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第104話  そのまさかです

 セフィリアは朝に弱い。

 枕もとでは、わたあめがすぴすぴとへそ天で眠りこけている。天気のいい日中に駆け回り、全身におひさまのにおいをまとった白いもふもふが近くにいると、セフィリアも気持ちよくてつい熟睡してしまうのだ。


 さらり、さらり。


「ん……」


 気だるいまぶたを押し上げると、ぼんやりとしたセフィリアの視界に人影が映る。


「起こしてしまったか」


 夜空のごとく艷やかな黒髪の少年が、すぐ近くにいる。ベッドのそばにひざをつき、こちらをのぞき込んでいるのだ。


「……レイ……?」

「あぁ。きみのほうはまだ寝ぼけているみたいだな」


 さらり、さらり。

 頭をなで、髪を梳く感触が心地よすぎた。

 セフィリアはまた、うとうととまどろんでしまう。


「んん……」

「眠いか? 俺がいるから、大丈夫だ」


 穏やかな声音に誘われ、いま一度まぶたを閉じる。

 さらり、さらり。髪を梳かれながら、セフィリアはふたたび夢の中へ──


「だ・か・ら! おまえってやつは!」

「いてっ」


 ──夢の中へ、旅立つことはできなかった。

 ぱしぃん!

 なにかを引っぱたく音がして、セフィリアはもぞもぞと身じろぎながら薄くまぶたをこじ開ける。

 すると白いレースの天蓋付きベッド脇から、なにやら言い争う声が聞こえてくる。


「お嬢さまを起こしに行ったやつが、寝かしつけてどうすんだ!」

「こんなに気持ちよさそうに眠っているのに、邪魔をしろというのか? そんな酷い真似はできないな」

「仕事できなさすぎかよ! あのな、寝ぼけたお嬢さまは王国一のかわいさで食べちゃいたいくらいだけど、そこはグッと耐えておはようのキスでやさしく起こしてさしあげるのがお世話係の仕事だ、わかったか?」

「なるほど、わからん」

「わかれよ!」


 ぽやぽやとあいまいだったセフィリアの意識も、目の前で仲良く口論をされては、はっきりしてくるというもの。


「くぁ……元気がいいのぅ……」


 わたあめも目を覚ましたらしく、ベッド上でぐぐ、と前足を伸ばし、あくびをもらしている。


「おはようございます……カイルさん、レイ」

「おはようございます、お嬢さま。おさわがせして申し訳ありません」


 セフィリアがベッドから起き上がると、レイを叱りつけていたカイルがさっと向き直る。

 きっちり着こなした濃紺のモーニングコートすがたでうやうやしく一礼するさまは、さすがといったところか。


「おはよう、今日もいい朝だな」

「おまえはっ! 敬語っ!」

「いてっ」


 レイもセフィリアへ軽く手を上げてあいさつをしたが、馴れ馴れしすぎる態度にカイルから再度頭を引っぱたかれ、指導が入っていた。


「ふふっ、仲がよろしいんですね」

「そうだな、兄弟仲はいいほうだと思う」

「だからおまえは……はぁ」


 どれだけ口やかましく注意されても、マイペースなレイはマイペースなままだった。

 ただ他人に媚びへつらうことを知らず、だれに対してもありのままに接するところは、レイの美点でもある。

 それを認めているカイルは、これ以上小言をかさねることはやめ、仕事に取りかかることにしたのだった。


「はい、それじゃあお嬢さま、身支度の前にまずは軽く足をお拭きしますね。俺が、お世話しますので!」



  ✼  ✼  ✼



 全治2週間の怪我も完治し、カイルが復帰した。

 それから早数日。すっかり本調子のカイルに世話を焼かれるいつもの光景が戻ってきた。

 その中で、すこしずつ変化していることもある。

 カイルの弟レイも、セフィリアづきのお世話係になったということだ。


「すぐに戻ってくるよ。待っていてくれ」


 この2週間のあいだ、レイは一度孤児院へ戻った。今後について、育ての親であるルフへ伝えるためだ。

 療養期間につき訓練を制限され、時間を持てあましていたカイルも、付き添いで同行している。


(レイがセフィリアの従者になるのは、『花リア』のストーリーどおりではあるけど……)


 レイもカイルも、朝早くに出発してその日のうちに屋敷へ戻ってきた。

 ふたりの気持ちがうれしい反面、思い出深い孤児院でもうすこしゆっくりしてもらいたかったというのが、セフィリアの本心だ。

 けれど、セフィリアにはわかる。それを伝えたところでふたり口をそろえてこう言うのだ。「じぶんが望んだことだから」と。


(本当に、敵わないわ……)


