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サクリフィウム ①

 梯子を上り、魔導鎧の中へ入る。


 「本当に、起動するんですよね?」


 「ああ」


 暗闇の中、起動用レバーを手探りで探し出し、力の限り引く。


 低い駆動音がに鳴り響き、サクリフィウム全体に心臓の魔力が行き渡る。操縦室に明りが灯ると同時に、頭部装甲に位置する複眼式魔道球が作動し、周囲の状況の撮影を開始した。


 「サクリフィウムの起動を確認!! 魔力伝達効率は正常範囲内です!!」


 兵の言葉を無視するかのように、デッシュは翡翠色の溶液に満たされた操作孔に腕を入れる。冷たい溶液は彼の肉体と魔力を感知すると、溶液内に細長い針を形成し、彼の皮膚を貫き筋肉と神経に突き刺さる。針により出来た皮膚の穴から溶液がデッシュの肉体に入り込み、神経と筋肉、血管を伝いながら脳にまで至るとアメーバのように薄く、横に広がり彼の思考を読み取った。


 「―――」


 思考が鈍化するような感覚。何を考えていたのか、何を思っていたのか、全てが水泡に消え往くように弾け、代わりに一つの意思が脳に直接書き込まれる。


 破壊と殺戮。その意思は翡翠の色を纏った別種族による命令思考。強烈な殺意を纏ったその意思は、赤黒い翼を広げると僅かに残ったデッシュの意思と思考を完全に圧殺し、死の色で染め上げる。殺せ、殺せ、人類を殺戮せしめよ、と。


 「デ、デッシュ様?」


 脳に溶液による針が突き刺さる。筋肉がアメーバに捕食され、同化される。命が、魔力が、魔導鎧に喰い尽くされる。一人の人間を乗せたサクリフィウムは、まるで自我を獲得したかのように機械の咆哮をあげ、自らを見上げていた兵士へ巨大な拳を以て叩き潰した。


 サクリフィウムは見上げる。自身を縛り、ただただ地下に安置していた人間へ鋼の憎悪を向け、天井へ拳を叩きつける。瓦礫が装甲に当たり、土埃で魔導球が汚れようとも構わない。今はただ、この憎悪と憤怒をぶつける相手が欲しかった。己の内に流れる魔力の主である、複数個の宝玉が叫んでいるのだ。人間を殺せ、人間を殺し尽くせと、怨念染みた意思を以て喚き立てるのだ。


 故に、魔導仕掛けの騎士鎧は怒りを以て死を与える。地下から屋敷内へ飛び出し、目についた人間を次々と惨殺する。恐怖に顔を歪ませた者を右腕部装甲に展開した剣で斬り飛ばし、逃げ惑う者を左腕部装甲の属性魔法放射器で焼き払う。


 殺せ、殺せ、殺せ、人間は全て殺せ。我が名を以て死を生み出そう。我が魔力の源の願いを叶えよう。敵に死を、我らに栄光を。


 完全に地下から飛び出し、屋敷を破壊して姿を見せたサクリフィウムは、同等の、否、それ以上の殺意、憎悪、憤怒を噴出させる存在へ魔導球を走らせる。


 その者は黒甲冑、同胞の気配を放つ存在。気持ちの悪い生命体。気味の悪い、忌々しい、不気味な生命を視界に映したサクリフィウムは剣を構えると黒甲冑、アインへ斬りかかった。




 ………

 …………

 ……………

 ……………

 …………

 ………




 ディーンの気配を屋根上から追い、彼が声を上げて目的の路地へ敵を誘い込んだら足を止めている間に敵を斬る。時には奇襲し、敵に己の存在を誇示する。その行為を幾度と繰り返していたアインは、首筋に鋭い痛みを感じ足を止めると姿を隠していたディーンの背後に降り立つ。


