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第66話 忘れないで

 植木鉢をかかえ、意気揚々と歩き出したセフィリア。ところが。


「はは、リアも力持ちさんになったね。こっちでひと休みしようか」

「うぅ……はい」


 やはりというか、体力がなかった。

 ノクターにすすめられ、5分後には温室内にある休憩所でひと息つくことに。アフタヌーンティーなども楽しめる、テラス席だ。


「むむ……なんだ、この木の妖怪は……これまた面妖な……」


 ひょっこりと現れたわたあめが、テーブル脇に置いたリッキーの植木鉢をぐるりと一周。

 怪訝そうにわたあめの前足でつつかれていたリッキーは、「ウ?」と首ならぬ幹をかしげている。


「リッキーも私のお友だちなんです。わたあめちゃん、仲良くしてあげて……」

「あるじ、りんごをもらったぞ! この者は気のいいやつだな!」

「……ってあら、ふふ」


 見ればリッキーからプレゼントされた真っ赤なりんごを、わたあめが上機嫌そうにはぐはぐと頬張っている。

 セフィリアが取り持つまでもなく、打ちとけたようだ。


「新しいお友だちもできたみたいで、パパはうれしいよ」


 人ならざるちいさな者たちに囲まれたセフィリアを、ノクターが向かいの席からほほ笑ましくながめる。

 人語を話す白い毛玉がいればおどろきそうなものだが、ノクターは当たり前のように受け入れている。

 職業柄、モンスターなどのたぐいを目にする機会が多いためだろう。


(そうだわ、お父さまのお仕事って──)


 ぱちり。

 エメラルドの瞳と目が合う。

 いけない、まじまじと見つめすぎていたようだ。

 気恥ずかしくなって視線を泳がせたセフィリアをよそに、ノクターは陽だまりのような笑みを浮かべてみせた。


「リフレッシュできたかい?」

「え……」

「リアの元気がなさそうだったから」


 そこでようやく、どうしてノクターがここへ連れてきてくれたのか、セフィリアはわかった気がした。


(お父さまも、気づいてたのね……)


 ユリエン同様、ノクターも思い詰めたセフィリアの様子を気にかけていたのだ。

 ただ、ノクターの反応は、ユリエンとはすこしちがった。

 どう答えたものか戸惑うセフィリアになにか問いかけるわけでもなく、にこにことほほ笑んでいるだけだ。

 そのほほ笑みを前にして、セフィリアの胸に、ふと懐かしさがこみ上げる。


(お父さまは、変わらないわ……『前』もそうだった)


『前』の世界──セフィリアが『愛木花梨ひめきかりん』だったころ。

 ノクターの前世である芳彦よしひこは、いまとおなじ温厚な性格で。


 ──焦らなくていい。ゆっくり家族になっていこう。

 ──僕は、きみの味方だからね。


 中学生のとき、先輩の男子生徒に襲われたことが原因で男性に恐怖心をいだいていた花梨に、やさしく接してくれた。

 花梨から事件のことは話していないから、赤の他人が突然家族になろうと言い出したことに警戒しているのだと思ったのかもしれない。

 それでも無理に事情は聞かず、花梨のペースに合わせて、ゆっくりと歩み寄ってくれた。

 そんな芳彦のやさしさに、花梨の緊張はいつしかほぐれていて。

 異世界に生まれ変わり、姿かたちが変わっても、彼の魂はなにひとつ揺るがなかった。


「僕は屋敷を空けることが多いから、リアには申し訳なく思ってるんだ」


 テーブル上で手を組んだノクターが、ふいにエメラルドの視線を伏せる。


(お父さまは優秀な回復魔法の使い手だもの)


 そして裏方派というよりは、表舞台で実力を発揮するタイプだ。

 領地でモンスターなどが暴れると、討伐のために向かう騎士団に同行し、負傷者の治療を行う。

 ノクターはおっとりとした優男のように見えるが、数々の戦場を経験してきた実力者だ。


(本当は、おからだの弱いお母さまのおそばについていたいでしょうに)


 それでもノクターが危険をおかしてまで戦場へ向かう理由は、どんな怪我や病も治す薬、『エリクサー』の材料を集めるため。

 上級回復師であっても錬成が困難だという『エリクサー』をその手で作り出し、ユリエンの病を治すことが、ノクターの切実な目的なのだ。

 そのことがよくわかるから、セフィリアもノクターを責めようなどと思いもしない。


「お父さまはだれにでもできるわけではない偉業を成し遂げられようとしているのですから、私のことはお気になさらず」

「僕はすごいひとでもなんでもないよ」


 気遣うセフィリアだが、ノクター自身は思うところがあるようだった。


「僕は回復魔法が得意だけど、できないことのほうが多い。ひとってそういうものなんだよ。リアもそうだろう?」

「できないこと……」

「そう。美味しい料理はディックたちコックさんが作ってくれて、ここの安全はジェイドたち騎士団のみんなが守ってくれる。ほかにも、きれいなお庭は庭師のひとたちがお手入れしてくれたり、挙げたらきりがないね」


 アーレン公爵家は、身分を問わずさまざまな職種の人材を採用している。それはなぜか?


 ──生まれてきた命に貴賤はない。

 ──だれもが、やりたいことをやりたいと口にできる場所にしたい。


 はじめにそう言ったのが、ノクターだからだ。


「僕たちはね、いろんなひとたちに支えられて生きてるんだよ。カイルだってそう。リアのことを心配してくれるのは、リアが大好きだから」

「──!」


 ──もっと俺を信じて、頼ってくださいよ!


 カイルの真摯な訴えが、よみがえる。


「カイルだけじゃなくて、ディックも、ジェイドも、リッキーも、わたあめも、もちろんパパやママだって、リアのことが大好きなんだ」

「お父さま……」

「きみは独りじゃない。みんながそばにいることを忘れないで、リア」

「父上殿の言うとおりであるな」

「ウ! ウゥウ!」

「『こどもはわがままなくらいがちょうどいい』と、こやつも言っておる」

「わたあめちゃんに、リッキーも……」


 そこまで言われてしまえば、もう疑いようがない。


(独りで解決しようと、まわりが見えなくなっていたみたい)


 だが、そうやって気負う必要はないのだ。

 すこし見渡せば、たのもしい味方がこんなにたくさんいるのだから。


(ふふ……お父さまには、敵わないわね)


 だれかを頼るという選択肢。

 それを、ノクターが教えてくれた。

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