 こうして、レイを迎えた新たな日々がはじまった。


「お嬢さま、明日から午後のお世話は、レイが担当になります」

「まぁ……」


 カイルがそう切り出したのは、朝食前のスケジュール確認を終えたときのこと。

 身支度をととのえたセフィリアは、ソファーに腰かけ、白銀の毛並みの狼とたわむれていた。先日ノクターが調教テイムしたフェンリルだ。

 ノクターにより、「甘えるときにクゥンってすり寄ってくるから」という理由で、「クゥ」と名づけられた。

 アーレン公爵家に連れ帰られたクゥは番犬として、主にセフィリアの護衛の役割をになっている。

 そうした中で、カイルのこの発言。セフィリアはすくなからず驚いた。

「お嬢さまのお世話は俺の役目!」と言って聞かなかったカイルを思えば、予想外の発言に違いないからだ。


「そのほうが、兄さんも訓練に専念できるしな」

「レイ?」


 セフィリアと違ってあまり驚いていない様子を見ると、レイは事前にカイルから話を通されていたらしい。

 ごく自然に会話へ入ってきたレイに、カイルはこほんと咳ばらいをひとつ。そしてセフィリアへ向き直る。


「お嬢さまのお世話係をやめたいというわけでは断じてないです。でも、俺もいろいろと思うところがありまして」

「思うところ、ですか?」


 素朴なセフィリアの問いに、すぐに答えはない。

 ふとレイへ視線をやったカイルは、静かにこう告げる。


「詳しいことは……また後日お話しします。ただ、お嬢さまに悪いようにはぜったいにしません。それはお約束します」

「わかりました。カイルさんの準備ができたときに、また聞かせてください」

「ご理解ありがとうございます、お嬢さま」


 はにかむカイルを見れば、過度に思い悩んでいる様子はないとわかる。

 カイルが今ではないと判断したのなら、それでいい。話はこれでいったん終わりだ。


「それじゃあしばらく、昼食の時間からおやすみまでは俺の仕事だな。明日からよろしく」

「はい、そうですね……ちなみにレイ、念のための確認なのですが、『おやすみ』とは具体的にどこまで?」

「きみをベッドに寝かしつけるまでだが?」

「マジですか……」


 きょとんと首をかしげるレイ。

 セフィリアは頭をかかえた。


「ふんっ!」

「いだぁっ! なんだ兄さん、今のはめちゃくちゃ本気で来たな、どうしたんだいったい!」

「おまえがしれっと抜け駆けしようとしてたからだよ」

「意味がわからないんだが!」


 渾身の力でカイルがレイの脳天を引っぱたいていたが、それも仕方がない。

 なぜならさすがのカイルもセフィリアを起こしに来ることはあれど、就寝時まで部屋に入り浸ることは遠慮していたためだ。


「添い寝していいなら俺も喜んでやっとるわ!」

「え、添い寝しちゃダメなのか!?」

「ふつうはしません……」

「そうなのか!?」

「当たり前だよ! 俺だってお嬢さまが悪夢見たときしか添い寝したことないのに!」

「あれは忘れてください……」


 当然のようにレイが添い寝をするつもりだったと知り、セフィリアは顔を覆った。追い討ちのごとくカイルに過去の出来事を掘り起こされ、セフィリアはさらに赤面する羽目になる。


「そうなのか……そばにいたほうが、なにかあったときにすぐ対処できると思うんだけどなぁ」


 大真面目にそんなことを言っているレイは、下心もなく、単にセフィリアの身の安全を考えての発言だったらしい。


「まったく……とにかく、明日には完璧にお嬢さまのお世話ができるよう、今日中にみっちり叩き込んでおきますからね。覚悟しろよ、レイ」

「わかった」


 マイペースなレイの言動にはふり回されてばかりだが、なんだか憎めない。

 しかたないな、と呆れるだけで、セフィリアもカイルも、レイには甘くなってしまうのだ。


「さて。それでは午前中のレッスンもありますし、朝食にしましょうか。すぐにお持ちします」

「俺も手伝ってくるよ」

「ありがとうございます」


 ユリエンやノクターが公務で忙しく、そろって食卓を囲めないときは、食事を部屋まで運んでもらうのが決まりだ。今朝がそれに当たる。

 カイルたちがディックお手製の朝食を運んでくるまで、クゥやわたあめとたわむれているつもりのセフィリアであったが──


「──失礼いたします、お嬢さま」

「あら……?」


 さきほど出ていったばかりのカイルが、部屋に戻ってきたのだ。

 厨房へ食事を取りに行ったのなら、こんなに早いはずがない。これは、すぐに部屋に引き返してきたレベルの早さだ。

 どうかしましたか、と問いかけようとして、セフィリアはぎょっとする。無言で歩み寄ってきたカイルが、鬼のような形相をしていて。


「高貴な方々の考えは俺にはよくわからないが、突然だな」

「えぇと、レイ……何事でしょうか?」

「きみに手紙が届いている」

「手紙……?」


 こわごわとくり返すセフィリアの前で、カイルが右手をさし出す。


 ふわ……


 指のすきまから光がもれ、次の瞬間には、カイルの右手から金色に輝く蝶が現れた。

 金色の蝶はひらりとセフィリアのもとへ飛んでくると、一通の手紙へすがたを変える。


「パピヨン・メサージュ! 待ってください、これってまさか……」

「そのまさかです」


 絶句するセフィリアへ、カイルが淡々と返す。

 その声音は低く、表情にも不満がにじみ出ている。


 金色の光をまとったパピヨン・メサージュ。

 そして手紙に封をした金色のシーリングスタンプの模様には、セフィリアもおぼえがあった。というより、この国で知らない者はいないだろう。


 金色はルミエ王国を象徴する色。

 そして、手紙に刻まれた紋様が示すのは──


「女王陛下が、お茶会をひらかれるそうです。なんでも王子殿下が、セフィリアお嬢さまとお話をなさりたいだとか」


 ──招待状の差し出し人は、ルミエ王国女王。

 波乱の予感とは、このことを言うのかもしれない。

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