さらり、さらり。
なんだろう。とても心地よい感触がする。
「お嬢さま……」
だれかが、そばにいる。
そうだ。これは、髪を梳かれる感触だ。
「セフィリアお嬢さま……」
さらり、さらり。
あまりにやさしい手つきで、思わず意識を手放してしまいそうになるけれど。
「…………セフィリア」
じぶんを呼ぶ声がどこか悲しげなのが気になって、セフィリアはゆっくりとまぶたを持ちあげる。
「んん……?」
すると、ぱちり。間近にあったブルーの瞳と目が合う。
「カイル、さん……?」
「…………」
「おはよう、ございます……」
まどろんだまま、ふわぁ……とあくびをもらした後。
「こんの……あんぽんたんっ!」
「ふぇえ!?」
なぜか頭上でお叱りのシャウトをされ、飛び起きるセフィリアだった。
* * *
「えっ……私が丸2日目を覚まさなかったって、本当ですか?」
「嘘ついてどうすんですか、このっ、このっ」
「あうっ」
ベッドに腰かけたセフィリアは、現在不服そうなカイルにむにむにと両ほほをつままれている最中。
「なんか見たことない魔法使ったと思えば急にぶっ倒れたんで、こっちはめちゃくちゃ焦ったんですからね!?」
「はひ、ごめんなひゃい……」
2日前。ユリエンをむしばむ
(まさか、内功が使えるなんてね)
セフィリアが使用したのは、
(この世界では魔法を使えるから、魔力とうまく互換された……ってところかしら?)
とはいえ、セフィリアはこれまで魔法を使えたためしがない。
「ヘラが味の濃い食事ばかりをお嬢さまに食べさせようとしていたのは、混入させた
「なるほど。理解しました」
「本当に、旦那さまが気づいてくれてよかったですよ。お嬢さままで命の危機にさらされてたわけですから」
セフィリアは
途中からヘラの用意した食事を拒絶したため、完全に魔力が作れなくなるからだになったわけではない。
それでも、ノクターに処方された中和剤が効果を発揮する前のことだったので、セフィリアの体内にあった魔力も微々たるものだったろう。
(リッキーが手伝ってくれたおかげね)
草花へはたらきかけるセフィリアの能力に、リッキーが魔力を上乗せしてくれた。そのおかげで、わずかな魔力しかなくとも内功として発揮することができたのだ。感謝しかない。
「ほんと、今度からなにかしでかすときは俺に言ってくださいよね。土魔法は適性がないんで、リッキーみたいな手助けはできないかもですけど」
「ふふ、カイルさんにも、できないことってあるんですね」
「笑いごとじゃないですからね!」
ふてくされたカイルが物珍しくて、セフィリアもつい笑みをもらしてしまう。
だが、からかったわけではない。カイルの目もとに隈ができているのを見れば、からかう気など起こるはずもない。
「夜どおし看病してくださったんですよね……心配をおかけしました。ごめんなさい」
「っ……」
素直にセフィリアが頭を下げると、たまらないといった表情で、カイルが唇を引き結ぶ。
「……お嬢さまの、ばか」
気づけば、ぎゅうと抱きしめられていた。
セフィリアが身じろごうとすると、そうはさせまいとカイルの腕の力が強まる。
「見ないでください。俺いま、情けない顔してるんで」
「情けない顔、ですか?」
「お嬢さまに発破かけといて、俺自身はなにもしてないんですよ」
「そんなことはないです。カイルさんが叱咤してくれたから、諦めずにいられたんです。カイルさんは私に、勇気と力をくれました。あなたがいてくれて、よかった」
「……もぉ〜!」
身もだえたカイルが、観念したとばかりにからだを離す。
向き合ったカイルのブルーの瞳は、水面のように揺れていた。
「俺も……お嬢さまが無事で、よかったです。お嬢さまがいなくなったら、俺は……」
そこまで言って、カイルは言葉を切る。
そうして打って変わったように、まばゆい笑みを浮かべるのだ。
「なんでもないです!」
「本当に……?」
「なんでもないったらないんです!」
その言い方だとなんでもないことはない気がするのだが、セフィリアが様子をうかがおうとすると、がばりと本日2度目のハグをされてしまう。
「きゃっ!?」
あまりに勢いがあったため、セフィリアは受け止めきれず、今度はベッドに倒れこんでしまった。
「あのう、カイルさん……苦しいのですが」
「ちょっとがまんしてください」
覆いかぶさるようにしてセフィリアを抱きこんだカイルは、頑として退こうとはしない。
「これ以上、なにもしないので……もうすこしだけ、このままでいさせてください。お嬢さまが生きてることを……感じさせて」
懇願するような、ふるえる声だった。
(もしかして、カイルさん……怯えてる?)
ヘラに対して勇敢に立ち向かっていたカイルが、心細そうに身をふるわせている。
(私が、死んじゃうかもしれないと思ったから……?)
カイルは前世でたいせつなひとを守れなかったことをひどく悔やんでいる。そんな彼のトラウマを、刺激してしまったのだ。
そのことを理解して、じぶんがどれだけ心配をかけてしまったのか、セフィリアは思い知った。
「……私は死にませんし、どこにも行きませんよ」
まるで幼子のようにすがりつくカイルの背に、セフィリアも腕をまわす。
カイルはセフィリアの肩口に鼻先をうずめ、顔を見せてはくれなかったけれど──
ぎゅうう、と強まる抱擁から、カイルの想いが伝わってくるようだった。
「……約束、ですよ。俺もセフィリアお嬢さまのそばから離れないので。ぜったい、離れません」
カイルが落ち着くまで、セフィリアはずっと、背をなでていた。