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第52話 役に立てたかな

 空が青く澄んだ昼下がりのこと。


「はぁ……」


 晴れわたった空もようとは対照的に、セフィリアは自室でため息をついていた。


「浮かない顔をしているな、あるじ」

「わたあめちゃん……」


 ここのところ、セフィリアの元気がない。

 こんな調子が3日も続けば、使い魔のわたあめも心配してすがたを現す。

 出窓の手前、観葉植物が置かれたスペースで頬杖をついていたセフィリアは、じぶんを見上げるわたあめの白い毛並みをひとなでし、ぽつりぽつりと語りはじめる。


「カイルさんに、余計なことを言ってしまったかもしれません」

「世話係の少年のことか? なぜそう思う」

「だって、カイルさんの前世は七海ななみさんだから……すばらしいボディーガードになると思って、騎士団の訓練をすすめてしまったんです」

「そちの見立ては間違っておらぬ。現にあの少年は、猛者ぞろいのなかでよく鍛錬を積んでいるであろう」

「それは、そうなんですけど……」


 どうも煮えきらない返しになってしまうのは、セフィリアの脳裏に、カイルのある発言が焼きついているためだ。


『それ、本気で言ってます?』


 セフィリアのたのみごとは、なんでもふたつ返事で受けてくれたカイルだ。

 あのときも快くうなずいてくれると、そう思っていたのに……カイルの反応は、正反対のものだった。


『そうですか。……セフィリアお嬢さまがそう言うなら、やります』


 思わぬ反応に困惑するセフィリアをよそに、カイルはそうとだけ言って、かたい表情のまま部屋を出て行った。

 それから、カイルの真意がわからないまま3日が経過してしまった。いい加減セフィリアも、気が気でなくなってきたというわけだ。


「もしかして、やりたくなかったとか……なのに私に言われたら、やるしかないですもんね。私、無理強いさせちゃいました!?」

「それはないだろう。あの少年は肝が据わっておる。主人が相手だろうが嫌ならば嫌だと、おのれの意見をはっきり言うはずだ。それに、好感度とやらは変わりないのであろう?」

「そうなんです……」


 わたあめの言うとおり。

 カイルの訓練は、午後からだ。

 つまり朝はいままでどおりセフィリアを起こしにやってきて、朝食の世話や雑談相手、昼食の配膳までを完璧にこなし、夕食までにはもどってくる。

 この3日間、カイルが在室のときに胸もとに浮かぶハート型の『好感度ゲージ』をこっそり確認したが、お世話係に任命した際に緑から黄へ変化した色のままだった。


(嫌がってはない? ならどうして、カイルさんはあんな反応をしたのかしら……うぅ、わからない!)


 カイルのあんな顔は見たことがなかった。

 あのとき……もしかしたら、セフィリアは畏縮してしまったのかもしれない。

 研ぎ澄まされた刃のような、カイルのまなざしに。


「考えても、わからぬものはわからぬ。ならばわかる者に聞けばよいのだ」

「聞くってだれに……」

「お嬢さま、失礼いたします。ディックです。アフタヌーンティーをお持ちしました」

「──!」


 ノック音とともに、セフィリアを呼ぶ男性の声がある。

 わたあめは、ひとの魂のかたちや存在を、敏感に感じ取る能力を持つ。

 つまり、だれがここへやってくるのか、いち早く察していたというわけで。


「どれ、すこしは悩めるかわいい子の役に立てたかな」


 にっと、わたあめがいたずらっぽく笑う。


「礼は、くっきーでいいぞ。じゃむとやらが挟まってるのがいい」



  *  *  *



「──最近のカイルの様子について教えてほしい、ですか?」


 ディックを部屋にまねき入れたセフィリアは、単刀直入に切り出した。

 紅茶とクッキーを用意したディックは、すこし考えるようなそぶりの後、口をひらいた。


「前にも増して、熱心に仕事してると思いますよ」

「熱心……」

「あれ、セフィリアお嬢さまの目にはそう見えませんかね?」

「えぇ……いつもどおりと言いますか。その、騎士団の訓練を提案したときに、カイルさんの様子がちょっとおかしいような感じがして……でも、それからは何事もなかったような顔をされるので、気になってしまって」

「騎士団の訓練……あぁ、なるほどね」


 セフィリアの話を受け、ディックがなにやらうなずく。思い当たることがあったようだ。


「なにか知ってるんですか、ディックさん!」

「先に言っておきますと、心配しなくて大丈夫ですよ、お嬢さま」

「えーと、それはどうして……?」

「あいつはもともと、騎士見習い志望でここにやってきたんです」

「えっ……!」

「だけどどういうわけか、その希望は突っぱねられて、庭師見習いなんて名ばかりの雑用をやらされていたわけです」

「そんな……初耳です」

「でしょうね。あいつはじぶんの境遇とか弱味を、見せたがらないですから。面倒見がよくて、器用なやつですけど、ひとに甘えることに関しては、不器用なやつです」


 ディックの話を聞くほどに、セフィリアの胸に熱いものがこみ上げてくる。


「ごめんなさい……ディックさん。せっかくお菓子を持ってきていただいたのに」


 ふるえる声を絞り出したセフィリアへ、ディックは静かにかぶりをふってみせる。


「いいえ。クッキーなら包めばいいだけですし」


 そうして紙ナプキンを取り出したディックは、クッキーを数枚包むと、セフィリアへ差し出した。


「セフィリアお嬢さまからのご褒美、直々にわたしてあげてください。死ぬほど喜ぶと思いますよ」


 屈託のないディックの笑みに、背中を押される。


「ありがとうございます……ディックさん!」


 セフィリアはクッキーを受け取るなり、部屋を飛び出すのだった。

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