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第41話 懐かしい

 多忙を極める星夜せいやの休暇も、最終日。


花梨かりん、荷物をまとめておいてくれ」

「はい…………んんん?」


 相変わらず、星夜の発言は突拍子もない。


「最後に、俺のわがままに付き合ってくれ。デートをしよう」


 そうして言われるがまま、お泊まりセットをまとめた花梨は、星夜に連れられ──


 彼の所有するマンションの屋上で、あぜんとしていた。


 バラバラバラ……


 淡い青空の向こうから、一機のヘリがやってくる。

 しかも、わけもわからず押し込められた機内で出迎えた操縦士に、見覚えがありすぎた。


「どうも〜、お呼びの七海ななみで〜す。社長って俺のこと好きですよね。わざわざ休日に呼びつけるくらいですもん」

「勘違いもはなはだしいな」

「辛辣ぅ!」


 どこからどう見ても、七海だ。

 熟練パイロットのごとき風格で、七海がヘリを操縦していたのだが、これ如何に。


「こんなヘラヘラしたやつでも、自家用操縦士免許と無線資格は持ってるからな」

「これって秘書の域を超えているのでは……七海さん、何者……」

「そうそう、俺ってばなんでもできる男ですから〜」


 あまりの衝撃に、花梨は言葉も出ない。

 もう七海が自家用ジェットやクルーズ船を操縦したとしても、おかしくはない気がする。


「はーい、そんじゃ目的地まで、俺がひとっ飛びでお連れしますねぇ」


 ……いったいどこへ連れて行かれるのだろうか。

 やけににこやかな七海を前にして、花梨はそこはかとない不安に見舞われるのだった。



  *  *  *



 自宅マンションのある都内某所から、ヘリで約45分。

 星夜が「期待していてくれ」と自信満々だった理由が、わかった。


「わぁ……!」


 白い砂浜、寄せては返す波。

 見渡すかぎりの大自然にめぐまれた、離島。

 現在花梨は、七海の運転する車内で流れゆく景色をながめていた。


「ここ、海外の旅行誌でもよく取り上げられるリゾート地じゃないですか」

「わかるか?」

「私も、数々のホテルを経営するオーナーのひとり娘です。それくらいわかります。たしか、新しくリゾートホテルがオープンするとか……」

「聞いて驚かないでくださいよ、花梨さん。そのリゾートホテルのオーナーっていうのが、なにを隠そう、我らが鷹月たかつき財閥の若社長でしてね」

「星夜さんが!?」

「事業展開、というやつだ。ホテル経営に関しては俺も実績がないから、お義父さんに相談に乗ってもらった」

「そうなんですね、お父さまに……」


 当然ながら、リゾートホテルなどほいほいつくれるものではない。

 つまり、星夜と芳彦よしひこは以前から面識があり、年単位での交流があったというわけだ。


(もしかしたら、私の知らないうちに外堀から埋められていたのかもしれないわ)


 そして満を持して、櫻子さくらこを通じて花梨へ縁談を持ちかけてきたのだろう。

 なるほど、お見合いまでの流れが、やけにスムーズだったわけだ。


「今日はホテルのプレオープンだ。ゲストのニーズを知るためには、その立場になるのが一番。視察もかねて、きみの意見を聞こうと思ってな」

「星夜さんたら……」


 要するに、オーナー権限で貸し切りの大盤振る舞いというわけだ。


「この先、女性のお客様をターゲットにしたプラン設定も重要になってきますからね。私でよろしければ、よろこんでお力になりますわ」

「そうこなくっちゃな」


 満足げに笑った星夜が、手を差し伸べてくる。

 花梨もほほ笑み、その手を取った。



  *  *  *



 有名ホテルの社長令嬢となった今世でも、リゾートホテルを貸し切ったことはない。

 オーシャンビューの広々としたスウィートルームや、豪華な食事、充実した娯楽施設などすべてを独り占めする時間は、花梨にとってこそばゆくて、夢のようなひとときだった。


「お客様へ提供するサービスは、文句なしにすばらしいレベルだと思います。セキュリティーは言わずもがな。ほかに力を入れるとすれば、清掃分野でしょうか」

「ふむ、清掃か」

「私の持論として、日本のホテルの魅力は、おもてなしの心と、快適に過ごせる清潔さにあると思うんです」

「きみのところのホテルでは、どういったことを心がけている?」

「隅々にまで気を配ること。清掃員の中には、インスペクターという特殊な役割の方々を採用しています。ブラックライトを当てないと見えない特殊な汚れをランダムに散布して、1週間後にその汚れがきれいになっているかチェックすることを役割としています」

