空が青く澄んだ昼下がりのこと。
「はぁ……」
晴れわたった空もようとは対照的に、セフィリアは自室でため息をついていた。
「浮かない顔をしているな、あるじ」
「わたあめちゃん……」
ここのところ、セフィリアの元気がない。
こんな調子が3日も続けば、使い魔のわたあめも心配してすがたを現す。
出窓の手前、観葉植物が置かれたスペースで頬杖をついていたセフィリアは、じぶんを見上げるわたあめの白い毛並みをひとなでし、ぽつりぽつりと語りはじめる。
「カイルさんに、余計なことを言ってしまったかもしれません」
「世話係の少年のことか? なぜそう思う」
「だって、カイルさんの前世は
「そちの見立ては間違っておらぬ。現にあの少年は、猛者ぞろいのなかでよく鍛錬を積んでいるであろう」
「それは、そうなんですけど……」
どうも煮えきらない返しになってしまうのは、セフィリアの脳裏に、カイルのある発言が焼きついているためだ。
『それ、本気で言ってます?』
セフィリアのたのみごとは、なんでもふたつ返事で受けてくれたカイルだ。
あのときも快くうなずいてくれると、そう思っていたのに……カイルの反応は、正反対のものだった。
『そうですか。……セフィリアお嬢さまがそう言うなら、やります』
思わぬ反応に困惑するセフィリアをよそに、カイルはそうとだけ言って、かたい表情のまま部屋を出て行った。
それから、カイルの真意がわからないまま3日が経過してしまった。いい加減セフィリアも、気が気でなくなってきたというわけだ。
「もしかして、やりたくなかったとか……なのに私に言われたら、やるしかないですもんね。私、無理強いさせちゃいました!?」
「それはないだろう。あの少年は肝が据わっておる。主人が相手だろうが嫌ならば嫌だと、おのれの意見をはっきり言うはずだ。それに、好感度とやらは変わりないのであろう?」
「そうなんです……」
わたあめの言うとおり。
カイルの訓練は、午後からだ。
つまり朝はいままでどおりセフィリアを起こしにやってきて、朝食の世話や雑談相手、昼食の配膳までを完璧にこなし、夕食までにはもどってくる。
この3日間、カイルが在室のときに胸もとに浮かぶハート型の『好感度ゲージ』をこっそり確認したが、お世話係に任命した際に緑から黄へ変化した色のままだった。
(嫌がってはない? ならどうして、カイルさんはあんな反応をしたのかしら……うぅ、わからない!)
カイルのあんな顔は見たことがなかった。
あのとき……もしかしたら、セフィリアは畏縮してしまったのかもしれない。
研ぎ澄まされた刃のような、カイルのまなざしに。
「考えても、わからぬものはわからぬ。ならばわかる者に聞けばよいのだ」
「聞くってだれに……」
「お嬢さま、失礼いたします。ディックです。アフタヌーンティーをお持ちしました」
「──!」
ノック音とともに、セフィリアを呼ぶ男性の声がある。
わたあめは、ひとの魂のかたちや存在を、敏感に感じ取る能力を持つ。
つまり、だれがここへやってくるのか、いち早く察していたというわけで。
「どれ、すこしは悩めるかわいい子の役に立てたかな」
にっと、わたあめがいたずらっぽく笑う。
「礼は、くっきーでいいぞ。じゃむとやらが挟まってるのがいい」
* * *
「──最近のカイルの様子について教えてほしい、ですか?」
ディックを部屋にまねき入れたセフィリアは、単刀直入に切り出した。
紅茶とクッキーを用意したディックは、すこし考えるようなそぶりの後、口をひらいた。
「前にも増して、熱心に仕事してると思いますよ」
「熱心……」
「あれ、セフィリアお嬢さまの目にはそう見えませんかね?」
「えぇ……いつもどおりと言いますか。その、騎士団の訓練を提案したときに、カイルさんの様子がちょっとおかしいような感じがして……でも、それからは何事もなかったような顔をされるので、気になってしまって」
「騎士団の訓練……あぁ、なるほどね」
セフィリアの話を受け、ディックがなにやらうなずく。思い当たることがあったようだ。
「なにか知ってるんですか、ディックさん!」
「先に言っておきますと、心配しなくて大丈夫ですよ、お嬢さま」
「えーと、それはどうして……?」
「あいつはもともと、騎士見習い志望でここにやってきたんです」
「えっ……!」
「だけどどういうわけか、その希望は突っぱねられて、庭師見習いなんて名ばかりの雑用をやらされていたわけです」
「そんな……初耳です」
「でしょうね。あいつはじぶんの境遇とか弱味を、見せたがらないですから。面倒見がよくて、器用なやつですけど、ひとに甘えることに関しては、不器用なやつです」
ディックの話を聞くほどに、セフィリアの胸に熱いものがこみ上げてくる。
「ごめんなさい……ディックさん。せっかくお菓子を持ってきていただいたのに」
ふるえる声を絞り出したセフィリアへ、ディックは静かにかぶりをふってみせる。
「いいえ。クッキーなら包めばいいだけですし」
そうして紙ナプキンを取り出したディックは、クッキーを数枚包むと、セフィリアへ差し出した。
「セフィリアお嬢さまからのご褒美、直々にわたしてあげてください。死ぬほど喜ぶと思いますよ」
屈託のないディックの笑みに、背中を押される。
「ありがとうございます……ディックさん!」
セフィリアはクッキーを受け取るなり、部屋を飛び出すのだった。