(やられた……!)
セフィリアがルミエ王国女王フィオーネと顔合わせを終えるころ。
うしろに控え、なりゆきを見守っていたカイルは、たまらずこぶしをにぎりしめた。
すぐに、となりにいたレイがその異変を察知する。
「どうかしたか、兄さん」
「あぁ……女王陛下に、まんまとしてやられた」
苦虫を噛み潰したようなカイルの視線をたどり、レイも紅蓮の瞳をまたたかせた。
円卓に座るフィオーネへ一礼したセフィリアが、リュカオンのあとに続き、歩きはじめたのである。
「悪いレイ、俺はここを離れられない」
現状、アーレン公爵家の侍従として同行しているのはカイルとレイのみ。
そしてフィオーネが『ユリエンとおしゃべりをする』ことを宣言している以上、この場において筆頭侍従であるカイルが家長のユリエンをひとり残し、セフィリアを追うわけにはいかない。
(なるほど。陛下がかわいいひとり息子のお膳立てをしたわけだな)
リュカオンがセフィリアと話したがっている旨は、事前に知らされている。
フィオーネがリュカオンに庭園の案内を申しつけたのも、思惑あってのことだろう。
そうとなれば、レイはおのれが今すべきことを理解した。
「わかった。それならお嬢さまのそばには俺がついていよう」
「……たのんだぞ」
カイルだって、本当は自分の手でセフィリアを守りたいはずだ。
ままならないもどかしさが嫌というほど伝わってくるから、レイも力強くうなずき返した。
「もちろんだ。俺たちのお嬢さまには、だれにも手出しはさせない」
✼ ✼ ✼
フィオーネに言われるがまま、散策へくり出してすぐ。
(で、殿下……歩くのが、速いわ……!)
セフィリアはドレスのすそをつかんで、必死にリュカオンの背を追っていた。
小柄な部類に入るセフィリアだが、それでもリュカオンとの身長差は数センチしか違わない。
リーチの差がないに等しいなら、単純にリュカオンの歩行スピードが速いのだ。
(陛下のもとへ案内してくださったときは、こうじゃなかったわよね? もしかして、私とふたりきりになるのが相当嫌だったとか!?)
そうでないなら、庭園の説明もなしに、無言のままセフィリアを振り切るレベルで突き進んだりなどしないだろう。
追いかけるセフィリアにとっては、もはやランニングである。
「あるじ!」
「はぁ、はぁ……あら? わたあめちゃん、どうしました?」
息が切れてきたころ、ふいにわたあめがすがたを現したため、セフィリアも立ち止まって呼吸をととのえる。
たんっと軽快にセフィリアの右肩に飛び乗ったわたあめが、くりくりとしたルビーの瞳で見上げてきた。
「あの少年のことだが」
「少年……リュカオン殿下のことでしょうか?」
「うむ……あの者を見て、気になることがあってな」
わたあめの言葉は、どうも歯切れが悪い。前足でしきりに顔を掻いており、落ち着かない様子だ。
「気になることとは?」
「ムズムズするのだ……」
「ムズムズ……あっ」
その言葉を、セフィリアは前にも聞いたことがあった。
あれはヤンスの隠れ家に潜入した日。さらわれたレイの救出へ今まさに向かうというときに、わたあめが同様の反応を示していた。
(わたあめちゃんは、魂の選別ができる)
わたあめは魂のかたちが見える。ひと目見てセフィリアたちであることを言い当てただけでなく、ふたりに近しかった人物とそうでない人物を見分けることができるのだ。
そのわたあめが、反応したということは。
「リュカオン殿下が、『前』の世界で私たちと関係の深い方だったということ……!」
セフィリアと親しかった人物は、花のようにかぐわしい魂を持つ。
レイと親しかった人物は、輝く星のようにまばゆい魂を持つ。
そのことが、これまでのわたあめとのやり取りで判明している。
「わたあめちゃん、殿下は私とレイ、どちらと似た魂に見えますか?」
「それがだな、なんとも不思議で、どちらにも似ている」
「えっ、それは、はじめてのパターンですね……」
「ただ、よくよく見れば、あるじの魂とより共鳴している……かもしれない」
