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第83話 やるのよ

(彼女がヤンス……ということで間違いなさそうね)


 とくに男性への差別意識が強い貧民街において、女が実権をにぎるのはおかしなことではない。

 ヤンスは屈強な男を5人伴っていた。


(こちらは3人。数ではあちらのほうが有利ね)


 万が一セフィリアたちが不審な行動を取った場合、実力行使もいとわない、と。こちらを信用していない意思表示だろう。


(まぁ、人身売買に信用もくそもないわ)


 あふれ出しそうな嫌悪感を胸に秘め、セフィリアはヤンスを見やる。


「立ち話もなんですし、まずはおかけくださいな、お嬢さま。紅茶をお出しいたしましょう」


 酒やけをした声で、ヤンスがセフィリアへうながす。

 フードで顔を隠してはいるものの、護衛らしき男ふたりを連れた女、それもこどもがやってきた。

 つまりセフィリアが商談相手だと見抜いたことから、ヤンスの洞察力がうかがい知れる。


「紅茶はけっこうです。あまり長居するつもりはありませんので、早速本題に入りましょう」


 ソファーに浅く腰かけたセフィリアは、淡々とした口調でヤンスに返す。


「とびきりめずらしくて、新鮮な『お茶』をお持ちいただける?」


『花リア』におけるレイのエピソードで、奴隷時代、彼が数々の奴隷の中でも特別視されていた描写があった。


(それはレイが、ほかに類を見ない美貌の持ち主だったから。あとは……まだ理由があった気がするけど、とりあえずいまはそれだけでいいわ)


 まれに見る美貌の持ち主かつ、新鮮な──つい最近『仕入れた』となれば、選択肢は限られるはず。


「でしたら、お嬢さまのご要望にぴったりの『お茶』がございますわ!」


 ヤンスは紅を塗りたくった真っ赤な唇でにぃと笑い、手にした扇でそばに控えた男のひとりを叩いた。


「『赤眼』を連れておいで」

「かしこまりました、ヤンスさま」


 ぴくり。セフィリアの視界の端で、カイルが身じろぐ。


「お嬢さまは幸運の女神に愛されておいでですわね。とびきりめずらしい商品を、つい先日仕入れたばかりですのよ」


 身がまえるセフィリアをよそに、ヤンスはぺらぺらとおしゃべりを続ける。


「まだ幼いですが飛び抜けて器量はいいですし、労働用にも愛玩用にも最適かと」


 じゃらり、じゃらり。

 耳障りな音が聞こえる。


「さぁごらんあそばせ。こちらが当店の目玉商品、『赤眼』でございます!」


 部屋の奥から、鎖を手にした男がもどる。

 その鎖につながれていたのは──セフィリアと同じ年頃の、黒髪の少年。

 紅蓮の瞳は、どことも知れぬ虚空を見つめている。


「レイっ……!」


 ひと目見て、カイルは確信したようだ。

 しかしセフィリアにしか聞こえないような声を絞り出したきり、カイルは黙り込む。

 感情のままに行動して、作戦を台無しにするわけにはいかないからだ。


(カイルさん……もうすこしだけ、辛抱してください)


 こぶしをふるわせるカイルから祈るような気持ちで視線をはずし、セフィリアは真正面へ向き直る。


(あの子が、レイ……『花リア』のメインヒーロー。でもおかしいわ。全然カイルさんに反応しない)


 首と四肢に鎖をつけられたレイは、うなだれ、その場に立ちすくんだままだ。

 まるで、生気のない人形のよう。


「ずいぶんと、従順なようですが?」

「連れてくるのにこちらも少々手こずりまして。特別なお薬を使わせていただきました」


 ヤンスの言い分から察するに、レイに投与されたのは心身を喪失させるたぐいの薬。


(麻酔……いや、麻薬でもおかしくはないわね。まずいわ……)


 麻薬は猛毒である。こどものからだならば、なおさら。


(私に解毒できるかしら……ううん、やるのよ)


 ノクターが不在のいま、治癒魔法を得意とするのは、この場にセフィリアしかいないのだから。


「……あるじ」


 そのときだった。ぴょこんと、わたあめがセフィリアの外套の首もとから顔を出す。


「わたあめちゃん、急にどうし……」

「あのこども……やはりそうだ。あの魂、一等星のような輝きを、見まごうはすがない!」


 セフィリアが状況を理解できない一方で、わたあめが衝撃的なひと言を発する。


「あそこにいるこどもは星藍シンランだ、あるじ!」


 わたあめはたしかに、レイに向けてそう断言していた。


「なるほど、だからムズムズがおさまらなかったのか。あぁ、あるじ、ようやっと会えたな。ワタシはうれしい!」

「……なん、ですって。レイが、星夜せいやさん……?」


 雷に撃たれたかのような心地だった。


(この世界のどこかに転生しているはずとはいえ、まさかレイだなんて……!)


 これも運命のいたずら……いや、神々の気まぐれか。


「……カイルさん、先に謝罪させてください」

「お嬢さま……?」


 真実を知り、セフィリアの胸に熱がこみ上げる。

 どうしようもなく腹立たしい、激情の熱である。


(たいせつなひとをあんな目に遭わされて、黙っていられるはずがないのよ……!)


 カイルも同じ怒りを感じていたのだと思うと、セフィリアもがまんならない。

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