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第47話 決まりだわ

 突然駆け出したわたあめを追ってしばらく。

 今世で使い魔となった白い毛玉は、目的地で得意げにセフィリアを待ちかまえていた。


「ここ、庭園ですよね……なにかあるんですか?」


 見わたすかぎりの緑、緑、緑。

 さすがは公爵家ということもあって、庭園ひとつとっても膨大な敷地面積だ。

 セフィリアも自室の窓から見下ろしたことがある。

 いくつかのエリアに分かれていて、温室なども完備されていたはずだ。

 とはいえ、まさかのんきに散策に来たわけではあるまい。

 わたあめの思惑がわからず、セフィリアは首をかしげた。


「なに、人さがしだ」

「人さがし、といいますと」

「そちも申していたであろう。『味方がほしい』と」

「えぇ、この年のこどもがひとりで動くのは、限界がありますし……待ってください。ってことは、つまり」

「そう、そちの助けとなるであろう者。その者をさがしに来たのだ」


 わたあめの口調は、すでに目星をつけている堂々としたものだ。

 ついてこいと言わんばかりに、背を向けてとてとてと歩き始めるわたあめ。

 セフィリアはごくりと息をのんで、その後に続く。


「『前』の世界でのことを思い出すといい。そもそも、輪廻転生したそちらふたりをなぜワタシが見つけることができたのか、不思議には思わなんだか?」

「そういえば……! 私も星夜せいやさんも前世とはまったく外見も違ってたのに、どうしてわかったのですか?」

「たしかに見目は異なっておった。だがな、たとえ生まれ変わろうと、魂は同じなのだ」

「魂……」

「そう。清廉な魂を持つ者、邪悪な魂を持つ者。それこそ十人十色だ。あるじ、そちは他者の心のうつろいが色彩によって見えると申していたな。それと同じように、ワタシには他者の魂のカタチが見えるのだ」

「なんですって……!」


 にわかには信じがたいが、わたあめは転生した『セフィリア』が『花梨かりん』だと迷いなく言い当てていた。そのことを思えば、事実なのだと思い知らされる。

 驚くセフィリアへ、わたあめは続ける。


「魂とは、まさにその者の心をあらわす鏡。『星藍シンラン』の魂は一等星のごとく強い輝きを放ち、『愛花アイファ』の魂は桃の花のごとく清廉な生命を感じさせるものであった。そして魂は、共鳴するものでもある」

「共鳴……ですか」

「うむ。先人の言葉に後進が感銘を受けるように、強い意志を背負った者の魂は、周囲の者に影響をおよぼす。そちらふたりのようにな。じつに不思議なもので、共鳴した魂は、共鳴元の魂とその性質が似通ってくる。『前』の世界でそちらと親しい関係にあった者ほど、魂は共鳴しやすい」

「つまり、私たちの魂と共鳴した──私たちの魂とよく似た性質を持つ魂の持ち主が、近くにいるということですか?」

「そのとおりだ。──そら、着いたぞ」


 先導していたわたあめが、歩みを止めてセフィリアをふり返る。

 やってきたのは、水路が張り巡らされたエリア。

 歩道にそってツル薔薇のアーチが架かっており、それを通り抜けた先には、噴水広場がある。

 それこそ乙女ゲームのヒロインと攻略キャラのデートイベントでも発生しそうな、ロマンチックな場所だ。


「でも、朝食も食べずに抜け出してきたからか、まだ朝早いですよ。庭師さんくらいしか見当たりませんし……」

「なにをいう。その庭師だ」

「えっ?」

「あちらの噴水の近くにいるであろう。あの者をよく見てみよ」

「は、はい……!」


 セフィリアはツル薔薇のアーチの影に隠れ、わたあめに言われたとおりに目をこらしてみる。そしてエメラルドの瞳に、とある少年のすがたをとらえた。


「朝の洗濯とゴミ出しはやったよな。今日はこっちの噴水エリア担当だから、ひととおり掃き掃除をして……」


 その少年はぶつぶつと独り言をこぼしながら、箒を手にくるくると動き回っている。


「えぇと……とても、手際よく作業される方ですね?」


 くだんの人物を目にしたセフィリアの率直な感想は、それだ。

 少年は見たところ14〜15歳くらい。すらりというかひょろりとした体格で、オーバーオールにハンチング帽といういでたちだ。

 ブルーの短髪が自然に見えるのは、ここがファンタジー世界だからなのか。

 なんにせよ、ひと目見た程度では、セフィリアには彼が何者なのかうかがい知ることはできなかった。


「わたあめちゃん、共鳴した魂は性質が似てくると言っていましたが、彼の魂はどういうふうに見えるんですか?」

「ひと言であらわすなら、『光』だ。星のきらめきに似たもの──星藍と関わりが深かった者だな」

「星夜さんと親しかったひと……」


 わたあめの言葉を受け、セフィリアはあらためて青髪の少年へ視線をもどした。


「カイルー! カイル! こっちの水やりもたのむ!」

「はい、かしこまりました!」


 少年はどうやら、カイルという名らしい。

 先輩らしき庭師に仕事をふられ、はつらつと返事をしていた。


(うん……これだけの情報だと、だれかはわからないわね。私の知らない星夜さんの部下だとか、ご友人の可能性もあるし)


 悶々とした気持ちでセフィリアがなりゆきを見守っていた、そのときだ。


「先輩は人遣いが荒いんだからな、もー……まぁ俺が万能すぎるせいでもあるかな。デキる男はつらいわ〜」

(…………あら?)


 先輩を見送ってから一変、やれやれと肩をすくめたカイルなのだが、セフィリアはその口調にどこか聞き覚えがあるように感じた。


「てゆーか先輩、今朝は気味悪いくらいにご機嫌だし。さては最近気になってたっていう酒場のマドンナと進展があったか? フラれたら面白かったのにな〜」

(おしゃべりなひとね…………って、ちょっと待ってよ)


 そこはかとない既視感が、セフィリアを襲う。


(おしゃべりで、でも仕事はできる、星夜さんと親しかったひとといえば……)


 いるではないか。その要素が、ピンポイントで合致する人物が。


「もしかして──七海ななみさんっ!?」

「んん……? のわぁっと!? なんか女の子が出てきたぁ〜っ!?」


 夢中で物陰から飛び出してしまったセフィリアは、数拍を置いて、ふと我に返る。


「……あっ」


 にこり、と慌てて笑みを浮かべてみたものの、たらたらと冷や汗がこめかみに流れるのを止められない。


「えっ? こんなとこに女の子?」

「あの、私はその」

「ここ公爵家でしょ? 優雅なアフタヌーンティータイムには早くない? お客さまじゃないってことは、つまり……セフィリアお嬢さまぁ!?」

「あ、はい、おっしゃるとおりです」


 錯乱しているわりには、的確な推理をする。

 そう、『彼』もまた、ふざけた言動とは裏腹に冷静な判断をするひとだった。


(なんかもう……いろいろと、決まりだわ)


 セフィリアは確信した。

 カイル──目の前でさわいでいるこの少年こそ、星夜の右腕的存在であった七海なのだと。

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