「なるほど。そんなことで、肩身の狭い思いをしているのだな。可哀想に」
「そんなこと……?」
男女の色恋は禁じられている。
だからこそ、
「情愛が悪しきモノを呼び寄せる? ばかばかしい。それが本当なら、人の世はとっくに
「そ……それはどういうことですか、騶虞!」
なにを言われたのか、星藍はすぐに理解できなかった。それは愛花も同様であったらしい。
混乱するふたりへ騶虞が放った言葉は、衝撃的なものだった。
「よいか、情愛が邪龍を呼び寄せるのではない。やつの好物はあくまで負の感情。国と国の王族たちが世紀の大恋愛の末に結婚するか、はたまた領地をめぐって殺し合いの戦争をするなら、邪龍は後者のほうに喜んで食らいつく」
「そんな……じゃあ、色恋をすることと邪龍は、関係ないの……?」
「まったく関係がない、とも言いきれぬが……ふむ。ワタシが思うに、こういうことであろう」
ひとつ断って、騶虞は見解を口にする。
「見たところ、ここはかつての仙界と比べ、実力のある仙人たちがすくなくなっている。このままでは、もし邪龍があらわれたとき、滅することも、封印することも叶わぬ。ならば、邪龍を呼び寄せる可能性のあるものを、徹底的に排除すべきだ──先の長老どもはそう考えたのではないか」
「待ってくれ、それでは、つまり……」
「そうだ。要するに、怯えているのだよ。邪龍という存在に。力がないゆえに過剰になにかを排除してしまう、悲しきひとの
星藍も愛花も、騶虞がなにを言わんとしているのか、ようやく理解した。
邪龍を恐れるがゆえに、仙界から排除されたもの──それが、情愛なのだ。
「独占欲だとか嫉妬だとかは、度がすぎれば邪龍の好物となるだろうが、だからといって過剰に怯える必要はない。むしろそちらのようにまったく穢れのない、ワタシの毛並みのようにまっさらな純愛は、邪龍も嫌うものだ。まったく、どこのだれが事実をねじ曲げたのかは知らんが、間違った伝承がつたえられていたようだな……」
まるで、雷に撃たれたかのような衝撃だった。
「なら……俺たちは、俺たちのこの想いは、罪などではないのか……?」
やっとの思いで星藍が絞り出した言葉は、震えていた。
「なにを言うか。たがいを愛し、ひとを信じる心を持ったそちらが、ワタシを救ったのではないか」
なかば呆然と立ち尽くす星藍、そして愛花へ、騶虞は歩み寄る。
「仁愛をつかさどるワタシが断言する。愛は罪などではない。なにがあろうと、ゆめゆめ忘れるな」
そこまで言われてしまえば、もうだめだった。
「ふぇ……」
「……愛花」
硝子玉のような愛花の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙があふれる。
ふるえる愛花の肩を抱いた星藍も、込み上げる熱をこらえきれない。
「おぉ、ひとの子よ。愛すべきこどもたち。ままならぬ日々に疲れたろう。おいで。ワタシのもとで、ひとやすみしておゆき」
星藍が見上げるほど大きな体躯を持つ騶虞が、体勢をかがめ、前足で星藍と愛花をすっぽりつつみ込んでしまう。
「きっと、歯を食いしばって生きてきたのだろうなぁ。いいこ、いいこ……」
つつみ込むぬくもりは父の胸のごとくたくましく、耳に届く声音は、母の子守唄のごとくやさしかった。
星藍と愛花を前足に抱いた騶虞は、ふたりの頭へ、代わる代わるあごや鼻先をこすりつける。
大きな手のひらになでられているみたいだと、ふたりは顔を見合わせて笑った。
「これから、不条理に直面することもあろう。だが、臆することはない。心を強く持て。けっして──負けるでないぞ」
そうだ。『ふたりぼっち』ではない。
騶虞が、力をくれたのだ。
先の見通せぬとほうもない道のりに、光を灯してくれた。
嗚咽をこらえ、星藍と愛花は、うなずいた。
手に握りしめた短剣と羽扇からも、じんわりとぬくもりがひろがるのを感じながら。
身を寄せ合ってすすり泣く星藍と愛花が落ち着くまで、騶虞はずっと、そばにいた。