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魔女の呼び声 ①

 封魔の森は浅層と深層の二つに分かれた領域が存在している。


 浅層は陽光が差し込み、木々や草花、動物が生育している緑豊かな森だ。此処では希少な薬草や毒草、清く澄んだ水が採取され、森に詳しい者ならば複雑で入り組んだ獣道を抜け、薬師や術師が高値で買い取る素材を見つける事が出来るだろう。


 だが、一度道を誤れば森はその者を外敵と判断し、帰らぬ者とするだろう。森の奥、深層へ迷わせ人魔問わず喰らうのだ。封魔の森に住む魔女と共に、愚かな強欲者を暗闇へ引き摺り込み、命を奪う。

 封魔の森には魔女が居る。


 永遠に老いる事の無い美貌を有した、何時の時代にも存在していた不死の魔女。


 魔女は笑う、この世が可笑しい故に、笑い転げ、傀儡と地獄を見て笑う。


 彼女には絶望と愉悦のみがあり、この世界が歪み、狂っていると知っているが故に、人間魔族何方も変わりない。変わりない故に、変化を渇望し、求めているのだ。この世界を変える可能性を持つ、希望を、救いを。


 闇の中、うねり枯れた枝に座る魔女が、一人語る。


 嗚呼、そういえば、アレは面白かった。


 あの剣士は、あの少女は、実に面白い。


 面白いからこそ見ていたくなる、この感情はほんの二十年ぶりの感情だ。


 あぁ、アレだ、愉快な女と仲間達。アレに似ている。雰囲気や姿形こそ違えど、持っている力はそっくりだ。


 なに? 千年? まぁ、些細な時間の違い故、問題はなかろう。


 嗚呼楽しみだ、歴史は繰り返すのか、変わるのか。


 そうは思わないかね? 


 魔女は笑う、魔女は誘う、魔女は知っている。


 封魔の森、それは真実に近づいた魔女、カロンと呼ばれるを封ずる為の森なのだ。甘き罠と絶望、苦い過去を封じた森。カロンは暗い瞳で鏡に映るアインとサレナを見つめ、歴史をなぞるかのように書へ指を走らせた。




 ………

 …………

 ……………

 ……………

 …………

 ………




 背負い鞄に荷物を詰める。


 必要なものと不必要なもの、旅に出る為の道具の選別を終え、一族の書を鞄の隙間に詰め込んだサレナは、長年過ごしてきた家へ別れを告げる。


 旅の終わりは分からない。一年か、二年、それとも自分が想像しているよりもずっと長い旅になるのかもしれない。帰って来た頃には家は無くなっているかもしれないし、朽ち果てているかもしれない。こうして眺めていると、過去の思い出がありありとした情景で浮かび上がり、少しだけ涙が流れた。


 「準備は済んだか?」


 「……はい」


 「鶏は逃がしておいた、何時でも旅立てる」


 「……」


 サレナは生家へ背を向け、歩き出す。目的地は決まっていない。だが、歩く先に何かがあり、何かを見つけられると信じている。


 一歩、また一歩、大地を踏み締め、風を感じる。後ろからはアインが奏でる鋼の足音が聞こえ、彼もまた歩みを進め始めたようだ。


 「アイン、あなたは何処へ行きたいですか?」


 「目的地は決まっていない、サレナの好きなようにしたらいい」


 「では聖都へ向かいましょう、都ならば情報量も多いですし、あなたの記憶に関する話も聞ける筈です」


 「道は分かるのか?」


 「昔、私が幼かった頃、家にいらした旅人が話していました。封魔の森を抜け、三つ程町を越えた先に聖都がある、と。その方の話を信じてみようかと思います」


 「封魔の森……俺とサレナが出会った森の事か?」


 「ええ、えっと、あなたと私の、出会いの森、ですね」


 あの時は二人とも、まさか一緒に旅をするなんて思っていなかったですね。頬を少しだけ赤く染め、気恥ずかしそうな笑顔を浮かべたサレナはアインを見上げる。


 「森に関しては任せて下さい、幼い頃より訪れていた場所です。迷う心配はありません」


 「ああ、任せた。けどな」


 「はい?」


 「戦いは俺に任せてくれ」


 「ええ、頼りにしていますよ? アイン」


 また、笑顔。 


 笑顔を見る、声を聞く、言葉を交わす。


 照れたような微笑みを浮かべるサレナと彼女の後を歩くアインは、丘の坂を下ると森の入り口までやって来る。


 「アイン、森では私を見失わないで下さい。この森を抜けるには深層を通り、迷わない事を第一に考えなければなりません。いいですか?」


 「ああ、心配するな」


 「では、行きましょう」


 森へ足を踏み入れる。


 濃い緑の匂いと土の匂い、野生動物の鳴き声、草木が奏でる葉の音色。


 森を歩き慣れているサレナは柔らかな土の上を軽々と歩き、木の根を跳び越え、時折希少価値の高い薬草を見つけてはソレを採取し歩みを進める。大人しい少女だと思っていたが、中々どうして……森の中の彼女は明朗快活な少女の姿だ。


 「アイン、着いてきていますか?」


 「ああ」


 「もう少しであなたが休んでいた場所に着きます、進めますか?」


 「問題ない」


 太陽が真上に昇り、日差しが強くなる。この調子ならば森を抜けるにはそう苦労しないだろう。何も問題が無ければ、だが―――


 第六感が叫んだような、張り詰めた糸に何かが触れたような感覚。「止まれ、サレナ」何者かの視線を感じ、サレナを呼び止めたアインは剣の柄を握る。


 「どうしたんですか? アイン」


 「俺の後ろに回れ」


 「だから、どうしたんですか?」


 剣士は少女の手を引き隠すように己の背後に下がらせると、木々の隙間をジッと見据える。


 「何者かが俺達を見ている」


 「魔族ですか?」


 「いや、魔族ではない、それとは違う、もっと嫌な」


 剣が振るわれる。敵が見えたから剣を振ったのではない。アインが斬ったのは目には見えない気配と云った方が正しいだろう。


 厭な、身体の隅々まで見つめる不可視の視線。黒の剣で斬られた視線の主は枝葉で作られた木偶人形であった。拙い出来の木偶は頭部と胴体を分断され、力尽きるように虚空から姿を現すとポタリと地面に落ちた。


 「何だこれは」


 「木偶人形のようですが……」


 木々が、枝葉がざわめきだす。森の奥から伸びる影が、闇が、緑を飲み込み、黒に染める。森の姿が、一変する。

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