 「どうした? アイン」


 「……嫌な予感がする、お前は地下へ行ってサレナ達を町の外へ逃がせ」


 「嫌な予感? それは何だ?」


 「分からん、だが、何か強大な存在が急に地下から沸き上がった。この気配、上級魔族か? いや、だが」


 轟音と共に地が揺れ、身を貫くような魔力の波動を感じ、アインは屋根へ跳び上がると獰猛な殺意を噴出させる。


 「な、何だ!? 何が起こった!!」


 「……ディーン、早く地下へ行ってサレナとエルファン共を逃がせ!! 俺は足止めをする!!」


 「アイン、いったい―――」


 「早く行け!! ぐずぐずするな!! 動け!!」


 虎狼のような速さで路地から駆け出し、剣を担いだアインは地下より現れた巨大な鎧へ接近し、斬り掛かる。


 鋼と鋼が激突し、火花が散った。アインの剣は鎧の関節部位を的確に狙うが、その刃は全て弾かれる。


 「チィッ!!」


 鎧の複眼が蠢き、心臓が魔力を生成する。心臓から生成された魔力は、放射器の高純度魔石回路を通じて魔法に転じ、稲妻と炎を成す。


 目も眩む程の閃光と真紅の炎はアインの甲冑を易々と砕き、焼き溶かすと石畳を破壊し、建物を貫通して瓦礫と成す。高純度魔石回路、それは心臓の魔力を高次元にまで高める増幅器の役割を成し、魔力の伝達効率の無駄を極限にまで抑え込む古代の技術。鎧の放射器に組み込まれた回路はその技術の試作品であるが、実際の効果は凄まじい程であった。


 瓦礫の下敷きとなったアインは煉瓦の山を蹴り飛ばし、剣を構えて立ち上がる。彼の甲冑は上級魔族と交戦した時よりも酷い状態だった。


 血が溢れ、腕が千切れかけていた。バイザーが拉げ、胸部の装甲には大きな穴が開き、が露出していた。一見してみれば瀕死の状態、もはや戦闘は不可能と思われる傷。だが、剣士は腕が千切れかけていようと剣を構え、鎧へ、サクリフィウムへ突撃する。燃え滾り、暴れ狂う鮮烈な激情を胸に、無謀と思われる戦いを仕掛ける。


 剣が弾かれ貫く事さえ出来ずとも、全身から血が溢れ死に向かおうとも、甲冑がどれだけ破壊されようとも、アインは止まらない。身に余る感情を燃料として魔力を生成し、甲冑の修復と肉体の治癒を急速に促進させる。甲冑が歪な音を立てて、鋼の棘を千切れた腕へ伸ばし突き刺さると、無限の魔力を以て再び肉体に癒着させる。砕かれ、焼き溶け、凍り付いた装甲を一分の間に修復し、戦闘可能な状態に復元させる。


 どれだけ傷つき倒されようと、どれだけ吹き飛ばされようと、アインは足を止めない。剣を振るう事を止めない。剣が甲冑の魔力を喰らい、アインの感情を喰らう。それにより刃がより一層鋭利な輝きを放ち、時間を掛ければ掛けるほど剣戟は苛烈を極める。


 思考を死に染めろ、思考を殺しに回せ。死を喰らい、死に濡れろ。アイン、俺はアイン。アインならば戦え、戦って戦って戦い続けろ。敵に剣を突き立てる事だけを考えろ。何度倒れようと、何度打ちのめされようと、立ち上がれ。


 激痛と苦痛、身体が稲妻に貫かれ、焼かれようと剣を止めない。足が取れようと、腕が取れようと、傷は甲冑が治す。この身が剣であるのならば、我が意思は未だ手折れていない。

 ウゥウン―――と、鎧が低い駆動音を鳴り響かせる。


 心臓による無限の魔力供給、それは死して尚生きている心臓による感情の発露。憎しみ、怒り、殺意。既に死んでいる故に恐怖を感じない、死んでいる故に生者を憎む。厚い魔導鋼の下に組み込まれた幾つもの心臓は、襤褸雑巾のようにもなりながら立ち上がるアインへ殺意を向ける。


 鎧は思考する、この忌々しい紛い物を滅するには如何なる武装を使えばいいかと。


 心臓は鼓動を以て答える、鎧の決戦兵器を使えばいいと。


 故に、使用を許可しよう。あの、全てを滅した剣の使用を。


 人造神剣、を抜く事を許可しよう。

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