「──ッ!」
息を吹き返したように、覚醒する。
飛び起きた
「……また、あのときの夢か」
前世の記憶を取り戻した。
そのショックで、しばらく意識を飛ばしていたらしい。
それでも、一瞬にしてたいせつなものを奪った邪龍の存在が、星夜を苦しめるのだ。
(邪龍と闘ったときの記憶が、断片的で、曖昧だ……くそっ)
ぐっと唇を噛みしめた星夜の胸は、一見して正常な肌だ。
しかし時折思い出したように痛みを訴えるとき、鋭い爪で抉られ、どす黒く硬化した傷痕が浮かび上がる。
これは、邪龍によって負わされた致命傷のあと。
輪廻転生してもなお星夜をさいなむ、呪いだ。
(
龍脈とは、大地に張りめぐらされた気の通り道。言わば生命の源である大地の血管のようなもの。
科学の発展とともに内功をあつかわなくなった現代の世では、この龍脈が廃れてしまっている。ゆえに、邪龍が現代に姿を現す可能性は極めて低い。
「頭の硬いじいさんどもに、申しひらきをするひまも与えられなかったな。趣味の悪い呪いもプレゼントされたし。これ、寿命吸ったりしないか? まったく……」
色恋を禁ずる仙界において、星藍と
邪龍を呼び寄せた者は、ほかにいるというのに。じつに理不尽なことだ。
ならば、仙人としての力を剥奪され、下界におとされた現在の生が、じぶんたちに科された罰だというのか。
「これが罰? まさか。彼女とふたたびめぐり会えるなんて、ご褒美だぞ」
ナンセンスな邪龍の置き土産を押しつけられたのはいただけないが、星夜も早々に開き直る。
紆余曲折こそあったが、心から愛した彼女と、再会できたのだから。これはもう運命なのだ。
「愛花……」
星夜はふと視線を伏せ、ベッドで寝息を立てる少女を見つめる。
「守ってやれなくて、すまなかった。今度こそはきみを守り抜くよ、愛花……俺の愛しい、
さらさらと、亜麻色の髪に指を通す。
あっという間に愛しい気持ちがあふれて、星夜は身をかがめ、花梨のほほにキスを落とした。
あぁ、もうどうにも我慢がきかなくなるだろうなぁと、他人事のように思いながら。
「呪いなんて吹き飛ばすくらい、この人生を、生きてみせる」
* * *
花梨は、頭をかかえていた。
理由はもちろん、世にもめずらしい、困ったさんのせいである。
「花梨、結婚しよう。今すぐに」
「はい、わかりま…………なんですって?」
簡潔にまとめると、星夜の溺愛っぷりが悪化、もとい加速した。
「クリスマスプレゼントは、指輪と俺の苗字でいいか」
「ちょっ、落ち着いてください、星夜さん! まだ寝ぼけてます!?」
「ちゃんと起きている」
ここは星夜の部屋。つまり
朝食をとろうとしていたところ、星夜によってとんでもない爆弾を投下される。
星夜のやりたい放題にも慣れたつもりだったが、朝っぱらから婚姻届を引っ張り出されれば、さすがの花梨も目が覚める。
「いや、なんであるのよ! しかも記入済みのが!」
「俺が寝ぼけていない証拠だ」
「ドヤらないでください……」
せっかく休日だ。部屋でゆっくりするはずだったのに、なぜか外出デートの選択肢が急浮上する。それも役所に。おかしい。
新聞の朝刊を差し出すようなノリで、記入済みの婚姻届を出してくるな。
「ハネムーンはどこに行きたい? こどもは何人作ろうか」
「早い早い早い! 展開が、早すぎです!」
星夜の脳内では、すでに結婚した流れになっている。
このままではまずい。花梨は慌ててストップをかける。
「あの! 結婚も魅力的ですけど、私はまだいいかなって思います!」
「なんでだ?」
「えっと、私たちはお付き合いをはじめて間もないですし、私はその、家庭を持つというよりは……まだ星夜さんと、らぶらぶしたいなぁ、とか思ったり……」
言いながら、花梨は羞恥で顔が熱くなるのを感じた。
(いや、なに言ってんのよ、私!)
真顔で結婚後のプランをまくし立てる星夜に言葉をはさむため、ちょっと上目遣いをしてみたら、これだ。
なんだか猛烈に、余計なことまで口走ってしまった気がしてならない。
「……花梨」
「あの、聞かなかったことに……」
「きみの気持ちはわかった」
「え?」
ダイニングテーブルの向かいに座っていた星夜が、席を立つ。
かと思えば、呆けた花梨のもとへやってきて──
「結婚はひとりではできない。そんな当たり前のことを、俺は忘れかけていたよ」
「え? 星夜さん? え?」
「ふたりで望んでこその結婚。そうだよな。それに、俺だってきみと恋人らしく存分にイチャイチャらぶらぶしたい」
「あ、あはは……コーヒーがおいしいですねぇ…………ひっ!」
全力で話題と視線をそらす花梨だったが、その甲斐もなく。
星夜のしなやかな腕が伸びてきて、気づけば抱き上げられていた。
「どこ行くんですか、星夜さんっ!」
「決まってるだろ」
花梨があたふたとしているうちに、星夜はダイニングをあとにする。
そうして一切迷いのない足取りでやってきたのは、寝室。
花梨がかぁっと羞恥を覚えるころには、すでにシーツへ沈められ、星夜が覆いかぶさっていた。
「ひゃああ……! ねぇちょっと星夜さん! 本気ですか!?」
「大丈夫だ、イチャイチャらぶらぶするだけだ」
「そんな可愛らしいもんじゃないでしょう! 朝っぱらからやめてください!」
花梨は『そういう意味』で言ったわけではないのだが、いかんせん星夜の行動は斜め上を行く。今回も押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。
最近になって、花梨がその身をもって思い知ったことがある。
星夜は精力が強い。いわゆる、絶倫というやつだ。
ふだんは涼しげにすまし顔をしているのに、詐欺ではないだろうか。
「今日は部屋でゆっくりする。きみの要望どおりだろう?」
この確信犯め。
「さて──可愛いきみを、どうしてやろうか」
こうなってしまうと、星夜は止められない。
花梨も観念して、星夜の胸を押し返すのをあきらめた。
逃げ場など、ないのだから。