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第54話 思ってたのとちがうんですけど

「いろいろ雑用やってましたけど、俺はもともと、騎士団に入りたくてここにきたんです」


 カイルが口にしたのは、ディックから聞いた話と同じだ。

 セフィリアは無言で続きをうながす。


「俺が貧民街の出身だってことは言いましたよね? 家族は一応弟がいますけど、血はつながってないです。孤児なんで。弟は、お嬢さまと同じくらいの歳かなぁ。親がいない者同士、いっしょに暮らすようになって」


 面倒見のいいカイルのことだ。同じ境遇のこどもを放っておけなかったのだろう。


「それである日、アーレン公爵家なら身分を問わずさまざまな職種の人材を採用してるって聞いて、貧民街を出てここにきたわけです」

「でも、どうして騎士団志望だったんですか?」


 騎士団は訓練も厳しく、任務に危険もともなう。

 出稼ぎであれば、ほかにも安全な職種はあっただろうに。


「セフィリアお嬢さま、貧民街ってどういうとこかわかります? 簡単に言うと、見捨てられた場所です。食べものも着るものも住む場所も恵んでもらえないし、モンスターや魔族がやってきても、助けてもらえない」

「──!」


 セフィリアははっとする。

 それは、ほほを平手で打たれたような心地にも似ている。


(そうだわ……この世界、ルミエ王国は古くから魔族と敵対していて、『花リア』のストーリーでも、魔族との戦争が起きてしまう!)


 こんなにだいじなことを、どうして今になって思い出すのだろう。


「これまで生きてこられたのは、運がよかっただけです。俺は、あいつらに手も足も出なくて、逃げ回るだけのじぶんが、情けなくて嫌になったんです。それに……」

「……それに?」

「夢を……しょっちゅう夢を見るんです。物心ついたときからかな。仲のいいやつとバカを言い合いながら、たいせつなひとに囲まれて、なんだかんだしあわせに暮らす男の夢です。でもね、その夢、いつも突然終わるんですよ」


 カイルはいつしかうつむき、ブルーの瞳は、地面ではないどこか遠くを見つめている。


「しあわせが突然壊されて、だいじなものをなにひとつ守れずに、死んでいく男の夢……変ですよね。見たことない景色なのに、俺、全然他人事じゃないような気がするんです」

「カイルさん、それって……」

「悔しかった。守りたかった……後悔ばかりで、毎回頭がおかしくなりそうです」


 カイルの話を聞くほどに、セフィリアは血の気が引く思いだった。


(私は馬鹿なの? カイルさんが七海ななみさんの転生した存在なら、じゃないの)


 だいじなものをなにひとつ守れずに、死んでいく男の夢。

 それは夢などではなく、カイルの、七海としての前世の記憶なのかもしれない。


(やっぱり七海さんも、リン師兄にいさまの暴走に巻き込まれて……)


 花梨かりんたちと同じように、『前』の世界で七海は死んだ。

 その事実を、あらためて思い知らされる。


「俺は、あんな思いはまっぴらごめんです。関係ないやつらに、好き放題されてたまるか。だから俺は、弟を……家族を守るためにも、強くならなきゃいけなかったんです」

「カイルさん……」


 カイルは、前世の記憶を完全に思い出したわけではないのだろう。

 だが七海として生きた記憶は、今を生きるカイルという少年に、燃えたぎる炎のような信念を芽生えさせた。


「セフィリアお嬢さま、言ってましたよね。雇ってもらえただけでもありがたいって言い聞かせるのは、俺自身も本心では納得してないことがあるからだって」


 いつの間にか、カイルはセフィリアに視線を向けていた。

 ブルーの瞳の奥に、たしかな意志をやどして。


「そのとおりです。俺は、強くなりたかったんです。あんなところでぐずぐずしてるわけにはいかなかった。けど、セフィリアお嬢さまが俺を見つけてくれて、騎士団ここにくるきっかけをくれた」


 噛みしめるようにつぶやいたカイルが、そこで、自嘲気味に笑った。


「それで、いつまでもヘラヘラしてちゃいけないなって思ったんです。まぁ……慣れないことするもんだから、逆にお嬢さまを心配させちゃったみたいですけど」

「あ……」


 さすがのセフィリアも、カイルがなにを言わんとしているのか理解する。


(カイルさんは、強くなろうと、ただただ必死にがんばっていただけだったんだわ)


 陽気な言動は、ほんのわずかな一面にすぎない。

 カイルは本来、真面目で、責任感の強い少年なのだ。


「セフィリアお嬢さま」


 カイルがもう一度、呼びかけてくる。


「はい──」


 意識をカイルへもどしたセフィリアは、どきりとした。

 歩み寄ってきたカイルが、ベンチに腰かけたセフィリアの目の前で、片ひざをついたからだ。

 同じ目線に、透きとおったブルーの瞳がある。


「お嬢さまはすごいです。俺のことなんかお見通しで、俺がやりたかったことを叶えてくれる」

「そんな、たいしたことは……」

「たいしたことなんですよ。やりたくてもできなかったもどかしさを、一瞬で吹き飛ばしてくれたんだから。騎士になりたいかって聞かれて、俺が内心舞い上がってたこと、知らないでしょ?」


