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第45話 話が飛躍しすぎです

 小花の彫刻がほどこされた、パステルピンクの三面鏡。

 そこに、幼い少女が映り込んでいる。

 淡いストロベリーブロンドに、ぱっちりとした大粒のエメラルドのような瞳を持つ、可憐な少女だ。


「うん……やっぱり、『花リア』のセフィリアだわ」


 幾度となくのぞき込んだ鏡のなかのじぶんを見て、花梨はため息をついた。


『花騎士セフィリア』──略して『花リア』。

 主に女性ファンに絶大な人気を誇っていた深夜アニメだ。

 どういうわけか、そのヒロイン・セフィリアに転生してしまったらしい。

 物語開始時よりも幼い外見で、やつれた表情をしているが。


「……状況の整理をしましょう」


 花梨はドレッサーの鏡から視線をはずすと、幼い少女のおぼつかない手足を動かし、ソファーへと腰をおろした。

 目の前のローテーブルにはインクとペン、羊皮紙が用意されている。

 ペンを取り、思い出す限りのことを羊皮紙へ書きつらねていく。


「まず『愛木花梨ひめきかりん』は、婚約パーティーで前世の記憶を思い出した。愛花アイファだったころの記憶よ。でも、パーティーに乱入してきたリン師兄にいさまが暴走しちゃって……」


 燐は内功、つまり仙人の力を暴走させていた。

 パーティー会場にはたくさんのゲストがおり、あのままでは危険な状態にちがいなかった。

 だから花梨は、記憶を思い出したと同時に取り戻した内功をすべて解放し、燐の力を相殺した──

 だが、現代で人間として生きてきた花梨のからだは、突然の力の解放による負荷に耐えきれなかったのだろう。その結果、またも命を落としてしまったのだと考えられるが。


「それで、また転生コレですか。話が飛躍しすぎじゃない?」


 もう何度目かもわからないため息が、おさえられない。

 とはいえ、『愛木花梨』がその物語を終え、新たに『セフィリア・アーレン』として生を受けたこともまた事実。

 ならば花梨、いやセフィリアは、ありのままに状況を受け入れることにした。


「『花リア』のストーリーは、私もアニメを観ていたからわかるわ」


 このアニメの魅力をたびたび熱弁していたオタクのクラスメイトの影響で観始めたので、そこは彼女様々といえる。


 セフィリア・アーレン──


 もともとセフィリアは、わがままな性格をしていた。

 名門アーレン公爵家のひとり娘として生まれ、甘やかされて育てられたことが原因だ。

 使用人をこき遣うことは当たり前。ペンより重いものは持ったことがない。食事もイケメン従者に『あーん』をさせていたらしい。

 だがその高慢なふるまいがわざわいし、のちにこの世界の舞台であるルミエ王国を破滅の危機におとしいれてしまう。


「で、その罪を問われて断罪される、と……典型的な悪役令嬢モノね」


『花リア』の物語は、ここからはじまる。

 断罪される運命にあるセフィリアに、ひょんなことから現代で生きていたヒロインが転生してしまうのだ。

 そしてこのヒロイン、セフィリアの未来を知っていた。ヒロインがプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢が、セフィリアだったのだ。


「悪役令嬢として断罪されるなら、令嬢として目立たなければいいんじゃない!」


 という独自の理論を展開したヒロインは、諸々あって、男装して騎士団に入団することに。

 そうしていつ女性だとバレるかわからないハラハラドキドキ感のなか、断罪ルートを回避すべく奮闘していたら、断罪してくる側のイケメン攻略キャラたちに好かれてしまった。それが『花リア』のストーリーだ。


「悪役令嬢セフィリアに転生する『花リア』のヒロインに、私が転生したってこと? ややこしいわね。でもまぁ……悪いことばかりでもないか」


 悪役令嬢セフィリアに『花リア』のヒロインが転生し、物語が始まるのは、セフィリアが14歳のとき。

 だがいまのセフィリアは、どう見てもそれより幼い。新聞を確認してみたところ、原作軸より7年も前。つまり7歳のセフィリアに転生したのだ。


「アニメでは断罪イベントまで2年しか猶予がなくて、タイムリミットに迫られるハラハラ感も見どころのひとつだったけど……これは幸運よ」


 なぜなら、すでに悪役令嬢としてのうわさが立っていた原作とはちがい、汚名返上のために奔走する必要がない。


「そもそも悪役令嬢にならないように、清く正しく生きていけばいいのよ。……って言うだけなら、簡単なんだけどね」


 けほこほ、と咳き込むセフィリア。

 あの衝撃的な目覚めから2日がたつが、いまだに熱が完全に引かない。気だるさがまとわりつき、立って歩くときもたまにふらついてしまう。


(2日前に起きた事件……)


 セフィリアが前世の記憶を取り戻すきっかけであり、高熱で死に目を見る原因となった出来事、それは──


「セフィリアお嬢さま、朝食をお持ちいたしました」


 セフィリアの思案を、ふいにさえぎるものがある。

 メイド長のヘラが、朝食の載ったワゴンを押してやってくるところだった。

 セフィリアはため息をつき、ペンを置いてヘラをふり返った。


「入っていいとは言ってないけど」

「お声がけしても、お返事がありませんでしたので」


 ヘラは悪びれもせず言ってのけ、険しい目でローテーブル上を見た。


「本日はお勉強なさるほど、体調もよろしいようですね?」


 ヘラの言葉は遠慮がなく、それでいて皮肉っぽい。


(このひと、じぶんの思いどおりにいかないと不満そうなのよね)


