──その日、彼女は思い出した。
神は気まぐれであることを。
「ここは……うっ…!」
ベッドから起き上がったそのとき、頭に痛みが走った。
(なにこれ、頭が割れそう……それに、息苦しいわ……)
鈍痛に遅れて、悪寒がやってくる。
単なる寝起きの頭痛程度では、こうはならないだろう。花梨はうずくまり、頭をかかえた。
「お嬢さま! 目を覚まされたのですね!?」
だれかの声がひびきわたる。
花梨がやっとの思いで視線を向けると、エプロンドレスをまとった女性がベッドのそばまで駆け寄ってくるところだった。
ちなみに
「どなたですか……?」
思わず問いかけ、花梨は「ん?」と首をひねる。
じぶんの口からこぼれた声が、じぶんのものではないような気がしたためだ。
どこかたどたどしい、幼女の声。
それも有名声優が美少女キャラに吹き込むような、いわゆるアニメ声というやつだ。
「なにをおっしゃるのですか、お嬢さま! 由緒正しきアーレン公爵家に仕えるメイド長、ヘラをお忘れですか!?」
「アーレン、こうしゃくけ……?」
「あぁっ、なんてこと! 高熱のせいでもうろうとしていらっしゃるのですね。新入りのメイドがあろうことかお嬢さまの召し上がる紅茶に毒を盛ったのです。そのせいで2日も目を覚まされなかったのですよ。おいたわしや、セフィリアお嬢さま!」
ヘラと名乗ったメイドはおしゃべりなようで、聞いてもいないことをべらべらとまくし立てている。
「……セフィリア?」
しかし花梨も、それどころではなかった。
ヘラのことはさっぱりだが、なんだか猛烈に聞き覚えのある名を耳にした気がする。
「あの、手鏡をもってきてくださいますか?」
「手鏡ですか? はい、こちらに!」
ヘラはすぐさま、部屋にあるドレッサーの引き出しから手鏡を取り出し、差し出してくる。
(……うそでしょう)
花梨は絶句した。
ふちにピンク色のジュエリーがあしらわれた、見るからに高級な手鏡に、幼い少女が映り込んでいる。
ふわりとしたストロベリーブロンドに、大粒のエメラルドのような瞳。
幼いながらも完璧な造形をした、まさに美少女だ。
その面影は、愛木花梨でも、ましてや
だが花梨は、この少女を知っていた。
毎週のように
(セフィリア・アーレンって……『花騎士セフィリア』のヒロインじゃない!)
『花騎士セフィリア』──そう、クラスメイトに激推しされて観始めた深夜アニメが、そんなタイトルだった。
そしてそのヒロインの名を、こうして呼ばれているということは。
(え? 私、まさか……アニメのヒロインに転生しちゃったってこと!?)
そのまさかである。
「わけわかんないわよーっ!」
すべてを理解した花梨──いや、セフィリアは、神の気まぐれに発狂したのだった。