セフィリアが手早く身支度をととのえるころ。
「リア! 目をさましたんですね。よかったわ!」
はやく母のところへ向かわねばといそぐセフィリアのもとへ、まさかのまさか。
「きゃ……お母さま!?」
ユリエンのほうから、やってきた。
* * *
「ユリエンのことなんだけどね」
「このとおり、心配はいりませんよ!」
「とまぁ、元気いっぱいだから大丈夫だよ、ははは」
セフィリアは現在、自室をたずねてきた両親と向かい合っていた。
陽あたりのいい窓際のソファーでは、セフィリアのひざで丸まったわたあめが「くぁ……」とあくびをもらす。
「ええと……それはよう、ございました……?」
のほほんとしたノクターは通常運転なので置いておいて、セフィリアははつらつとしたユリエンの様子におどろきを隠せずにいた。
「走っても苦しくならないし、ほんとうにね、なんともないんです。きれいサッパリ病が消えたんですよ!」
「うれしいのはわかるけど、あまりはしゃぎすぎないでね」
聞けばユリエンが屋敷中を駆け回るので、ジェイドが「奥さまぁー! なりませんー!」と大慌てで止めに入るのだとか。
(きちんと検査もされたみたいだし、お父さまが必死になって止めていない時点で、大丈夫? ではあるのだろうけど……)
はて、ユリエンはこんなにおてんばな性格だったろうか。セフィリアは首をひねる。
「いやぁ、さすがお嬢さまのお母さまですねぇ」
「え、なんですか? カイルさん」
「なんでもないでーす。それよりはい、紅茶をお淹れしましたー」
なにやらカイルが言っていた気もするが、うまくごまかされた。
「さて。それでリア、ここからが本題なんだけど」
ひとくち紅茶を飲んだノクターが、ティーカップを置く。そしておもむろに立ち上がったかと思えば──
「ユリエンに使った魔法はなに? 僕も見たことがないものだったけど、どんな高等治癒魔法? どうやって習得したんだい、リア!」
興奮気味に、セフィリアへ詰め寄ってきた。
「完全に破壊された魔力生成機能を復活させるなんて前例がない、まさに奇跡だ! あぁリア、きみは天才だ! アカデミーの入学試験を受けたら間違いなく主席で合格できるよ!」
「ひぎゃっ、なんだなんだ、どうした父上殿!」
そういえば忘れていたが、ノクターは治癒魔法研究の第一人者であるがゆえに、たいへんな治癒魔法オタクなのだった。
そのあまりの熱量に、セフィリアのひざで眠りこけていたわたあめも飛び起きる。
「あなた! リアがびっくりしています。ほどほどになさって」
「おっと。ごめんよ、リア!」
暴走するノクターをたしなめたユリエンが、そのままセフィリアのとなりへ腰をおろす。
「お母さま……!」
やはり、持つべきものは母である。
感動するセフィリアに、ユリエンもアクアマリンの瞳を細めてほほ笑む。ここまではよかった。
「あぁでも、リアはこんなに賢くて可愛らしいんですもの。アカデミーに入ったら殿方という殿方にプロポーズされてしまいますわね」
「……はい?」
これに反応したのは、カイルだ。
(え、なにいまの声。ひっく……)
あのカイルが真顔だった。かと思えば満面の笑みを浮かべている。
なんだその笑顔は。どんな意味があるというのか。考えるのが怖い。
「あの……お父さま、お母さま。それにつきましては、気が早いのでは……?」
貴族の子息や令嬢が通う国立アカデミーでは、入学資格は12歳からであるはず。
現在セフィリアは7歳。気が早すぎる。
「あらあら……」
至極当たり前のことを言ったはずなのに、なぜかユリエンが意味深な反応をする。
「たしかに、アカデミーへの入学には早いですけれど……」
そんなことを言いながら、ユリエンはなぜかセフィリアのうしろにひかえたカイルを見上げる。そして、にっこり。
「うふふ」
「え?」
ユリエンのほほ笑みのわけを、カイルも理解できていないようだ。
「あぁそうだ、カイル、ちょっと時間をくれないかい? 話したいことがあるんだった!」
ここでなにかに気づいたようにぽん、と手を叩いたノクターが、ソファーから腰をあげてカイルの肩を叩く。
「旦那さま?」
「男同士、積もる話もあるしね。さぁさぁ」
「あのっ!?」
これまたにっこりとほほ笑みを浮かべたノクターによって、カイルが部屋の外へ連行されるのも、あっという間だった。
「さすがお父さまねぇ。わかってらっしゃるわ」
「え、これどういう状況……?」
これはノクターとユリエンが結託して作り出した状況なのだろう。
ただ、両親がなぜそうまでしてふたりきりにさせたのか、セフィリアにはわからず。
「男性には男性、女性には女性にしかわからないことがありますからね」
まただ。またも意味深な言葉をこぼしたユリエンが、セフィリアへ向き直り、ひと言。
「リア、親しい殿方が身近にいるのなら、迷わず射止めるのみですよ! 結婚は年齢制限がありますが、婚約にはありませんから!」
「うん……? えっ……?」
親しい殿方。セフィリアの間近にいる異性といえば、カイルだ。ということは、つまり。
「……えぇええっ!」
──なんだかとてつもなく、かん違いをされている気がするセフィリアであった。