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第48話 面白すぎですって

「カイル? 大きな声を出してどうした。だれかいるのか?」


 ふいに聞こえてきた男性の声。

 先ほどカイルと会話をしていた先輩だろうか。庭園の奥のほうから、人がやってくる気配がする。


(待って、いまほかのだれかに見つかるのはよろしくないわ。ヘラにでも知らされたら、連れ戻されちゃう! 彼とふたりきりで話がしたいのに!)


 ここはなんとしてもやり過ごさなければならない。

 そういうわけでセフィリアは、焦る気持ちをおさえながら口もとに人さし指を当て、カイルに向かって「しーっ……!」と主張してみせた。

 すると、髪と同じブルーの瞳をぱちぱちとさせたカイルが、口をひらく。


「あっ、とてつもなく大きな独り言です! 今朝は天気がいいから楽しくなっちゃって!」


 そんなことを言いながら、カイルがセフィリアから視線をはずさないまま、手まねきをしてくる。


「そうか? 相変わらずにぎやかなやつだな。ちゃんと仕事するならべつにいいが」

「おさわがせしてすみませーん!」


 どうやらカイルは何事もなかったかのように先輩へ返しながら、セフィリアをひとけのないほうへ案内しようとしているらしい。

 そのことに、セフィリアは気づいた。


(かばってくれた……! この機転のよさ、やっぱり七海ななみさんだわ!)


 見るほどに確信できるようで、セフィリアは胸がおどった。

『前』の世界──現代で星夜せいや、そして花梨かりんの大きな助けとなっていた七海の生まれ変わりだと思われる少年、カイル。

 度かさなる輪廻転生のなかにもたしかな縁を感じながら、セフィリアは軽い足取りでカイルの背を追った。


「セフィリアお嬢さま、ですよね? なにもおかまいできず、申し訳ございません」


 庭園の奥、薔薇の垣根が迷路のように入り組んだ場所で、カイルがあらたまったように頭を下げる。


「はい、セフィリア・アーレンです。こちらこそ、お仕事中に突然ごめんなさい。どうぞ楽になさってください。あ、私のこれは癖ですので、お気になさらず」


 敬意をいだく相手には、不思議と敬語になるものだ。それはセフィリアが愛花であったころから変わらない。


「そうですか? じゃ、お言葉に甘えて。礼儀作法とかサッパリなんで、そう言ってもらえると助かります」


 セフィリアがにこやかにあいさつを返すと、カイルもリラックスしたらしい。首のうしろをなでながら、おどけたように笑っていた。


(この人懐っこい笑顔、七海さんを思い出すわ……)


 カイルが七海の生まれ変わりだとほぼ確定であるからして、セフィリアはじんと目頭を熱くさせた感動を噛みしめる。

 そうして、ほっと安心したせいなのか──


「それでセフィリアお嬢さまは、俺になにかご用ですか?」

「はい、ちょっとお話がありまして──」


 くぅ〜、きゅるる。


 セフィリアの言葉を、ふいの物音がさえぎる。

 へんてこなソレは、セフィリアの腹から聞こえたものだ。


(いや……たしかに朝食はとってませんけど、なんでいま〜っ!)


 遅れて羞恥に見舞われたセフィリアは、内心発狂していた。恥ずかしさのあまり、うつむいた視線を上げられない。


「っふ……くくっ、あはははっ!」


 そしてカイルもこらえきれなかったようで、爆笑である。


「ふはっ、お嬢さま面白すぎですって」

「心ゆくまで、笑い飛ばしてください……」

「いやいや、面白いって悪い意味じゃなくてね?」


 セフィリアが人知れず灰になりかけていると、カイルがおもむろにふところへ手を入れ。


「俺の秘密のおやつですけど、よかったらどうぞ」

「えっ……」


 セフィリアはエメラルドの瞳を見ひらいて、目を疑った。

 カイルが差し出していたもの、それは──ハンカチにつつまれた、クッキーだったから。


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