「──カイルさんの理想の女性のタイプは、どんな方ですか?」
「……はい?」
添い寝イベント(?)があった日の夕方。
騎士団の訓練からもどってきたカイルに、気づけば問いかけていた。
(……って、なに訊いてるのよ、私!)
まずい、完全に無意識だった。
「変なことを訊きましたね、うふふ」とごまかせたならよかったのだが、こちらを見つめるカイルが真顔だ。
「どうして俺の理想の女性のタイプが知りたいんですか?」
カイルの全神経がこちらに集中している。
無理だ、ごまかせない。
「えーっと……」
散々ためらった末、セフィリアは泣きそうになりながら正直に白状をすることにした。
「私が結婚相手になるとしたら、カイルさん的にはアリかな、ナシかな……と気になりまして」
言った。
かなりオブラートにつつんでいるが、要するに「私に恋愛感情はありますか?」という問いだ。
なんて自意識過剰なのだろう。泣きたい。
「セフィリアお嬢さま……失礼ですけど、そういう質問はどうかと思います」
カイルが呆れたようにため息をつく。
それもそうだろう。人生経験もさほど積んでいない小娘に恋だの愛だのほのめかされ、真に受けるほうがおかしい。
「ごめんなさいっ! いきなり変なことを……忘れてくだ、」
「そうじゃなくて」
あわてて取り繕おうとしたセフィリアだが、カイルにさえぎられる。
「そんなわかりきった質問、しなくていいじゃないですかって意味です」
いつの間にだろう。
すぐそばまでやってきたカイルが、ソファーに腰かけるセフィリアの前でひざをつく。
そしてセフィリアの手を取り、告げるのだ。
「アリかナシかで言うなら、大アリです。もう、お嬢さま……そんなこと言ったら、本気にしちゃいますよ?」
「うん……? あれ……?」
ここでセフィリア、なにかがおかしいことに気づく。
そして、見てしまった。
「プロポーズしていいなら、しますよ? まぁ俺もお嬢さまも成人してないんで、効力はないですけどね」
ドクッ、ドクッ──ドクン。
カイルの胸もとで脈打っていた橙色のハートが、赤色に変化する光景を。
「なっ……うそでしょう!?」
思わず驚愕してしまったセフィリアへ、カイルはむっと不機嫌そうに顔をしかめてみせる。
「やだな、俺の気持ち疑ってます? 先にそういう話題ふってきたの、お嬢さまですよね?」
「あの、これはですね、カイルさん」
「お嬢さまの『特別』だってのは、俺のうぬぼれだったのかなぁ」
「っ……!」
カイルは、冗談でもこんなことは言わない。
『本気』なのだと悟り、セフィリアはひどく居たたまれなくなる。
「……ごめんなさい」
「なんで謝るんですか?」
「私はカイルさんにそこまで言ってもらえる存在なのかと思い返したら、急激に自信がなくなってきたんです」
カイルのように将来有望なボディーガードがいれば、今後の行動範囲が大幅にひろがることが、約束されていたからだ。
だからセフィリアは、庭師見習いでしかなかったカイルを引き抜いた。
(それが結果として、騎士志望だったカイルさんの望みを偶然叶えることになっただけ。そう……たまたまなのよ)
むしろ、カイルを利用しようとしたじぶんに、カイルから慕われる権利があるのか。
セフィリアは、わからなくなってしまった。
「私では、カイルさんとは不釣り合いなのだと思い直しました。変な話をしてしまって、ごめんなさい。カイルさんにふさわしいひとはきっとほかにいらっしゃるはずなので、この話は忘れてください」
せいいっぱい、当たり障りのない言葉をえらんだつもりだ。
だがセフィリアを見つめるカイルの表情が、険しくなる。
「なんだよそれ。いるかどうかもわからない『運命の人』に夢見ろって言うんですか」
「そういうわけでは! ただ、」
──あなたには、愛する
のどのすぐそこまでせり上がっていた言葉を、セフィリアははっと押しとどめる。
「セフィリアお嬢さま。俺にとっていま一番たいせつなのは、目の前にいるあなたです」
カイルには前世の記憶がない。
彼が生きる『いま』にあるものが、彼にとってのすべてなのだ。
「これだけは言わせてください。俺のほうからお嬢さまのそばを離れることは、ありません。──ぜったいに」
たしかな意志をもって断言するカイルへ、セフィリアは言葉を返すことができなかった。