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絶望を焚べて ②

 荷物の中からカロンの書を取り出し、魔力を通す。


 書から溢れる文字を紡ぎ、記録を読み解く。液体に含まれた魔力の性質を重ね合わせ、それに近しい魔力を探し出したサレナは、同時に魔力がもたらす効果と解毒方法を模索する。


 「サレナさん、これは」


 「……これは人類領に生息しない草花から得た魔力のようですね」


 「草花?」


 「はい、この世界で魔力を持つ生命は、人類や魔族だけではありません。何気ない草花、石、動物も魔力を持つ生命です。私達が使う薬や毒も、その生命から抽出し、精錬した結晶を用いて製造されています。この物質の魔力を解析し、反作用の効果を利用して解毒薬を作ります」


 「作りますって……ここには、薬品を作り出す施設も、設備もありません。どうやって?」


 「そうですね、私達には薬を作る施設や設備もありません。だから、完全な解毒を目的とした薬ではなく、応急薬を作るべきです。催眠効果を和らげ、自意識を取り戻す為の薬。この魔力を中和するものは覚醒を促す魔力、それならば私の魔力を加工して結晶を生み出す方法が一番確実であり、手っ取り早いでしょう」


 「いや、そんなこと、出来る筈が」


 「いえ、出来ます。応急薬を作る準備を進めましょう。リーネさん、穴が開いていな器と、匙、綺麗な水、吸飲みを用意してください。それと、ディーンさんには、兵が訪れた際の対応と警備、逃走ルートの確保を言い渡してください」


 一人で作業を行うつもりなのだろうか? 薬品の製造を一から行おうとしているサレナへ、それは無理だと声を掛けようとしたリーネの瞳に、真剣な面持ちで杖の先に浮遊する物質の魔力を読むサレナの姿が映る。


 彼女は絶対に出来ると己を信じているようだった。劣悪な環境で、何時兵が訪れてもおかしくない状況で、サレナは全身全霊を以て目の前の一人の女性を救おうとしているのだ。その意思を、その献身を、誰が止められよう? 否、誰にも止められない。止めたとしても、彼女は止まらない。大地に根を張った大樹のような意思が、みんなを覆おうとして手を広げる枝葉のような希望が、彼女を突き動かす。


 例え樹の幹を切り倒そうとする者がいても、彼女の意思は絶対に倒れない。例え枝葉を焼く業火のような悪意が、彼女の希望を絶望に変えようとしても彼女は絶対に屈しない。サレナという少女は自分が信じる誰かと、自分の信じるみんなの為に、歩むのだ。その小さな背に背負える全てを載せて、歩き続けるのだ。


 「……急ぎます、だから、無理をしないでください」


 「お願いします」


 部屋を飛び出したリーネの姿に、外で待っていたディーンが驚いた様子で視線を向けた。

 「人間さ、いえ、ディーンさん、お願いがあります」


 「どうした? 何があった?」


 「サレナさんはいま、あの人の体内にあった魔力の、解毒薬を作るようです。ディーンさんへの言伝です、屋敷の警備と、兵への対応、それと逃走ルートの確保をお願いしたいようです」


 「魔力? 解毒薬? いや、その、どうしたんだ? 突然」


 真剣なリーネの瞳に、少しだけ気圧される。


 解毒薬、魔力、警備、対応……。いや、己のやるべきことはサレナからの言伝か。詳しく話を聞きたいが、目の前の少女の様子からして緊急性を孕んだものだろう。ならば早急に動かねばならない。


 「すまない、君の名前を教えて欲しい。今更で申し訳ない」


 「リーネです」


 「リーネさん、この屋敷の見取り図はあるかな? あるなら直ぐに持ってきて欲しい。それと、地下通路への道はあるかい?」


 「は、はい! 少々お待ちください!」


 階段を駆け上がり、父の書斎へ向かったリーネは机の中を漁り、屋敷の見取り図と地下通路へ向かう為の鍵を手に取る。古びた見取り図は黄ばんで脆くなっていたが、それでも使える事に変わりはない。次に吸飲みと容器を取りに行くため、転がり落ちそうになりながら階段を駆け下り、厨房へ向かう。

