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第64話 よくできました

「お嬢さま……待ってくださいって、セフィリアお嬢さま!」


 訓練場を飛び出したセフィリアが屋敷へと戻る道を突き進んでいると、追いかけてきたカイルに腕をつかまれる。


「いますぐにでもヘラに殴りかかりそうな顔してますよ、お嬢さま」

「そんな馬鹿な真似はしません」

「奥さまのことが心配なんですよね? 気持ちはわかります。でも、いったん落ち着きましょう。団長も言ってたじゃないですか。この件は任せてくれって」

「では、寝て起きたら明日には事件が解決しているんですか? ちがうでしょう?」


 ──セフィリアお嬢さまの紅茶に毒を入れた真犯人は、ヘラである可能性が高いです。


 ジェイドから核心にせまる話を聞いたセフィリアの心中は、荒ぶっていた。


(百歩譲って、私のことが気に食わない末の行動なら許せたわ……でも、そうじゃなかった)


 ヘラの真の目的は、別にある。


わたしになにかあれば、たとえ病床にあってもお母さまは駆けつけようとする。そういう方だもの……!)


 事実、ユリエンは病気療養中であったが、セフィリアが毒に倒れたと聞いて無理をおして外出許可を得た。


(そして、さっき目にしたヘラの黒い『好感度ゲージ』……あれは、見間違いなんかじゃなかったんだわ……!)


 毒殺未遂事件が、ユリエンを呼び寄せるためのものだったとしたら?


(嫌な予感がする……お母さまの身が危険だわ……!)


 セフィリアは知っている。

 殺意というものは、突然牙を剥くことを。

 だからセフィリアは、行動しなければならなかった。


「そこまでがんばらなくて、いいじゃないですか」

「魔の手はすぐそこまで迫っているかもしれないんですよ。手遅れになる前に、どうにかしないと……!」

「──セフィリアお嬢さま」


 カイルにしては低い声で、名を呼ばれる。

 そうしてようやくセフィリアは、カイルがまとう異様な気配に気づく。


「なんで独りで解決しようとするんですか?」

「……私はいままでも、じぶんでどうにかしてきましたので」


『前』の世界でも、ひとの心が見える能力を含め、本当のことを打ち明けられるのは星夜せいやしかいなかった。

 そして星夜とも、四六時中いっしょにいられたわけではない。


「そりゃあ人生何周もしてるお嬢さまにくらべたら、俺はまだガキかもしれないですけど、それはあんまりじゃないですか? ──なんのために俺がいるんだよ」

「……カイル、さん」


 ひときわ低く、怒気すらはらんだカイルの声音に、セフィリアはうろたえた。


「俺がいるじゃないですか。お嬢さまだけでがんばろうとしないでください。もっと俺を信じて、頼ってくださいよ……!」

「っ……」


 思ってもみない言葉だった。

 カイルの切実な訴えは、セフィリアの胸をきつく締めつける。


(あぁ、そうだわ……私は『愛木花梨ひめきかりん』じゃない)


 公爵家の娘、セフィリア・アーレンなのだ。

 だれにも本音を言えず、18年もの歳月を過ごしたあのときとはちがう。

 セフィリアのそばには、すべてを知り、それを受け入れたカイルがいる。


「すみません。俺だって人間ですし、個人的な感情を優先することもあります。お嬢さまが無茶をするようなら、こっちにも考えがありますからね」

「か、考えって……」

「さぁ? 俺がなにをするかは、セフィリアお嬢さましだいです。お部屋から出られなくなるようなコトをされたくなければ、よぉく考えてお返事くださいね」


 カイルの目が据わっている。もはや脅迫だ。

 そしてすでにカイルにつかまえられた身であるため、おのれの返答が今後を大きく左右することを、セフィリアは思い知る。


(カイルさんの性格上、暴力はぜったいにふるわないはず。その上で、私が部屋から出られなくなるようにするコトって…………え?)


 そこまで考えて、セフィリアはふと思い出した。

 ここが、どんな年齢層の女性をターゲットにした人気アニメの世界だったかを。


「わっ、私はまだ7歳ですよ!? 見てのとおりちんちくりんです!」

「大丈夫です、こどもあつかいはしてないんで。お嬢さまがお嬢さまってだけでイケます。いろいろと」

「ちょ、ちょっとまってー!」


 ぐぐ、と胸を押し返そうとするセフィリアだが、失敗。真顔のカイルに余計抱きすくめられてしまう。


「最低でもキスくらいはしますよね。お嬢さま体力ないし、すぐヘロヘロになるかも」


 幼女をヘロヘロにするキスとはなんぞや。

 それは本当に、幼女にしてもよいものなのか。


「あとはまぁ、お嬢さまがヘロヘロのふにゃふにゃになるまでじゃれあいっこしましょうか。ベッドで」

「いーやーあー!」

「あれぇ? お嬢さまなに想像してるんですか? やらしー」

「わかってて言ってますよね!」


 カイルは茶化してくるが、アウトだ。これは完全にアウト。

 本当に冗談なら、据わった目のまま有無を言わさず抱きあげたりなどしないだろう。


「お、おろして……」

「え? お嬢さまがあれこれ言える立場ですか?」

「っ……ヘラのところへ行くのは、やめます……カイルさんと、えっと……おさんぽ、します」


 必死に脳内をフル回転させ、導き出した答えが、これだ。苦肉の策だった。

 じっとセフィリアを見つめたカイルは、一変。


「あは、よくできました! お嬢さまはよいこですねぇ」


 にかっと白い歯をのぞかせて、セフィリアの頭をなでまわす。


「そういうことなら、いっしょにお花でも見に行きましょうか!」

「はい、そうですね……」


 結局、言いくるめられてしまった。完敗だ。


(え……怒ったカイルさん、怖すぎるんだけど……)


 そうまでして、セフィリアを止めたかったのだろう。

『あんなことやこんなこと』までされかねない状況から脱せるならば、もうなんでもいいや、とセフィリアは思考を放棄した。


「おやおや。はは、仲良しだねぇ」


 カイルに抱かれ、はるか遠くを見つめていたときのこと。

 ふいにおっとりとした男性の声が聞こえて、セフィリアはふり向く。

 すると、ちょうど向かいから、ほほ笑ましげにエメラルドの瞳を細めた男性がやってきており。


「お父さま……!」


 驚くセフィリアへ、ノクターは首をかしげてみせた。


「今日はお天気もいいからねぇ。よければ、パパとデートをしてくれないかい、僕のリトル・レディー?」


 ──救世主現る。


 セフィリアはこのとき、心の底からそう思った。

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