「──
かすれた自分の声で、カイルは目を覚ました。
「はいっ、花梨です!」
からころと鈴を鳴らすような可愛らしい声がして、カイルはぼんやりとした視界に目をこらす。
薄暗い部屋。横たわった景色。
どうやらベッドに寝かされているらしい。
そんな自分のそばに、幼い少女がいた。
「…………あれ? 呼ばれた気が……でも、そんなわけないか……」
勢いよく返事をしていたが、寝ぼけているのか。
少女はむにゃむにゃと舌足らずなひとりごとを言いながら、ベッド脇の椅子に座り直す。
「……セフィリア、お嬢さま」
「ふぇ……?」
「お嬢さま……お嬢さまっ!」
「ふぇええ!?」
うつらうつらしていたセフィリアも、カイルに飛びつかれてはさすがに跳ね起きる。
「あっ、カイルさん! 気がついたんですね。よかったです!」
「お嬢さま……」
「はい、私はここに……あれ、なんかちょっと力が強…………ぐぇ」
男子にしては細身のカイルがものすごい力で抱きしめてくるため、セフィリアの視界に星が散る。息も絶え絶えにカイルの背を叩いたことで、窒息だけは免れた。
「あのう、カイルさん。大怪我をしてらっしゃいますので、できればもうすこし安静に……」
「ちょっと黙って」
「へ?」
セフィリアがぽかんと間抜けな声をもらした直後。セフィリアを抱きしめたまま、カイルがほほにちゅ、とキスを落としてきた。
「えっ、えっ? カイルさん、あのあのっ!?」
「動かないで」
「はひっ……」
カイルから言葉少なにぴしゃりと言い放たれることに慣れていないセフィリアは、条件反射でカチンコチンに硬直してしまう。
そうこうしていると、よりいっそうカイルに抱きすくめられるという。
「お嬢さま……お嬢さま」
「ちょっ、カイルさん、くすぐったい……」
セフィリアが身じろいでも、カイルは知らんぷり。
うわごとのようにセフィリアを呼びながら、ほほや目じり、ひたいにキスの雨をふらせるだけだ。
「わ、わかりましたよ、さてはまだ寝ぼけてるんですね!」
「違います」
「なら怖い夢を見たとか! そうでしょう!」
「怖い夢……まぁ、楽しい夢ではなかったですけどね」
「でしたら寝不足ですね。はい、いったん離れて、二度寝しましょう!」
チャンスとばかりにぐい、と胸を押し、セフィリアが距離を遠ざけようとするので、カイルは笑ってしまう。
「かわいいなぁ」
「はいっ……?」
「ねぇお嬢さま、ちょっとだけ、いじわるしてもいいですか」
「あれ、なんだか嫌な予感がします……」
すでに拘束されているため逃げ場がないセフィリアが、苦笑いをしながら顔をそらす。
そんな悪あがきすら愛おしくなって、カイルはそっと、セフィリアのほほを両手で包み込む。
「花梨さん」
「はぁ、だからなんで──」
思わず生返事をしてしまったセフィリアだが、一瞬後には血相を変えてカイルをふり返る。
「あぁ、やっと俺を見てくれましたね」
「カイルさん……? いま……」
こわごわと問うセフィリア。彼女にはいま、どんな表情をした自分が見えているのだろう。そう考えるだけで、カイルはどうしようもなくほほがゆるんでしまう。
「俺は
生死の境をさまよった反動で、なんて、どこの小説だよと笑いたくなるけれど。
「これは夢じゃないです。そうですよね?」
ふれるぬくもりが、やわらかい感触が、たしかにそこにある。それなのに、なにを疑うことがあるだろう。
「急に黙り込みましたね。どうしました?」
「だって……」
セフィリアはもごもごと口ごもる。明らかにうろたえた様子だ。
すこし思案して、カイルは「あぁ」と腑に落ちる。
「『七海』はこんなふうにふれなかったですもんね?」
セフィリアはいま、前世が七海であることをカイルから告白された状況だ。それなのに七海らしからぬ行動を取られたため、理解が追いついていないのだ。
「ごめんなさいね。『俺』はずっと、こうやってふれたいと思ってましたよ。『七海』だったときも……その前も」
「えっ……」
カイルはすべてを思い出した。
そう、
「ただまぁ……『その話』をするのは、また落ち着いてからで」
混乱のあまり、固まってしまったセフィリアのひたいに、ちゅ、とキスが落とされる。
それからなでるようにセフィリアのほほにふれたカイルは、おもむろにからだを離し──
セフィリアのとなり、カイルから見て手前のほうのベッド脇で、椅子にもたれて眠るレイへ向き直る。そして。
ビシィッ!
指先で思いきり、レイのひたいをはじいた。
「えぇっ! 急になにするんですか!」
「見てのとおり、デコピンです」
「だからなんで!?」
「んー、なんとなく?」
「ふがっ……なんだ……?」
突然の行動にセフィリアが驚いても、カイルは悪びれた様子がない。
安眠を邪魔されたレイは、寝ぼけまなこをこすりながら、きょろきょろとあたりを見回している。
「あれ……兄さん、生きてる……?」
「勝手に殺すな」
「なんでもいいや……いきてたなら、よかった……」
おそらく、意識はまだ夢の中なのだろう。ふわぁ……とあくびをしたレイが、からだを前に倒す。
「すー……」
「本格的に寝始めたし」
ベッドから上体を起こしたカイルのひざへ、突っ伏すようにして寝息を立てるレイ。いわゆる二度寝だ。
「ぷっ……」
一連のやり取りを見ていたセフィリアは、思わず吹き出してしまう。
「もー……笑わないでくださいよ」
「だって──」
相変わらず、仲がいいんですもの。
そう続けようとしたセフィリアは、はたと口をつぐんだ。
カイルは、
セフィリアの疑問は、続くカイルの言葉で解決する。
「こういうの、腐れ縁っていうんですかねぇ」
やれやれ、と肩をすくめてみせるわりに、眠るレイの頭をなでるカイルのまなざしは、あたたかなものだった。