 屋敷の至る所が寂れ、廃れていた。こうして駆けているとかつては使用人や庭師、料理人等が皆自分の仕事に従事していた光景を思い出す。皆、自分の責務を全うしていたのだ。


 責務、そうだ、自分には責任がある。亡き父が治めていたクエースを蹂躙し、悪と汚濁をのさばらせた現支配者を排除する責務が、己にあったのだ。幼いからと諦め、屈服し、死んだように生きる日々を過ごすのでは無かったのだ。己の責務を全うし、みんなに示さなければならなかったのだ、誇りと希望を。


 「どうぞ!」


 「あ、ああ、ありがとう」


 「それでは!」


 ディーンへ見取り図と鍵を押し付け、サレナの待つ部屋へ向かう。


 一度放棄した責務にもう一度向かい合う事は難しい、だが、それでも向かい合わねばならない。自分自身を変える為、クエースの現状を変える為、無理を無謀と思わず戦わねばならないのだ。気づき、行動するには遅くない。


 「サレナさん、これを!」


 「ありがとうございます。後は私に任せて下さい」


 「いいえ、私も手伝います! いえ、手伝わせてください、サレナさん!」


 「……分かりました、魔力の解析が終わりましたので反作用を生み出す魔力を加工します。非常に緻密な魔力操作を要しますので、リーネさんは先程と同じように私の補助をお願いします。出来そうですか?」


 「任せて下さい!」


 「では、始めますよ」


 浅い呼吸を繰り返し、魔力の流れを理解する。サレナの魔力が乱れたならば、自分の魔力を用いて軌道を修正し、彼女が創造する魔力の構築を手助けする。


 流す魔力は最低限、あくまで結晶の核を成すのはサレナの魔力。己の魔力は外殻を成す部分。専用の機材と設備が無い中での魔力操作は、針の穴に糸を通すようなもので、麦種を針金で摘まむような正確さを求められるもの。精神のブレを排除し、己は杖と断じて魔力を練る。


 煌めく粒子を変質させ、結晶化させる。覚醒を促す魔力の結晶へ、透明な魔力へ個を成す一つの色を与え、変質と変化を加え入れる。無から有へ、空を充に、魔力を満たし結晶とする。一つ一つの粒を集め、大きな塊を作り上げる。


 淡い光が一転に収束し、煌めく菱形の結晶が杖の先に作り上げられる。膨大な魔力を核に持ち、緻密な魔力操作による外殻を与えられた結晶は、音もなくサレナとリーネの前に舞い降りる。純正魔結晶、人の魔力のみで練り上げられた濁りの無い純粋たる魔力の結晶を拾い上げたサレナは、汗まみれの顔に笑顔を浮かべた。


 「やり、ましたね」


 「……はい! はい!」


 「あとは、これを水に浸し、飲ませて下さい。核の魔力が切れるまでは、使えますので」

 結晶をリーネに手渡し、膝から崩れ落ちたサレナはそのまま眠るようにして意識を手放す。自身の魔力を使い果たす勢いで作り上げた希望の一欠片。それをリーネに託したサレナは、深い闇の中へ意識を沈める。


 「サレナさん? サレナさん!?」


 サレナの身体を揺するが一切返事が無い。いや、焦っている場合じゃない。


 集中し、魔力を操れ、彼女の状態を確かめるんだ。自身の魔力を以てサレナの精神と肉体を解析しろ。


 静かに息を吸い、集中する。杖が無くともエルファンとしての能力があれば、魔法と術は行使できる。そう、さっきの通りやってみる。魔力を一本の紐として、紐を無数に解き解し、身体全体に染み通らせる。


 魔力量は減っているが、生命維持に問題は無い。サレナとの同調を基にした解析術を行使したリーネは、彼女はただ眠るように気を失ったという事実に安堵する。


 自分のやるべき事をする。もう迷わない。自分が誇れる自分になる。そう、サレナのような人になるんだ。リーネは胸に手を当て、そう誓うと結晶を握り締め、サレナをベッドに寝かせた。

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