冷静に考えてみれば、なんらおかしくはない状況だ。
(あれだけの力を暴走させた
現代で内功の制御をうしなった燐は、仙人としての生涯を終えた。
そして
セフィリアへ盲目的な執愛をみせる、魔王クラヴィスとして。
「今日は思いがけず最高の日になった。きみという幸福の天使が舞い降りたんだから!」
セフィリアを腕に抱いたクラヴィスは、歓喜にほほを染め、いまにも歌い出してしまいそうなほど饒舌だ。
セフィリアに執着する運命のクラヴィス。
なんとおあつらえ向きの配役だろうか。
「あぁ、どうしよう。再会の感動がおさえられないよ。いっしょに帰ろう、僕の愛しいセフィリア。そしてすぐに結婚しよう。純白のドレスを用意してあげるから!」
「ちょっと、本気!?」
「こんな冗談は言わないさ。もちろん、きみはまだ幼い女の子だからね。男女のふれあい方に関しては考えるけど、見せびらかすくらいはいいよね?」
「見せびらかすって、きゃあっ!」
嫌な予感は的中。にっこりと笑みを浮かべたクラヴィスが、かたちのいい唇を近づけてきたのだ。
とっさに顔を背けるセフィリア。間一髪、唇への接触は避けることができた。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
「ひゃっ……!」
しかしセフィリアにキスを拒否されたクラヴィスが、すねたような声をもらして耳を食む。
ちゅっと音を立てて唇を離したのちは、涙目のセフィリアに、至極満足げだった。
(まともに話をしてどうにかなる相手じゃないわ。いまは燐師兄さまにかまっているヒマはないのに……!)
肩をざっくりと裂かれ、カイルが重傷を負っているのだ。出血量が多い。一刻も早く治療をしなければ。
(でも、どうしたらいいの……!?)
セフィリアの、幼い少女のからだでは、魔王であるクラヴィスに対して力も魔力も遠く及ばない。
(なにか……なにか方法は……!)
焦るセフィリアが、なにもできないもどかしさに心が折れてしまいそうになった、そのとき。
「おしゃべりに花を咲かせているところ、悪いが」
「後ろがガラ空きだぞ?」
「──!」
はじかれたように、クラヴィスがふり返る。
セフィリアも呆けたように、クラヴィスの背後を取ったレイのすがたを見ていた。
気配が、まるでなかった。
「彼女が嫌がっているのに無理やり連れていこうだなんて、まったくもって紳士的じゃないな。こんな大人になりたくないといいお手本になった」
がし、とクラヴィスの腕をつかむレイ。
「──いい加減、離さないか」
その血のように赤い瞳がカッと見ひらかれたとき、ぞわりと、クラヴィスの背をかけ巡るものがあった。
「魔力……じゃない。これはいったい……!」
「そう難しいもんじゃないさ。俺はオーガだからな」
クラヴィスの腕をつかんだレイは、ぐぐっと指先にまで力を込め。
「物理的な、
小柄なこどもとは思えないすさまじい力で、ぐりんとクラヴィスを投げ飛ばした。
「えぇっ!? ちょっ、きゃあっ!」
なにが起きたのかも理解できないまま、セフィリアは空中に放り出されるも、ヒュウ……と巻き起こった風に包み込まれる。
「お嬢、さま……よかった」
「カイルさん!」
セフィリアに向けて右手をかざしていたカイルが、安堵したように崩れ落ちる。
風魔法で、セフィリアを助けてくれたのだ。
ふわりと着地したセフィリアは、まっさきにカイルへ駆け寄った。