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第55話 添い寝します

「お嬢さま。朝です、お嬢さま」


 だれかが呼んでいる。

 セフィリアはもぞもぞとベッドのなかで身じろぐ。


「ん……カイル、さん……?」


 まどろみから抜け出せないまま、うっすらとまぶたを持ち上げたセフィリアの瞳に、人影が映った。


「ほかの男の名を呼ぶなんて、きみはひどいな」

「……うん……?」


 ちがう。聞き慣れたカイルの声ではない。

 彼よりも低く、それでいてよく通る声音だ。


「セフィリアお嬢さま──」


 セフィリアはエメラルドの瞳を見ひらく。

 そこにいたのは、やはりカイルではなかった。

 ナイトブラックの髪の青年。

 だが肝心の顔立ちが、ぼやけていてよく見えない。


「セフィリア。俺の愛しい、リア」


 青年の声は静かなものだ。

 それでいて、砂糖を煮つめたように甘ったるい愛情をはらんでいる。


「それでもいいさ。きみがわかってくれるまで、そのからだに教えこむだけだ」

「あの……ひゃっ!」


 ……ぎしり。


 ベッドのスプリングがきしむ。

 セフィリアはいつの間にか、青年に組み敷かれていた。

 すきまなくからだを密着させられて、ようやく気づく。

 息苦しい。やわらな少女の胸が、青年の体重に押しつぶされている。

 幼いこどもではない。セフィリアの肉体は、年ごろの少女のものへと成長していた。


(なによこれ! どういうこと──!?)


 パニックにおちいるセフィリアだが、彼女のためだけに時間は止まってはくれない。


「あぁリア、きみのかわいい声を、また聞かせてくれ。たっぷりと……な?」


 相変わらず、視界はぼやけていたけれど。

 満足げにつぶやく青年はきっと、笑みを浮かべていることだろう。


「愛している──リア」


 青年の声が、吐息が、間近に迫る。

 やがてセフィリアの意識は、糸が切れたように、ぷつりと途切れた。



  *  *  *



 チュンチュンと、小鳥のさえずりが聞こえる。

 天蓋付きのベッドから起き上がった状態のセフィリアは、ところどころ寝癖が飛び跳ねたストロベリーブロンドもそのままに、ぼそりとつぶやいた。


「……なんてベタな夢オチなの」


 目が覚めると、からだはか弱い幼女のままだった。

 そう、アレは夢だったのだ。

 理解したとたん、「はぁあ〜!」とセフィリアは脱力する。


「おはようございます、セフィリアお嬢さま」


 ちょうどそのとき、ドアをノックされる。

 聞き慣れた少年の声に、セフィリアの瞳から涙があふれた。


「カイルさぁん……!」

「ん? 今日はもうお目覚めですか? ってか、あれ?」


 いつもはまだセフィリアが寝入っている時間だ。

 だが主人の部屋に無断で入ることははばかられるため、カイルはひとこと断ってから専用の鍵を使い、セフィリアの枕もとまでやさしく起こしにやってくる。

 しかしセフィリアがすでに起きていて、助けを求めるようにカイルを呼ぶのだ。カイルも、ただならぬ雰囲気を察知したことだろう。


「失礼しますね。どうし……って、なんで泣いてるんですか、お嬢さま!」

「ゆめっ、ゆめがぁ〜!」


 だばだばと号泣するセフィリアのもとへ、カイルは飛び上がって駆け寄ってくる。


「夢? 怖い夢でも見たんですか? 俺がいるから大丈夫ですよ、ねっ、お嬢さま!」

「ふっ、ふぇえ〜!」


 転生すること2回、人生3回目のためにおとなびた言動をしてしまうセフィリアだが、このときばかりは年相応に泣きじゃくってしまったかもしれない。


(あんな、は、破廉恥な夢を見るなんて……!)


 肉体は7歳の少女のはずなのに、精神が成熟した弊害なのだろうか。

 さいわいカイルは『怖い夢を見た』と解釈して多くを訊かないでくれたため、セフィリアは安心してカイルの手になでくりまわされていた。


「カイルさんがいてくれて、よかったです……」


 ぐすりと鼻をすすり、泣き腫らした目もとをぬぐうセフィリア。

 するとなにを思ったか。真顔になったカイルが、こんなことを。


「お嬢さま、今日のレッスンはキャンセルしましょう」

「えっと、私はだいじょ……」

「無理はダメです! そんな置いてかれたら寂しくて死んじゃいそうな小動物みたいな顔して!」

「あの、カイルさん……」

「眠れなかったんですよね? ハーブティー淹れますから、リラックスしましょう。それから、今朝は訓練もないですから、俺が添い寝します!」

「えぇっ!? そ、添い寝!?」


 一度言い出したカイルは、止められない。

 あれよあれよとハーブティーを飲まされ、ベッドに横たえられたなら、文字どおりカイルに添い寝される状況の爆誕だ。


「いい夢が見られるように、俺がそばについてますからね」


 カイルはセフィリアを抱きしめるようにして、とんとん、と軽く背を叩く。

 それがありがたいやら、気恥ずかしいやらで、セフィリアはべつの意味で泣きたくなった。


(そうだったわ……)


 この状況になって、ようやくセフィリアは思い出す。 

 カイルの過保護が、ここ数日のうちで急激に悪化してしまったことを。

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