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第56話 愛が重いのよ

 本日の議題。

 夢に登場した、不思議な青年について。


「レイ……よね。『花リア』のメインキャラクターで、セフィリアの従者の」 


 セフィリアは自室でペンを手に、羊皮紙をひろげた机に向かってうなっていた。


「セフィリアをお嬢さまあつかいしながら愛称で呼ぶ男性なんて、彼しかいないもの」


 レイ。セフィリアの護衛兼従者。

『花騎士セフィリア』のアニメ放映前に公開されたキービジュアルイラストで、セフィリアとともにメインを飾った、すこぶる重要なキャラクターだ。

 乙女ゲームをモチーフにした本作の、いわゆるお相手候補のひとり。

 奴隷の過去をもつレイは、自身を救ってくれたセフィリアに心酔し、付き従うようになる。


「剣の腕も立つし、味方としては心強いけど……問題があるのよね」


 それは、『花リア』に登場する男性キャラクター全般に言えることだが。


「愛が、重いのよ……!」


 ここで思い出すのは、『花リア』は深夜帯に放送されていたアニメということである。

 女性向けの異世界ファンタジー作品といえばキラキラした世界観を思い浮かべがちだが、『花リア』はちがう。

 戦争は起こるわ人は死ぬわ、メインキャラたちはもれなく全員ほの暗い過去持ちときた。

 そして20代以上の『オトナの女性』を意識した作品であるためか、イケメンたちとの『そういうシーン』もところどころに散りばめられている。


 さすがに地上波ではカットされていたが、アニメ放映後に発売された特装版DVDでは、あんなシーンやこんなシーンがすべておさめられていた、らしい。

 対象年齢レーティング的にかなりギリギリのラインを攻めたストーリー構成が、世の乙女たちをさわがせた話題のひとつでもあったわけだ。

 つまり、なにが言いたいのかというと。


「レイは、『そっち』のほうがすごいんだってば……っ!」


 これは『花リア』の熱狂的ファンであったクラスメイトから聞いたことなのだが、特装版ではお相手ごとの個別ルートエンディングが収録されているらしい。

 そこでセフィリアは、レイに抱きつぶされていたと。


「いや、イケメンに溺愛されるのは夢見る乙女の願望だけど、現実で相手にするのとは話がちがいますからね!?」


 いまやセフィリアにとって、この世界は現実の世界なのだ。

 かろうじてアニメでは描かれなかった、あんなことやこんなことまでされかねない。


「転生したばかりの私は味方もいなかったし、もともとセフィリアに好意をいだいてるレイをボディーガードにっていうのは、自然な考えよね」


 セフィリアには『好感度ゲージ』を見ることができる能力がある。

 これを駆使して、レイを従者に迎えたあと、好感度が一定の範囲におさまるよう調整するつもりだった。

 ひとえに、純粋なボディーガードとして活躍してもらうためだ。


「でもいまはカイルさんがいるし、無理にレイに会わなくてもよくなったわ。そう思った矢先に、これなんだもの〜!」


 会ったこともないレイに、迫られる夢を見るとは。


「……私には刺激が強すぎるわ。やっぱり、ボディーガードはカイルさんにおねがいしましょう」


 そう結論づけたところで、セフィリアはべつの問題が立ちはだかっていることを思い出す。


「そうよ、カイルさん……」


 ──レイに会うのが難しいなら、カイルさんにボディーガードになってもらえばいいんじゃない!


 セフィリアが下心満載でお世話係に任命したカイルは、期待以上のはたらきで専属騎士の肩書きを手に入れた。

 オーバーワークではないかと心配もしたが、そこはカイルもうまく調整しているらしい。

 セフィリアのお世話係として、見習いではあるが騎士として、紅茶を淹れる腕と剣の腕をメキメキと上げている。

 以前にもまして活き活きとしたカイルを、セフィリアもそっと見守っている。それはいい。が。


(たしかにボディーガードがほしかったわ……ほしかったのだけど!)


 何度でも言おう。

 カイルの過保護が悪化した。


(添い寝にしたってそう。ふとしたときのスキンシップが増えたというか)


 根は真面目なカイルの性分であれば、そのあたりの線引きは徹底するはずだ。

 だが「ここまではふみ込んでこないだろう」というセフィリアの予想を、カイルは軽々と飛びこえてくる。最近になってからだ。


(自意識過剰かもしれないけど……)


 主従の枠をこえた『感情』が、カイルに芽生えたのではないか。

 セフィリアには、そう思えてならなかった。

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