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第91話 悪いが

 冷静に考えてみれば、なんらおかしくはない状況だ。


(あれだけの力を暴走させたリン師兄にいさまが、無事であるはずがなかったのよ)


 現代で内功の制御をうしなった燐は、仙人としての生涯を終えた。

 そして花梨かりんがセフィリアへ転生したこの異世界に、彼も転生したのだ。

 セフィリアへ盲目的な執愛をみせる、魔王クラヴィスとして。


「今日は思いがけず最高の日になった。きみという幸福の天使が舞い降りたんだから!」


 セフィリアを腕に抱いたクラヴィスは、歓喜にほほを染め、いまにも歌い出してしまいそうなほど饒舌だ。


 愛花アイファに執着していた燐。

 セフィリアに執着する運命のクラヴィス。

 なんとおあつらえ向きの配役だろうか。


「あぁ、どうしよう。再会の感動がおさえられないよ。いっしょに帰ろう、僕の愛しいセフィリア。そしてすぐに結婚しよう。純白のドレスを用意してあげるから!」

「ちょっと、本気!?」

「こんな冗談は言わないさ。もちろん、きみはまだ幼い女の子だからね。男女のふれあい方に関しては考えるけど、見せびらかすくらいはいいよね?」

「見せびらかすって、きゃあっ!」


 嫌な予感は的中。にっこりと笑みを浮かべたクラヴィスが、かたちのいい唇を近づけてきたのだ。

 とっさに顔を背けるセフィリア。間一髪、唇への接触は避けることができた。


「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」

「ひゃっ……!」


 しかしセフィリアにキスを拒否されたクラヴィスが、すねたような声をもらして耳を食む。

 ちゅっと音を立てて唇を離したのちは、涙目のセフィリアに、至極満足げだった。


(まともに話をしてどうにかなる相手じゃないわ。いまは燐師兄さまにかまっているヒマはないのに……!)


 肩をざっくりと裂かれ、カイルが重傷を負っているのだ。出血量が多い。一刻も早く治療をしなければ。


(でも、どうしたらいいの……!?)


 セフィリアの、幼い少女のからだでは、魔王であるクラヴィスに対して力も魔力も遠く及ばない。


(なにか……なにか方法は……!)


 焦るセフィリアが、なにもできないもどかしさに心が折れてしまいそうになった、そのとき。


「おしゃべりに花を咲かせているところ、悪いが」


 レイは、現れた。


「後ろがガラ空きだぞ?」

「──!」


 はじかれたように、クラヴィスがふり返る。

 セフィリアも呆けたように、クラヴィスの背後を取ったレイのすがたを見ていた。

 気配が、まるでなかった。


「彼女が嫌がっているのに無理やり連れていこうだなんて、まったくもって紳士的じゃないな。こんな大人になりたくないといいお手本になった」


 がし、とクラヴィスの腕をつかむレイ。


「──いい加減、離さないか」


 その血のように赤い瞳がカッと見ひらかれたとき、ぞわりと、クラヴィスの背をかけ巡るものがあった。


「魔力……じゃない。これはいったい……!」

「そう難しいもんじゃないさ。俺はオーガだからな」


 クラヴィスの腕をつかんだレイは、ぐぐっと指先にまで力を込め。


「物理的な、パワーだよ!」


 小柄なこどもとは思えないすさまじい力で、ぐりんとクラヴィスを投げ飛ばした。


「えぇっ!? ちょっ、きゃあっ!」


 なにが起きたのかも理解できないまま、セフィリアは空中に放り出されるも、ヒュウ……と巻き起こった風に包み込まれる。


「お嬢、さま……よかった」

「カイルさん!」


 セフィリアに向けて右手をかざしていたカイルが、安堵したように崩れ落ちる。

 風魔法で、セフィリアを助けてくれたのだ。

 ふわりと着地したセフィリアは、まっさきにカイルへ駆け寄った。

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