「つまり、私とレイ両方と関わりがあって、どちらかというと私と親しかった男性が転生したのが、リュカオン殿下ってこと……?」
すこし考え、セフィリアはかぶりを振る。
「わからないです……というかその条件に該当する男性は、いないと思うのですが」
愛花だったときは人生の大半を
花梨だったときもトントン拍子で星夜との婚約が決まり、彼の威嚇に動じず話しかけてきた異性は
(視点を変えてみましょう。見た目はともかく、転生しても性格は引き継がれるのよね)
セフィリアは、これまでに感じたリュカオンの印象について思い返してみる。
(まず思ったのが、生真面目そう。あと淡々としていて笑わないわね、ピクリとも。そもそも眼鏡でお顔がよく見えないし)
つい先ほどはじめて顔を合わせのだ。リュカオンについてセフィリアがわかることは、そう多くはなかった。
「うん……私には心当たりがありません、わたあめちゃん!」
これ以上首をひねっても進展なしと判断したセフィリアは、観念して白旗を揚げた。
「そうか……話すうちに、わかればよいのだがの」
「あはは、そうですね、全然隙がないですけど……ってそうだわ、殿下!」
ここでセフィリア、リュカオンに置いてけぼりを食らっていたことを思い出す。
「いけない! 早く追いかけないと見失っちゃ……」
「セフィリア嬢?」
「きゃあ殿下ぁあっ!?」
周囲をよく確認せずに駆け出したのがまずかった。
リュカオンに置いて行かれたと早とちりしていたセフィリアは、まさか目の前にリュカオンが現れるなど思いもしない。
どんっ! と衝撃を感じたときには、もう手遅れだった。
「申し訳ございません、前方不注意で……!」
セフィリアがいないことに気づいて、戻ってきてくれたのだろうか。
ぶつかってしまったことを詫びるセフィリアは、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにする。
「いえ、お怪我がないのならよいのですが」
淡々とした声が、やけに近い場所から聞こえる。
くしゃりと乱れたエバーグリーンの髪をかき上げ、その少年は
セフィリアは、しばし呼吸の仕方を忘れる。
視界いっぱいに映るのは、チョコレート色の瞳。甘やかな色を宿している一方で、そのまなざしは静かにたたずむ木々のごとく涼やかだ。
それだけではない。チョコレート色の瞳に降り注いだ太陽光が複雑に屈折し、見る角度によって異なる七色の光を放つのだ。
チョコレートオパールのごとく美しい瞳を持つ少年。彼の美貌は、この世のものとは思えないほどだった。
「きれい……瞳の中に、虹があるみたい」
「──ッ!」
うわごとのようにセフィリアがつぶやいた直後、少年が声を張り上げる。
「セフィリア嬢!」
「は、はいっ! えっ……?」
セフィリアが反射的に飛び退くと、仰向けに倒れていた少年が上体を起こす。そして近くに転がっていた丸眼鏡を右手で探り当て、定位置におさめた。とたんに彼の表情がわからなくなる。
ここまで来て、セフィリアはやっと状況を理解した。
「これは大変失礼いたしました、殿下!」
先ほどの衝撃は、リュカオンへ体当たりをかましてしまったものらしい。
それも、リュカオンを押し倒してしまうほどの勢いで、だ。
「本当に、申し訳ございません……殿下になんというご無礼を……」
「謝罪は結構です」
丸眼鏡のブリッジを押し上げたリュカオンは、そっけなく言い放つや、ふいとそっぽを向いてしまう。
(うっ……これは、ご機嫌を損ねてしまったわ!)
リュカオンの口調は丁寧なままだが、ここまであからさまに突き放すことは今までなかった。つまりセフィリアの顔も見たくないほど、腹を立てているのだ。
「お嬢さま」
(どうしよう、なんてお詫びをすればいいのか……)
「セフィリアお嬢さま」
(あぁでも、謝るなって言われたわ。じゃあどうすればいいの〜!)
「──リア」
とほうに暮れたときのこと。
セフィリアの肩にふれ、セフィリアを呼ぶ声があった。
はたと我に返ったセフィリアが、うしろをふり向くと。
「レイ……!」
救世主ともいえる少年が、そこにいた。