「つまり、清掃の抜き打ちチェック制度を取り入れるというわけだな」

「そのとおりです。国内最大級の某空港でも採用されている清掃方法です」

「なるほど。前向きに検討してみよう」


 ひととおりホテル内を見て回った後。

 花梨と星夜は、スウィートルームのソファーに腰かけ、顔を突き合わせていた。


「というか、ふつうに視察しているな」

「大丈夫です、ちゃんと楽しんでますから」


 フルコースのディナーを堪能し、すっかり日も落ちた。楽しい時間がすぎるのは早いものだ。


「それより、星夜さんの言っていた『わがままに付き合ってほしい』って、このことだったんですか? 全然わがままになってませんけど」


 花梨がふと素朴な疑問をぶつける。

 すこしの間をはさんで、星夜が窓の外を見た。


「……そろそろかな」

「星夜さん?」

「こっちに来てくれ。コートを忘れずに」

「え、えぇ……」


 ソファーから立ち上がった星夜に手招かれ、花梨はバルコニーへと向かう。


「冷た……!」


 外へ出ると、とたんに冷えた海風が吹きつける。

 真冬もいいところの12月だ。花梨はボアのコートの前をかき合わせて、首を縮める。


「じつは、きみに見せたいものがあって」

「私に、ですか?」


 星夜はなにを考えているのだろう。

 花梨は不思議に思いながら、「見てごらん」と指し示されるまま、頭上を見上げた。


「……まぁ……!」


 ──そこにあったのは、星だ。

 無数の星が、漆黒の夜空にまたたいている。

 気分はまるで、銀河をながめているかのよう。


「夜はホテルの照明を切り替え、施設外へあかりが漏れにくい設計にしている」


 そういえば、と花梨は思い出す。

 この離島が有名なリゾート地である理由のひとつとして、『星空保護区』に登録されていることが大きい要因だったと。


「むかしから……ずっとむかしから、星を見上げることが好きだった。俺の好きな景色を、きみにも見てもらいたかったんだ」


 息を吐き出すように、星夜が言葉をつむぐ。


「星夜さん……」


 ことさらやさしげな星夜の顔を前にして、花梨のからだに、じんと熱がともる。


「……あれ……」


 気づけば、ほろりと、あたたかいものがほほをつたっていた。


「ごめんなさい、なんだか急に……」

「……花梨」

「ごめんなさい……っ」


 こらえようとするほど、ぽろぽろと大粒の涙があふれてしまう。

 胸が切ない。無性に泣きたくてたまらない。

 突然押し寄せた感情の正体が、花梨はわからなかった。


「私……はじめてじゃない気が、するんです……あなたと一緒に星を見上げるのが、懐かしいような……変ですよね、ごめんなさい……」

「謝らなくていい」


 うつむく花梨を、星夜が抱き寄せる。

 しなやかで力強い腕が、ぎゅうと苦しいくらいに抱きしめる。


「俺も、懐かしい……またきみのとなりで同じ景色を見られることが、こんなにも……」

「また……?」


 思わず聞き返す花梨。

 すこしの沈黙をへて、星夜が腕の力をゆるめる。


「なんでもないよ」


 星夜はそう言って、ほほ笑む。

 笑っているのに、どこかさびしげな表情だ。


 星夜さん、と。

 花梨が呼びかけることは、叶わなかった。


「んっ……」


 花梨のほほに手を添えた星夜が、唇をかさねてきたのだ。

 ついばむような、やさしいふれあい。

 しばしたがいの唇の感触に酔いしれたのちに、星夜はいま一度、花梨を抱きしめる。


「花梨」


 そして吐息のような声で、ささやくのだ。


「──婚約しよう」


 まるで、星へ誓うかのように。

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