「カイル? 大きな声を出してどうした。だれかいるのか?」
ふいに聞こえてきた男性の声。
先ほどカイルと会話をしていた先輩だろうか。庭園の奥のほうから、人がやってくる気配がする。
(待って、いまほかのだれかに見つかるのはよろしくないわ。ヘラにでも知らされたら、連れ戻されちゃう! 彼とふたりきりで話がしたいのに!)
ここはなんとしてもやり過ごさなければならない。
そういうわけでセフィリアは、焦る気持ちをおさえながら口もとに人さし指を当て、カイルに向かって「しーっ……!」と主張してみせた。
すると、髪と同じブルーの瞳をぱちぱちとさせたカイルが、口をひらく。
「あっ、とてつもなく大きな独り言です! 今朝は天気がいいから楽しくなっちゃって!」
そんなことを言いながら、カイルがセフィリアから視線をはずさないまま、手まねきをしてくる。
「そうか? 相変わらずにぎやかなやつだな。ちゃんと仕事するならべつにいいが」
「おさわがせしてすみませーん!」
どうやらカイルは何事もなかったかのように先輩へ返しながら、セフィリアをひとけのないほうへ案内しようとしているらしい。
そのことに、セフィリアは気づいた。
(かばってくれた……! この機転のよさ、やっぱり
見るほどに確信できるようで、セフィリアは胸がおどった。
『前』の世界──現代で
度かさなる輪廻転生のなかにもたしかな縁を感じながら、セフィリアは軽い足取りでカイルの背を追った。
「セフィリアお嬢さま、ですよね? なにもおかまいできず、申し訳ございません」
庭園の奥、薔薇の垣根が迷路のように入り組んだ場所で、カイルがあらたまったように頭を下げる。
「はい、セフィリア・アーレンです。こちらこそ、お仕事中に突然ごめんなさい。どうぞ楽になさってください。あ、私のこれは癖ですので、お気になさらず」
敬意をいだく相手には、不思議と敬語になるものだ。それはセフィリアが愛花であったころから変わらない。
「そうですか? じゃ、お言葉に甘えて。礼儀作法とかサッパリなんで、そう言ってもらえると助かります」
セフィリアがにこやかにあいさつを返すと、カイルもリラックスしたらしい。首のうしろをなでながら、おどけたように笑っていた。
(この人懐っこい笑顔、七海さんを思い出すわ……)
カイルが七海の生まれ変わりだとほぼ確定であるからして、セフィリアはじんと目頭を熱くさせた感動を噛みしめる。
そうして、ほっと安心したせいなのか──
「それでセフィリアお嬢さまは、俺になにかご用ですか?」
「はい、ちょっとお話がありまして──」
くぅ〜、きゅるる。
セフィリアの言葉を、ふいの物音がさえぎる。
へんてこなソレは、セフィリアの腹から聞こえたものだ。
(いや……たしかに朝食はとってませんけど、なんでいま〜っ!)
遅れて羞恥に見舞われたセフィリアは、内心発狂していた。恥ずかしさのあまり、うつむいた視線を上げられない。
「っふ……くくっ、あはははっ!」
そしてカイルもこらえきれなかったようで、爆笑である。
「ふはっ、お嬢さま面白すぎですって」
「心ゆくまで、笑い飛ばしてください……」
「いやいや、面白いって悪い意味じゃなくてね?」
セフィリアが人知れず灰になりかけていると、カイルがおもむろにふところへ手を入れ。
「俺の秘密のおやつですけど、よかったらどうぞ」
「えっ……」
セフィリアはエメラルドの瞳を見ひらいて、目を疑った。
カイルが差し出していたもの、それは──ハンカチにつつまれた、クッキーだったから。