 体調が優れず「食欲がない」と言えば顔をしかめ、部屋にこもったセフィリアが『お勉強』をしていると、皮肉をぶつけてくる。いったいなにが不満なのだろうか。

 ヘラの真意はわからないが、セフィリアにもわかることがある。


(こどもだから、舐めてるんだわ)


 貴族の使用人というものは、主人の許しがあるまで部屋には入らないよう徹底されるはずだ。

 ヘラは声をかけたと言い張っているが、ろくなノック音も聞こえた気がしない。


 ほかにも、ヘラがこちらを軽視している証拠がある。

 セフィリアはそっと、ヘラの胸もとを見た。


(青色、ね)


 ヘラの胸もとには、青いハート型の『好感度ゲージ』が浮かんでいる。どうやら、この特殊能力は今世でも引き継がれていたらしい。

 青色は好感度が下がった状態。つまり表面上はそこそこセフィリアに取りつくろっているヘラも、内心はそうではないということだ。


(あんまり、いい気分はしないわね)


 セフィリアはなんでもないようにテーブル上の羊皮紙を集め、とんとんと角をととのえる。


「それより、『あれ』はどうなったの?」


 それとなく話題をふれば、すぐに思い当たったのだろう。ヘラが「あぁ!」と声高に答える。


「お嬢さまの紅茶に毒を盛った疑惑のメイドは、わたくしの証言ですでに逮捕されました。もうご安心くださいな!」


 先ほどとは見違えて上機嫌なヘラ。

 その感情の波を見ていると、セフィリアは憂鬱になる。


(まるで、公爵家に貢献したじぶんに酔ってるみたい)


 セフィリアが前世の記憶を取り戻すきっかけの事件ともいえるが、ヘラがこの調子だ。

 釈然とはしないが、あえて掘り返す気力と体力も、いまのセフィリアにはなかった。


「食事はじぶんでとります。用があれば呼ぶので、下がってください」

「え? ですが、お嬢さま」

「ヘラ」


 なおも言い募ろうとするヘラを見上げたセフィリアは、エメラルドの瞳に彼女を捉えて離さない。


「下がって。そして、次からは許可なく入ってこないように」


 7歳の少女の物言いではない。これまでも、このような言い方をされたことがないのだろう。

 あっけにとられたヘラは、たっぷりの沈黙ののち、「……失礼いたします」とうつむき加減に退室した。

 ひとりになったとたん、セフィリアも脱力してソファーにもたれる。


(はぁ、無駄に疲れるわね……彼女のことは適当にあしらっておきましょう)


 医者の話ではもうじき体調も回復するとのことなので、今後の方針を決める必要がある。


(そうとなれば、いまの私に必要なもの……)


 セフィリアはもう一度、状況を整理した羊皮紙をテーブル上へひろげる。


 断罪される運命にある悪役令嬢。

 その未来を変えるべく、セフィリアがまず取るべき行動は。


「それはもちろん、味方さがしね!」


 セフィリアは羊皮紙に記された『イケメン従者』という箇所を、ペンで囲った。

 悪役令嬢セフィリアの世話をしていた『イケメン従者』──彼の名は、レイという。

 なにを隠そうこのレイという青年、『花リア』の超重要キャラクターだったりする。


「ええと、セフィリアとレイの出会いはすこし複雑だったのよね。レイと会うためには──」


 セフィリアは前世で観たアニメの内容を、できるだけ詳細に思い返す。


「そうだわ、奴隷市場に行けばいいんだっけ! ……ってそんな簡単にいくわけあるかーっ!」


 そしてセルフノリツッコミを入れたのち、ローテーブルに突っ伏した。


「お花畑に遊びに行くわけじゃないんだから、7歳の幼女が気軽に奴隷市場に行けるわけないじゃない……なんで最初からこんなハードモードなの……」


 奴隷を買う幼女とかどういう状況だ。ふつうに考えて周囲の大人に止められる。

 セフィリアは早くも涙がちょちょぎれそうになった。 


「でもレイは元奴隷の従者だし、会うためにはこっちから出向くしか……あ〜も〜!」


 本調子ではなく、満足に出歩けないことも相まって、奇声をあげるセフィリア。


 もふっ……


「ひぁッ!?」


 そんなセフィリアのうなじに、なにかがふれた。

 なんだろうか、とても、もふもふしたような……


「困っているようだな」

「えっ……?」


 思わず顔をあげたセフィリアは、ついでぽかんとした。

 どこからともなくやってきた『なにか』が、ふわりとテーブル上に着地したのだ。

 その『なにか』は、真っ白な毛並みをしており、猫のようにも見えるが、大きさはリスくらい。そしてひたいに、きらきらとしたルビーのような宝石が埋め込まれている。


「モンスター…………カーバンクル?」

「かーばんくる? ふむ、この世界ではそのような生き物なのか」


 真っ白なカーバンクルもどきは、流暢な人の言葉を話しながら、とてとてとセフィリアの目の前へやってくる。


「ワタシだ、小妹シャオメイ。忘れてしまったか?」

「あ……」


 ──小妹。

 じぶんのことをそう呼ぶ存在に、セフィリアは心当たりがあった。忘れるはずなどない。


「まさか……騶虞すうぐですか!?」


 ひっくり返りそうなほど驚きを見せるセフィリアへ、カーバンクルもどきはふにゃりと笑ってみせるのだった。


「あぁそうだ。また会えてよかった、愛しい子よ」

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