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第103話 止められない

「きみのことが──頭を離れなくて」


 うつむいたレイの表情は、影になってよく見えない。

 だが、落ち着きなく視線を泳がせている様子は見て取れる。

 不思議に思うセフィリアへ、爆弾は突如落とされる。


「ひと目見たときから、妖精みたいに可憐なお嬢さんだとは思ったんだ」

「えっと……思ったというか、声に出ていたというか」

「実際ふれてみたら、思った以上に軽くてやわくて、なんかいい香りもして……近くにいると動悸が止まらなくなる」

「たしかに、すごいですね……」


 レイの言うとおり、彼の胸もとにあるハート型の真っ赤な『好感度ゲージ』がパンパンに膨張した上、バクバクとせわしなく脈打っている。

 え、これ大丈夫? 破裂しないわよね? とセフィリアも心配しているあいだも、レイの独白は止まらない。


「きみをはじめて見たときから、きみが気になって、きみから目を離せないんだ。ろくに話したこともなかったのに、不思議だよな。こういうのを、ひとめぼれというのか……そうだよな、俺はきっとひとめぼれをしたんだ、うん」


 思考がまとまらないわりに、レイも自身がいだく感情の正体は理解したらしい。


「違法闘技場でヤンスと対峙したとき、魔族だろうが関係ないと、きみは言った。花のように可憐な一方で、きみはしっかりと地に根を張った大木のように芯のあるひとだ。そんなきみなら、俺のようなやつでも分けへだてなく受け入れてくれるんだろう……だが」


 口早にまくし立てていたレイが、そこでふたたび言いよどむ。

 セフィリアが無言で続きをうながすと、しばらくの沈黙を挟んで、レイは打ち明ける。

 彼自身が飲み込もうとしていた、本当の気持ちを。


「きみがここにいてほしいと言ってくれて、俺だってうれしかった。俺もきみのそばにいたい」

「それなら……!」

「だけど、だからこそだめなんだ。きみはきっと知らないだろう……オーガの恐ろしい本能を」


 ──俺は、きみを傷つける。


 問うまでもなく、その本能とやらがレイを迷わせている理由。セフィリアを遠ざけようとした先ほどの言動を引き起こした原因なのだろう。


「感情の制御が、きかないんだ……きみを前にしたらなにをするか、俺もわからない」


 くしゃ、と胸もとのシャツをにぎりしめたレイの声は、苦しげだった。


「ばかみたい」


 気づけば、セフィリアの口からそんな言葉がこぼれていて。

 ──もう、がまんならなかった。


「きみ……」

「私たちは想い合っているのに、なにをためらう必要があるの?」

「っ……!」

「ということに気づきまして、いろいろ悩んでたのが、ばからしく思えたんです」


 そうだ、最初から悩む必要などなかった。

 ずっとさがしていたひとは、ここにいる。

 手を伸ばせば、届く場所に。


「レイ」


 1歩、2歩。ゆっくりと、セフィリアは歩み寄る。

 エメラルドの瞳に見据えられたレイは、魅入られたように動かない。


「私は、あなたのことが好きです、レイ」


 セフィリアはレイの背へ腕を回し、そっと抱き寄せる。

 はっと身じろぐ気配はあったものの、今度はふりほどかれない。


「セフィリア、お嬢さま……」

「リアって呼んでください」

「……リア」


 あとすこし、もうすこしだ。

 こわばっているレイの心をほどくために、あとすこしだけ、セフィリアはふみ込んでみる。


「あなたと、おなじ気持ちなんです。だからレイ、あなたの思うがままに、好きなようにしていいんですよ」

「どうしてきみは、そんなにも……」

「好きだから。あなたになら、なにをされてもいい」

「──ッ!」


 本心をさらけ出したセフィリアの言葉が、レイの最後の迷いを吹き飛ばす。


「……後悔しても、遅いぞ」


 低い声で脅迫まがいなことをつぶやくさますら、セフィリアには愛おしく思えた。

 先ほどとは一変、ぎゅううとレイが抱きしめ返してくる。それは痛いくらいで、セフィリアとはくらべようもないほど強い力だった。

 脱力して身をゆだねると、さらり。艶のあるナイトブラックの髪が首すじにかかり、セフィリアは思わず身をよじった。


「ふふっ、くすぐったいです」

「逃げるな」


 もちろん逃げるつもりなど毛頭ないのだが、余裕なさげなレイが、セフィリアの語尾をさえぎり。


 すん……


 花の香を嗅ぐように首すじへレイが鼻先を近づけてきたあと、『それ』は起こった。


「……いっ……!」


 セフィリアの左の首すじを、痛みが襲う。

 レイの、オーガの鋭い牙が、セフィリアの首すじに突き立てられていたのだ。


 つぷ──


 獲物に食らいついた獣のように、レイはセフィリアに噛みついたまま、きつく抱きしめて離さない。


(あぁ、これは……)


 知っている。『花リア』という作品を知っているセフィリアだからこそ、わかる。


(これは……オーガの求愛行動、だわ)


 人間よりも身体能力、そして五感の優れたオーガは、伴侶にさだめた相手へ噛みつき、その血の味を覚え込む。


(だから、『俺はきみを傷つける』って)


 レイの言葉の意味を理解したセフィリアは、この上なく幸福な気持ちに満たされる。


(こんな最上級の告白、ないでしょう?)


 彼から与えられるものなら、痛みすら喜びに変わる。

 これはどうあがいたって手遅れだと、セフィリアは可笑しくなった。


「……は……」


 ゆっくりとした動作で、ようやく牙が抜かれる。

 最後にじわりと血のにじむ傷口をちゅう、と強く吸ったレイが、顔を上げる。

 セフィリアを映した紅蓮の瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。


「もう、止められない」

「レイ……」

「……すきだ」


 一瞬、セフィリアは呼吸の仕方がわからなくなる。

 まるで夢のよう。だが、レイの口からつむがれた言葉は、夢ではない。


「きみが好きだ、リア……っ」

「……っん!」


 噛みつくように、唇をふさがれる。

 甘噛みをされる痛みも、強く抱きしめられる息苦しさも、セフィリアが求めていたもの。


「リア……リア」


 最愛の彼のぬくもりにつつまれ、セフィリアはまぶたを閉じる。

 このまま永遠に時が止まってしまえばいいのにと思いながら。

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