本日の議題。
夢に登場した、不思議な青年について。
「レイ……よね。『花リア』のメインキャラクターで、セフィリアの従者の」
セフィリアは自室でペンを手に、羊皮紙をひろげた机に向かってうなっていた。
「セフィリアをお嬢さまあつかいしながら愛称で呼ぶ男性なんて、彼しかいないもの」
レイ。セフィリアの護衛兼従者。
『花騎士セフィリア』のアニメ放映前に公開されたキービジュアルイラストで、セフィリアとともにメインを飾った、すこぶる重要なキャラクターだ。
乙女ゲームをモチーフにした本作の、いわゆるお相手候補のひとり。
奴隷の過去をもつレイは、自身を救ってくれたセフィリアに心酔し、付き従うようになる。
「剣の腕も立つし、味方としては心強いけど……問題があるのよね」
それは、『花リア』に登場する男性キャラクター全般に言えることだが。
「愛が、重いのよ……!」
ここで思い出すのは、『花リア』は深夜帯に放送されていたアニメということである。
女性向けの異世界ファンタジー作品といえばキラキラした世界観を思い浮かべがちだが、『花リア』はちがう。
戦争は起こるわ人は死ぬわ、メインキャラたちはもれなく全員ほの暗い過去持ちときた。
そして20代以上の『オトナの女性』を意識した作品であるためか、イケメンたちとの『そういうシーン』もところどころに散りばめられている。
さすがに地上波ではカットされていたが、アニメ放映後に発売された特装版DVDでは、あんなシーンやこんなシーンがすべておさめられていた、らしい。
つまり、なにが言いたいのかというと。
「レイは、『そっち』のほうがすごいんだってば……っ!」
これは『花リア』の熱狂的ファンであったクラスメイトから聞いたことなのだが、特装版ではお相手ごとの個別ルートエンディングが収録されているらしい。
そこでセフィリアは、レイに抱きつぶされていたと。
「いや、イケメンに溺愛されるのは夢見る乙女の願望だけど、現実で相手にするのとは話がちがいますからね!?」
いまやセフィリアにとって、この世界は現実の世界なのだ。
かろうじてアニメでは描かれなかった、あんなことやこんなことまでされかねない。
「転生したばかりの私は味方もいなかったし、もともとセフィリアに好意をいだいてるレイをボディーガードにっていうのは、自然な考えよね」
セフィリアには『好感度ゲージ』を見ることができる能力がある。
これを駆使して、レイを従者に迎えたあと、好感度が一定の範囲におさまるよう調整するつもりだった。
ひとえに、純粋なボディーガードとして活躍してもらうためだ。
「でもいまはカイルさんがいるし、無理にレイに会わなくてもよくなったわ。そう思った矢先に、これなんだもの〜!」
会ったこともないレイに、迫られる夢を見るとは。
「……私には刺激が強すぎるわ。やっぱり、ボディーガードはカイルさんにおねがいしましょう」
そう結論づけたところで、セフィリアはべつの問題が立ちはだかっていることを思い出す。
「そうよ、カイルさん……」
──レイに会うのが難しいなら、カイルさんにボディーガードになってもらえばいいんじゃない!
セフィリアが下心満載でお世話係に任命したカイルは、期待以上のはたらきで専属騎士の肩書きを手に入れた。
オーバーワークではないかと心配もしたが、そこはカイルもうまく調整しているらしい。
セフィリアのお世話係として、見習いではあるが騎士として、紅茶を淹れる腕と剣の腕をメキメキと上げている。
以前にもまして活き活きとしたカイルを、セフィリアもそっと見守っている。それはいい。が。
(たしかにボディーガードがほしかったわ……ほしかったのだけど!)
何度でも言おう。
カイルの過保護が悪化した。
(添い寝にしたってそう。ふとしたときのスキンシップが増えたというか)
根は真面目なカイルの性分であれば、そのあたりの線引きは徹底するはずだ。
だが「ここまではふみ込んでこないだろう」というセフィリアの予想を、カイルは軽々と飛びこえてくる。最近になってからだ。
(自意識過剰かもしれないけど……)
主従の枠をこえた『感情』が、カイルに芽生えたのではないか。
セフィリアには、そう思えてならなかった。