(彼女がヤンス……ということで間違いなさそうね)
とくに男性への差別意識が強い貧民街において、女が実権をにぎるのはおかしなことではない。
ヤンスは屈強な男を5人伴っていた。
(こちらは3人。数ではあちらのほうが有利ね)
万が一セフィリアたちが不審な行動を取った場合、実力行使もいとわない、と。こちらを信用していない意思表示だろう。
(まぁ、人身売買に信用もくそもないわ)
あふれ出しそうな嫌悪感を胸に秘め、セフィリアはヤンスを見やる。
「立ち話もなんですし、まずはおかけくださいな、お嬢さま。紅茶をお出しいたしましょう」
酒やけをした声で、ヤンスがセフィリアへうながす。
フードで顔を隠してはいるものの、護衛らしき男ふたりを連れた女、それもこどもがやってきた。
つまりセフィリアが商談相手だと見抜いたことから、ヤンスの洞察力がうかがい知れる。
「紅茶はけっこうです。あまり長居するつもりはありませんので、早速本題に入りましょう」
ソファーに浅く腰かけたセフィリアは、淡々とした口調でヤンスに返す。
「とびきりめずらしくて、新鮮な『お茶』をお持ちいただける?」
『花リア』におけるレイのエピソードで、奴隷時代、彼が数々の奴隷の中でも特別視されていた描写があった。
(それはレイが、ほかに類を見ない美貌の持ち主だったから。あとは……まだ理由があった気がするけど、とりあえずいまはそれだけでいいわ)
まれに見る美貌の持ち主かつ、新鮮な──つい最近『仕入れた』となれば、選択肢は限られるはず。
「でしたら、お嬢さまのご要望にぴったりの『お茶』がございますわ!」
ヤンスは紅を塗りたくった真っ赤な唇でにぃと笑い、手にした扇でそばに控えた男のひとりを叩いた。
「『赤眼』を連れておいで」
「かしこまりました、ヤンスさま」
ぴくり。セフィリアの視界の端で、カイルが身じろぐ。
「お嬢さまは幸運の女神に愛されておいでですわね。とびきりめずらしい商品を、つい先日仕入れたばかりですのよ」
身がまえるセフィリアをよそに、ヤンスはぺらぺらとおしゃべりを続ける。
「まだ幼いですが飛び抜けて器量はいいですし、労働用にも愛玩用にも最適かと」
じゃらり、じゃらり。
耳障りな音が聞こえる。
「さぁごらんあそばせ。こちらが当店の目玉商品、『赤眼』でございます!」
部屋の奥から、鎖を手にした男がもどる。
その鎖につながれていたのは──セフィリアと同じ年頃の、黒髪の少年。
紅蓮の瞳は、どことも知れぬ虚空を見つめている。
「レイっ……!」
ひと目見て、カイルは確信したようだ。
しかしセフィリアにしか聞こえないような声を絞り出したきり、カイルは黙り込む。
感情のままに行動して、作戦を台無しにするわけにはいかないからだ。
(カイルさん……もうすこしだけ、辛抱してください)
こぶしをふるわせるカイルから祈るような気持ちで視線をはずし、セフィリアは真正面へ向き直る。
(あの子が、レイ……『花リア』のメインヒーロー。でもおかしいわ。全然カイルさんに反応しない)
首と四肢に鎖をつけられたレイは、うなだれ、その場に立ちすくんだままだ。
まるで、生気のない人形のよう。
「ずいぶんと、従順なようですが?」
「連れてくるのにこちらも少々手こずりまして。特別なお薬を使わせていただきました」
ヤンスの言い分から察するに、レイに投与されたのは心身を喪失させるたぐいの薬。
(麻酔……いや、麻薬でもおかしくはないわね。まずいわ……)
麻薬は猛毒である。こどものからだならば、なおさら。
(私に解毒できるかしら……ううん、やるのよ)
ノクターが不在のいま、治癒魔法を得意とするのは、この場にセフィリアしかいないのだから。
「……あるじ」
そのときだった。ぴょこんと、わたあめがセフィリアの外套の首もとから顔を出す。
「わたあめちゃん、急にどうし……」
「あのこども……やはりそうだ。あの魂、一等星のような輝きを、見まごうはすがない!」
セフィリアが状況を理解できない一方で、わたあめが衝撃的なひと言を発する。
「あそこにいるこどもは
わたあめはたしかに、レイに向けてそう断言していた。
「なるほど、だからムズムズがおさまらなかったのか。あぁ、あるじ、ようやっと会えたな。ワタシはうれしい!」
「……なん、ですって。レイが、
雷に撃たれたかのような心地だった。
(この世界のどこかに転生しているはずとはいえ、まさかレイだなんて……!)
これも運命のいたずら……いや、神々の気まぐれか。
「……カイルさん、先に謝罪させてください」
「お嬢さま……?」
真実を知り、セフィリアの胸に熱がこみ上げる。
どうしようもなく腹立たしい、激情の熱である。
(たいせつなひとをあんな目に遭わされて、黙っていられるはずがないのよ……!)
カイルも同じ怒りを感じていたのだと思うと、セフィリアもがまんならない。