黒の剣より与えられた力が秘儀と呼べるなら、己が得た秘儀は即座に脳―――否、意思が能力を把握した。


 「貴様はタダでは殺さん、救ってやる。その憎しみ、怒り、殺意、全て俺が背負って殺してやる」


 剣を振るう。剣よりほとばしった光は刃の有効射程範囲を軽々と超え、星々の煌めきを思わせる美しい軌跡を描くと、鎧の装甲から伸びた線を一撃で絶ち切った。


 「悲しいだろう、悔しいだろう、殺したいだろう。だが、貴様等はもう死んだ。死人は眠れ、貴様等が抱いた感情は、俺が貰う」


 鎧が金属と金属を擦り合わせたような叫び声をあげ、支えを失ったかのように膝を着く。装甲から魔力が溢れ、力の奔流となって暴風を巻き起こす。


 炎が魔力による暴風を喰らい、鎧へ流れ込もうとする魔力を燃やす。安定剤へと繋がる線を失った鎧は、無理矢理心臓とデストティオを繋ぐ線を伸ばし、己自身を巨大な制御装置と化し、魔力を直接人造神剣へ流し込む。


 自殺行為にも似た魔導機構の暴走を招く接続。内部の高純度魔石回路から流れた魔力を、変換器と安定剤を用いずに剣へ纏わせる自死の機能。


 アインは思う。あの鎧は忌々しいし、憎々しい。アレを斬り、殺さねばならないと。だが、あの鎧のみが彼の激情の対象ではないのだ。


 鎧に組み込まれた心臓の持ち主の無念が、心臓を得るために悪意を以て毒をばら撒き、死に至らしめた人間の欲望が、絶望に挫け、悪に屈服したエルファンの意思が、クエースを取り囲む悪と絶望がアインの秘儀の対象であるのだ。故に、彼の剣は星光を纏い絶望を斬る。其処に殺すべき者が居るのなら、サレナとアインの意思を以て救うのだ。


 黒の剣は如何なる存在をも斬り伏せる魔の刃を持ちながらにして、星光の煌めきを輝かせる奇跡を織り成す剣。赦せぬ悪を斬り捨て、行き過ぎた善を斬り払う剣。希望を望み、未来を歩み、変化を渇望する者の為に黒の剣は力を与える。人でありながら生命として在り得ぬ者の手に剣は収まるのだ。


 救済の絶剣。それがアインに与えられた力にして、彼が獲得した秘儀の名である。


 誓約の主が救いたいと願い、従者が殺したいと願うほど秘儀の力は乗算され、その者の願いを叶えるべく剣は奇跡を成さんと振るわれる。秘儀の力を行使され、斬られた者が悪ならば魂と意思を滅相され、善ならば意思と抱いた願いが使い手の力に加わる絶剣。


 嘆きを斬り捨て静寂を与え、慟哭を斬り払い救いをもたらし、絶望を斬り刻み希望に変える。黒炎を纏ったアインはデストティオを見据え、一直線に突撃すると剣を突き出し暴走する魔力を喰らい尽くし、斬り刻む。


 「――――」


 甲冑が軋み、剣が震える。



 「―――ォ」

 人造神剣と黒の絶剣が激突し、超圧的なまでの力が収束する。


 「――――!!」

 声にならない声を張り上げ、剣と甲冑の強化を限界まで解放する。四色の魔力の壁を突き破り、魔力の渦を焼き払い、デストティオの刀身へ刃を突き入れる。


 敗けられない、退けない、殺したい|《救いたい》。サレナの為に、彼女の願いと己の為に、此処で足を踏み止める事は絶対に出来ない。だから、進め、勝て、殺せ|《救え》。悲しみと絶望を、闇と悪を斬り裂く為に意思を振れ。


 「俺は―――」


 生きて前に進む。


 「俺とサレナの意思を以て―――」


 貴様を救う。その悲しみと憎しみ、怒りと殺意を背負い、希望と未来を目指す。


 だから眠れ、安らかに。


 一閃、流星にも似た剣閃が煌めくと同時にデストティオが手折れ、装甲を展開した先にある心臓に星光の刃が振るわれた。


 「貴様らを救って殺してやる!! 貴様らが抱く憎悪も!! 憤怒も!! 殺意も!! 悲しみも!! 全て俺が背負って進んでやる!! だから眠れ!! 一瞬だ、一瞬で全て殺してやる!!」


 救済の絶剣により放たれた剣戟は、無数の黒白の刃を虚空より顕現させ一度の攻撃で全ての心臓を刺し貫く。心臓が抱いた苦痛も、感情も、何もかもを黒の剣が飲み込みノスラトゥが同化する。己の力とし、背負おう為に。


 「救ったぞ、エルファン」


 動力源を失い、沈黙したサクリフィウムの上に立ったアインは一言、そう呟くと胸部装甲に剣を突き立て、真紅の眼光を黄昏の空へ向けた。

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