 ふいに伸びてきたカイルの右手が、セフィリアの手を取る。

 予想以上に大きくて、すこし硬い感触。剣をにぎる者の手だ。


「宙ぶらりんだった俺の心を、あなたが救ってくれた。だから俺は、これから先の人生、セフィリアお嬢さまのために尽くすと誓います」


 カイルは真摯なまなざしで告げ──セフィリアの手の甲に、そっと口づけを落とした。

 おとぎ話の王子さまが、お姫さまにするように。


「……うん……あれ……?」


 なにが起こったのか、セフィリアはすぐに理解できず。


「じぶんでやっといてアレですけど、照れますね……」


 へへ、と照れくさそうにほほをゆるめたカイルを目にして、遅れてセフィリアは顔に熱があつまるのを感じた。


「なっ、なっ……カイルさん、なにをっ……!」

「なにって、忠誠のキスですよ。セフィリアお嬢さまが、俺を騎士に選んだんですもんね?」

「えっ……」

「俺も言いましたよね。『セフィリアお嬢さまが言うなら、やります』って」

「あっ……」


 ここでセフィリアは、とあることに気づく。

 もしかしたら、とんでもないかん違いをしていたかもしれないという事実だ。


 ──それ、本気で言ってますか。

 ──お嬢さまがそう言うなら、やります。


 騎士団の訓練を提案したとき、やけに思い詰めたカイルの様子が気になっていたけれど、ちがった。


「お嬢さまが本気で俺に期待してくれてるんだから、燃えてくるってもんですよね。見ててくださいね、お嬢さま。俺もお嬢さまのとなりにいて恥ずかしくないような、立派な男になりますんで!」


 カイルは思い詰めていたのではない。

 みなぎらせていたのだ。セフィリアに対する、いろんな感情を。


「あ、お嬢さまのお世話もいままでどおりやりますからね」

「えっ! 訓練もありますし、カイルさんの負担では……」

「いーえ! 俺が好きでやってることです。ほかのひとにやらせないでくださいよ」

「きゃ……!」


 すねたように唇をとがらせたカイルが、一変。

 にっと白い歯をのぞかせたかと思うと、セフィリアをひょいと抱き上げた。


「お嬢さま、なんか甘い香りがしますね。もしかして、料理長からお菓子もらいました?」

「あ、はい、クッキーを……カイルさんといただこうかと思いまして」

「そういうことなら、よろこんで! 紅茶淹れますね」

「ありがとうございます。それであの、下ろしてもらえると助かるのですが」

「えぇ? どうしよっかなぁ」

「リーヴス卿といい、私、おさんぽもできないような貧弱なこどもだと思われてます……?」

「っはは! そんなこと思ってませんよ。セフィリアお嬢さまのことをよく知ってるのは、俺ですし。俺が、見せびらかしたいだけです」

「見せびらかすって……」

「はいお嬢さま、お部屋にもどりましょうね。団長、急用ができたので今日は失礼します〜」

「えぇっ、カイルさん!」


 セフィリアとお茶をすることが急用とは。

 カイルはこれみよがしにセフィリアを腕にかかえ、にこやかに訓練場の出口まで向かう。


「小僧め、さっさと行け」


 ジェイドはいっそ清々しいといった面持ちでカイルの背を軽く叩き、「お嬢さま、ごきげんよう!」とセフィリアを送り出した。


(……まってまってまって。え、なにこの状況)


 脳内から疑問符があふれて止まらないセフィリアは、混乱のまっただ中。


「紅茶も淹れられて護衛もできる騎士、上等じゃないですか。お嬢さまがやりたいこと、俺がぜーんぶ叶えてさしあげます!」


 カイルといえばやけに上機嫌で、鼻歌を歌いながら足取りも軽く屋敷へ向かっている。

 そんな中でも、セフィリアをがしりと抱いて離さない。


(ちょっと、まって……?)


『花リア』のストーリーにおいて、ここまでセフィリアに傾倒した『カイル』という少年は、メインキャラクターの中にはいなかったはずだ。

 そのことをふまえ、セフィリアは現状の異様さを、急激に理解する。


(思ってたのとちがうんですけど!?)


 セフィリアを抱いたカイルの胸もとには、橙色に変化したハートがトクントクンと脈打っている。


(私はただ、ボディーガードがほしかっただけなのに……!)


 ──ひょっとしたら、新たな物語ルートを開拓してしまったかもしれない。

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