事前の連絡どおり、目的地の孤児院には昼ごろの到着となった。
ジェイドたちと手分けをして荷馬車から必要なものをおろし、せっせとはこび込むこと20分ほど。
「さぁみなさん、こちらへどうぞ!」
セフィリアのすがたは、食堂にあった。
エプロンを身につけ、手作りのパンも準備万端である。
「……って、あら?」
しかし、ここで予想外の出来事が発生する。
意気揚々と呼び込みをするセフィリアをよそに、食堂の入り口から顔をのぞかせたこどもたちが、近寄ろうとしないのだ。
顔を見合わせてひそひそと会話をしたり、セフィリアたちの様子をうかがうばかり。
外から見知らぬ人間がやってきたので、警戒しているのだろうか。
「団長の顔が怖いからおびえてるんじゃないですか」
「顔は生まれつきだ馬鹿者」
「というのは冗談で」
ジェイドに小突かれそうになったところで、ヒラリとかわしたカイルが、おもむろにこどもたちのほうへ歩み寄っていく。
「よっ、みんなひさしぶり。今日はどした? 俺たちが来るって先生から聞いてるだろ?」
「カイルにいちゃん……」
5歳ほどだろうか。男児が3名ほど、腰をかがめたカイルへ代わる代わる話しかける。
すぐに「あぁ、なるほどね」とうなずいたカイルが、セフィリアのもとへもどって言うことには。
「お嬢さま、こいつらはみんな、お嬢さまへ話しかけていいのか迷ってるみたいです」
「というと……?」
「あのねリア、男の子はちいさいうちから『女性にじぶんから話しかけちゃいけない』って教えられるんだよ。僕もはじめてユリエンと会ったときは、あたふたしちゃったなぁ」
懐かしそうにエメラルドの瞳を細めるノクターの補足があって、セフィリアはそうだったと思い出す。
(ルミエ王国では、女性優位。基本的に男性から女性へ話しかけちゃいけないんだったわ)
じつはセフィリアへいい意味で遠慮しないカイルの態度は、特例中の特例だったりする。
「みなさん、私のことは気にしないで、大丈夫ですよ」
「でも……」
「レディーへ話しかけてはいけないのは、成人……大人になってからのお話です」
「そういえば、そうだったっけ……?」
「はい。先生に教えられたことを一生懸命に守ろうとするよいこのみなさんには、ごほうびがあります。さぁ、こちらに来て、おいしいパンをどうぞ!」
にっこりと笑ったセフィリアが手まねきをすると、おずおずといったかたちで、こどもたちがやってくる。
「アーレン公爵家のセフィリアお嬢さまが、みんなのために焼いてくれたパンだぞ」
「これ、たべていいの?」
「おう。分けなくていい。まるっとぜんぶ食べていいからな」
「これぜんぶ……!」
カイルにもうながされ、こどもたちがひとり、またひとりと、手渡されたパンをひとくち。
「ふわふわ!」
「おいしい!」
「ふふ、あたたかいスープに、おやつのクッキーも持ってきました。おなかいっぱい召し上がれ!」
「わぁ……ありがとう!」
こどもたちの緊張もすっかり消えたようだ。
瞳をキラキラと輝かせ、「おいしい!」とパンをほおばっている。
セフィリア、カイル、ノクター、ジェイドで手分けをしてパンやスープ、クッキーを配っていると、食堂はあっという間にこどもたちでいっぱいになった。
「お嬢さまのパンは、こどもたちを笑顔にさせる魔法のパンですね」
ふと聞き慣れない声が聞こえ、セフィリアが振り向くと、20代くらいだろうか、若い青年のすがたがあった。
その青年はローブに身をつつんでおり、まばゆい金髪から尖った耳をのぞかせている。
「先生!」
「ひさしぶりだ、カイル」
カイルへ穏やかな笑みを返した青年は、セフィリアへ向き直り、うやうやしく一礼する。
「ごあいさつが遅れました。わたくしはこの孤児院の責任者をつとめております、ルフと申します」
ルフ──そう青年が名乗ると、カイルがすかさずセフィリアへ耳打ちをする。
「先生はこう見えて、100年は生きてるんで」
「まぁ……」
カイルがなにを言わんとするのか、セフィリアもすぐに理解した。
「はい、お察しのとおり、私は人間ではありません。エルフ──といっても父が人間の、ハーフエルフですが」
エルフ。数百、数千年もの長い年月を生きる種族。
セフィリアも、目にするのははじめてだ。
「純粋なエルフとまではいかないので、ルフ、とおぼえていただければ」
おどけたような言動から、どうやらルフは、エルフ特有の美しい外見のわりに気さくな性分だとわかる。
「あらためまして、わが孤児院へようこそおいでくださいました。歓迎いたします、セフィリアお嬢さま」
ルフ──彼は、セフィリアの知らないカイルを知る人物である。