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第65話 もちろんだとも!

「そうそうカイル、たのみたいことがあるんだけどいいかな?」


 屋敷へと戻る道中、ばったりと遭遇したノクターがカイルへ声をかける。


「リアとお茶をしようと思って、さっきディックにアフタヌーンティーの用意をお願いしたんだ。急だったしひとりで大変そうだから、彼を手伝ってあげてほしいな」


 ノクターのほほ笑みを受け、カイルは腕に抱いたセフィリアをちらりと見た。


「かしこまりました、旦那さま」


 ノクターにそう言われてしまえば、カイルもうなずくほかない。


(やった……助かったわ!)


 これでカイルから解放される。

 そう歓喜したセフィリアだが──


「それじゃあいいこで待っててくださいね、お嬢さま?」

「んっ……?」


 にっこりと、カイルが笑った。

 あれ、と違和感をおぼえても、もう遅い。


「それでは、行ってまいります」

「うん、よろしくね」


 さすがにそろそろおろしてくれるだろう。

 そんなセフィリアの予想に反して、カイルは腕に抱いたセフィリアをノクターに預けたのだ。

 ふたたび地面を踏みしめることは叶わず、セフィリアはぽかんとあっけにとられた。


「はは、カイルには甘えたさんなんだね」


 カイルがいなくなると、ノクターがふにゃりと破顔し、セフィリアへほおずりをしてくる。


「パパにももっと甘えていいんだからね?」

「あのっ、お父さま……」

「さぁ、パパとおさんぽに行こうか。かわいいかわいい僕のリア」

「えっと……」


 おろして、とこの状況で言えるはずもなく。

 ご満悦なノクターに抱きあげられたセフィリアは、されるがまま、昼下がりのおさんぽへとくり出すことになったのだった。



  *  *  *



 庭園にある噴水広場。

 そこからさらにツル薔薇のアーチをくぐり、奥へ奥へと進むと、温室が見えてくる。


「リアはここで遊ぶのが大好きだったよね」

「はい、お父さま」


 正直のところ、前世の記憶を取り戻したあの日以前のことを、セフィリアはおぼえていない。

 だがノクターが言うならそうなのだろうと、セフィリアは笑ってうなずいてみせた。


(すごく広い温室ね……森のなかにいるみたい)


 見渡す限りの緑、緑、緑。

 ともすれば迷子になってしまう景色だが、セフィリアを抱いたノクターの足取りに迷いはない。


「たしか、このあたりだったよね。……あぁ、あそこだ」


 ノクターがなにやら指さしている。が、そこにはなんの変哲もない木々があるばかりで、セフィリアは首をかしげる。


「……ウゥ……」


 そんなとき、セフィリアの耳に届くものがあった。


(ひと、じゃない……なにかの、鳴き声……?)


 うめくような物悲しい鳴き声が、どこからか聞こえてくる。


「ほらこっちだよ、見てごらん、リア」


 ノクターはそう言って、おもむろにセフィリアを地面へおろした。

 すると、ちょうど目の前に植木鉢があった。セフィリアが抱えられるくらいのちいさな植木鉢がひとつ、道端にぽつんと置かれている。


(どうしてここにだけ、植木鉢が……?)


 まじまじとセフィリアが植木鉢をのぞき込んだ、その直後だ。


「ウゥウッ!」

「きゃっ……!」


 植木鉢が、動いた。

 おどろき、飛び上がってしまったセフィリアだが、落ち着いて目をこらしてみる。

 厳密には植木鉢ではなく、そこに植えられた植物が動いたのだということに気づく。


「ははっ、ひさしぶりだねぇ、リッキー」


 ノクターが親しげに話しかけていたのは、木のすがたをしたモンスターだった。

 植木鉢サイズのため、それほど大きくはない。

 幹の部分にくぼみのような目がふたつ並んでいて、セフィリアとちょうど同じ目線だ。


「リアのお友だち、リッキーだよ」

「あ……」


 リッキー。

 その名前を聞いたセフィリアの脳裏に、徐々に思い出される記憶がある。


 樹木型のモンスター、トレント。

 そのうち植木鉢ポットサイズの小型種で、ペット用に育てやすく品種改良されたものを、ポット・トレントという。


(そうだわ。たしかリッキーは……セフィリアわたしが生まれた年に、ここに植えられた子よ)


 赤ん坊がすくすく育つようにと願いを込めて、ポット・トレントを植える。

 ルミエ王国では一般的な風習だ。


「リッキー……」

「ウァア!」


 うわごとのようなセフィリアの声に、ぴょこんと反応するリッキー。

 先ほどまでしおれたようにうなだれていたのがうそのように、ゆらゆらとうれしそうに揺れている。


「ウ! ンゥゥ……」


 そこでなにか思いついたように、リッキーが左右にのびた枝を揺らしはじめた。

 ガサガサと音を立てたのち、生い茂った葉っぱのすきまから、ころんとりんごが転がり落ちた。

 つやつやとした、真っ赤なりんごだ。


「リアにプレゼントだって。ひさしぶりに会えて、リッキーもうれしかったみたいだね」


 ポット・トレントは仲良くなると、その身に成った果実をプレゼントするという。


(さっきの悲しそうな鳴き声って、私に会えなかったから……? 私に会いたいって、思ってくれてたんだ)


 毒殺未遂事件以降、じぶんのことでせいいっぱいだった。

 生まれたときからいっしょにいるリッキーにさびしい思いをさせていたのだと知り、セフィリアは胸がじんと熱くなった。


「遊びに来れなくてごめんね、リッキー……プレゼント、すごくうれしいわ。ありがとう」

「ンフフ……」


 りんごを拾い、セフィリアが笑いかけると、リッキーも枝を揺らして応える。

 人懐っこい様子がたまらなく愛おしくて、気づけばセフィリアは、リッキーの植木鉢を抱えあげていた。


「お父さま、リッキーといっしょにおさんぽしたいです!」


 ほほ笑ましげに見守っていたノクターは、愛娘からの『おねがい』に、まぶしい笑みを返すのだった。


「もちろんだとも!」


 春の木漏れ陽のようなぬくもりが、セフィリアの胸いっぱいに広がった。

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