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第87話 文句は受けつけない

 セフィリアの声が、広い闘技場にひびく。


「……失礼ですが、お嬢さま、いまなんと?」

「ばかばかしい。そう申し上げました」


 真っ向から喧嘩を売っているのだ。扇に隠されているが、ヤンスのほほが怒りで引きつっているのがわかる。


「男性が卑しいというなら、そのあなたはどうやって生まれてきたのですか?」


 だとしても、セフィリアが引き下がる理由にはならない。


「あなたが身につけている宝石はドワーフが採掘したもので、体調を崩したときに飲むお薬の配合はエルフが確立したものです。ちがいますか?」


 ──僕たちはね、いろんなひとたちに支えられて生きてるんだよ。


 他者を思いやるノクターの言葉は、セフィリアの胸に深く刻まれている。

 だからこそセフィリアは、目の前でモンスターにおびえている幼い少年を見捨てることはしない。

 敵を前にしても、恐れることなく声をあげることができるのだ。


「その子が魔族であろうがなかろうが、尊い命に変わりはありません。むしろ平気でだれかを虐げ、知性ある人間以下の倫理観しか持ち得ないあなたを、私は人として軽蔑します」

「言ってくれるじゃないの……!」


 わなわなと怒りをあらわにするヤンス。

 その影で、かたわらにたたずむ黒いローブの男がわずかにぴくりと身じろいだことを、セフィリアは知らない。


「ふ、ふふふ……よろしい。ならば遠慮は必要ございませんわね。ここはわたくし自慢の闘技場。本日は特別に貸し切りで、お楽しみくださいませ! さぁやっておしまいなさい、バジリスクよ!」

「シャアアッ!」

「うわぁっ!」


 高らかなヤンスの笑い声とともに、バジリスクが大きな口をあけて少年へ襲いかかる。


「俺が行きます」


 外套をひるがえしたカイルが、少年のもとへ駆け出す。

 ……が、そんなカイルの視界をさえぎるものがあった。

 黒髪をなびかせて颯爽とカイルを追い抜いた、レイのうしろすがただ。


「なっ……」


 カイルが思わず呼吸を止めた一瞬のうちに、戦況は一変。


「──はぁあッ!」


 なんとバジリスクの胴体を両手でつかんだレイが、1回転、2回転と遠心力を利用して、バジリスクを投げ飛ばしたのだ。

 体長は3メートルをゆうに超え、100キロ近い重量をもつとされる毒蛇を、だ。


 ヒュッ! ──ドォオン!


 まばたきのうちに場外へ投げ飛ばされたバジリスクは、石造りの壁に激突。爆発のような轟音が鳴りひびく。

 土煙が舞う。パラパラと崩れる壁が、衝撃のすさまじさを物語っていた。


「えっと…………うんっ?」


 あまりに一瞬のことで、セフィリアはあぜんとした。


「なんだ、そこのでかい蛇。案外軽くてびっくりしたぞ。まぁいい。ほら、立てるか」

「あ、ありがとう、おにいちゃん……」


 あっけらかんと言ってのけたレイが、涼しい顔でぱんぱんっと手についた土を払う。かと思えば、地面に座り込んだ少年へ手を差し伸べていた。


「バッ、バジリスクを投げ飛ばしたですってぇ!?」


 明らかにうろたえるヤンス。一方でレイは落ち着きを崩さない。


「なにをいまさら。知ってて俺をここにつれてきたんじゃないのか?」

「──!」


 はるか頭上の観覧席にいるヤンスを見上げ、レイは堂々と問う。その横顔を目にしたセフィリアは、ようやく『違和感』に気づいた。


「……つのが……」


 見間違いではなかった。

 艶のある黒髪のすきま、レイのひたいから、2本の鋭い角が生えていたのだ。


「驚異的な身体能力、鋭い角、赤い瞳……そうだわ!」


 雷に撃たれたように、セフィリアは思い出す。

 ルミエ王国には数多くの種族が暮せども、ひときわ異彩を放つ種族がある。

 人間離れした身体能力に、特徴的な二本角、紅蓮の瞳をもち、通称『赤眼』と呼ばれる彼らは──


「──オーガ!」


 欠けていた記憶がよみがえり、セフィリアは頭をかかえる。


(そうだわ、オーガの血を引くレイは、『花リア』でも壮絶な人生を送っていた……!)


 オーガをひと言で言い表すなら、嫌われ者。

 魔力が重視されるルミエ王国において魔力をまったく持たないにもかかわらず、魔族のように角を持つためだ。

 ルミエ王国は古くから魔族と敵対している。魔族を彷彿とさせるオーガは、さげすみの対象だったのだ。


「レイ、おまえな……!」

「この子を助けるのに必要なことだった。文句は受けつけないぞ、カイル兄さん」


 カイルはレイの変貌に焦りはしても、驚きは見せない。


(カイルさんはぜんぶ知っていたのね。それでもレイのことを家族だと、ほんとうの弟のように想って……)


 ──レイはレイです。


 ジェイドに毅然と告げていたカイル──その言葉の重みを、セフィリアは思い知るのだった。

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