それは、空が青く澄んだ日の午後のこと。
「お帰りなさいませ、お母さ……むぎゅっ」
「リアー! 怖い思いをしたわね、無事でよかったわー!」
両親が帰ってきたとの知らせを受け、セフィリアはエントランスにほど近い庭園へ向かった。
するとちょうど馬車からおりてきたユリエンがセフィリアを目にし、熱烈にハグをしてきたのである。
「ほら、リアなら大丈夫だと言っただろう?」
「それはそうですけど、やっぱり実際に会わないと安心できませんわ! あぁリア! 怖いのによくがんばりましたね、あなたは最高にかわいいわ!」
あとからやってきたノクターがやさしくなだめるも、ユリエンは興奮した様子でほおずりをやめない。
最後のひとことにいたっては、この場であまり関係がない気がするセフィリアであった。
* * *
貧民街での事件から4日がたつこの日、セフィリアはようやくユリエンと顔を合わせることができた。
アーレン公爵家の領地で人身売買容疑者の摘発があったことで、ユリエンは公爵としてその対応に当たっていたのだ。
ノクターがカイルの治療を終えたのちにユリエンと合流したこともあり、その後の処理は思いのほか迅速に済んだようだ。
「ウッウ、ウ〜」
ユリエンとノクターを迎えたあと、そのまま庭園の奥にある温室へ場所を移す。
あたたかな陽気も相まってごきげんなリッキーに出迎えられ、アフターヌーンティータイムはスタートした。
「さて。事件のその後についてはリアもすでに聞いているでしょうから、私も多くを言わないわ」
テラス席の向かい。ティーカップに一度口をつけたところで、ユリエンが切り出す。
(たしかヤンスの手下たちは全員捕縛されて、王宮の牢送りになったのよね)
貧民街を牛耳っていた闇の売人の摘発は、王都でも一大ニュースとなった。それもまだ幼い公爵家の令嬢が捜査を指揮したとなれば、余計だ。
『勇敢なる勝利の女神』だの『弱き者を救う愛と希望の天使』だの、想像力豊かな記者たちに好き放題ネタにされている。
(あぁ、思いがけず報道されるこの感じ……『前』もあったわね)
(だけど、首謀者のヤンスがああなってしまったし、この件に関してはもう調べようがないのよね)
──ノクターを通じて聞いた話だが。
セフィリアたちが公爵家に戻されたあと、問題の武器屋、いや違法闘技場は、広大な地下施設を含めすべて爆発、炎上したらしい。
それがなぜなのか、だれの手によるものなのかは、考えるまでもない。
(……魔王クラヴィス)
セフィリアたちを公爵家へテレポートさせた直後、彼がヤンスの拠点を木っ端微塵に破壊したのだ。
大規模な爆発にも関わらず、周辺の建物や住民には一切被害が出ていないことが、なによりの証拠。
(これも、私の味方だっていうアピール? だとしたら憎らしいわ……)
実際のところ、ヤンスを葬ったのはクラヴィスであり、この件の『後始末』も彼が行っている。
セフィリアたちが苦戦していたことを、クラヴィスはいとも簡単にやってのけたのだ。
力の差を、見せつけるように。
「ヤンスの手下の供述から、人身売買に関わった者も芋づる式に捕らえられるでしょう。この件はそれでおしまい。そういうわけで、次は私が王城へ行っていた件についてですね」
被疑者死亡のまま捜査を打ち切るしかなかったユリエンが、数日間不在にしていた理由。それは、女王へ謁見するため。
敵対する魔族の王が事件に関与していたのだ。報告しないという選択肢はない。
「それで、女王陛下はなんと……?」
クラヴィスのことは気に食わないが、原作どおり戦争が起きるのは本意ではない。
名目上は捜査に協力してくれたわけなのだし、これを機に王国と魔族の関係が改善したり……などとひそかに期待していたセフィリアだが。
「えぇ……何度も議論をかさねたけれど、結局おなじ結論にいたったわ」
おそるおそる問うセフィリアに対し、ユリエンが咳ばらいをしてひとこと。
「『向こうがその気なら、王国としても受けて立つ』ですって」
「はい……?」
「だって私のかわいいリアにプロポーズしてきたんでしょう? いくらイケメンでも、やってることがアウトならお婿さん候補にはできないわ」
「お婿さん……え?」
「大丈夫ですよ、リア。もしプロポーズを断って魔族と戦争になっても、女王陛下が王国軍を総動員して加勢してくださいますから!」
「えぇええ!?」
ルミエ王国女王とは親しい友人関係にあると、セフィリアもユリエン本人から話に聞いたことがある。
ユリエンが体調を崩す前は、頻繁にお茶会へ招待し合っていたのだとか。
そんなふたりが魔王の登場により顔を突き合わせて議論したのは、国の未来について──ではなく、セフィリアの婿候補として適するか否かだったらしい。
「お、お母さま! どんな理由があろうと、戦争はだめです、ぜったい!」
自分が原因で戦争が勃発するなど、たまったものではない。
ここでセフィリア、必死の弁明に入る。
「リアはやさしいですね……魔王さまがNGでも、お母さまは大丈夫よ。ちなみに陛下が『息子はどう?』とおっしゃっていたけれど、リア的に王子殿下はどう? リアのひとつ年下で、お名前は──」
「それって、私と王子殿下の政略結婚が陛下の狙いなんじゃ……ではなくて! 魔王さまに限らず、まともにお会いしたことのない殿方と結婚は、どうかと思います!」
極力当たりさわりのない言葉を返したつもりだが、なぜか「あらまぁ……!」とユリエンが瞳を輝かせる。
「やっぱりリアは、カイルがいいのね!」
「えっ…………あっ」
そういえば、ユリエンの「リアとカイルは相思相愛なのね!」というかん違いを、そのままにしていた。
まずい。早々に誤解をとかなければ、いわゆる『恋バナ』好きなユリエンはどこまででもかん違いをしてしまう。
「あのですね、お母さま。カイルさんのお気持ちはうれしいのですが、私はいますぐに婚約だとか結婚をしたいという願望はなく、カイルさんも理解してくださっています」
「あら、そうでしたか」
テーブルに身を乗り出し気味だったユリエンも、セフィリアの言葉を受けて椅子に深く座り直す。
ほっと息をついたのもつかの間、ユリエンの思わぬ発言がセフィリアを襲う。
「ふふ、でもなんとなく、リアの好みのタイプがわかってきたわ。リアは余裕のある男性が好きなのよね?」
「えぇと……?」
「カイルはなんでもこなしますし、カイルの弟さん……レイでしたか。彼も年のわりに落ち着いていて、リアもよく気にかけているらしいじゃありませんか」
「そっ、そんな……!」
だめだ。どうあがいたって「いまは結婚願望がなくとも好意はある=将来結婚する可能性はある」とユリエンに解釈されてしまう。それもカイルだけでなく、レイにまで話が飛んだ。
誤解をとくどころか、さらなる誤解を生んでいる。
「ですからお母さま、レイのこともそんなんじゃなくてですね……!」
「俺がどうかしたか?」
「へぁっ……」
セフィリアの口から、へんてこな声がもれる。
仕方がないだろう。背後から唐突に、この場にいるはずのない人物の声が聞こえたのだから。
ぎぎ……と重たい首を動かしてふり返ったセフィリアは、危うく失神しそうになった。
不思議そうな顔をしたレイが、そこにいたからである。