「
「それは、なぜ?」
「私が考案したものだからです。……ほかに知っているのは、師匠と
「なんと……」
必死に考案した秘法を、突然やってきたよそ者が数日そこらで会得したのだ。愛花がふてくされるのも当然だろう。
「桃の木と通じ合ったから、きみの髪は淡い色をしているんだな!」
「生まれつきですが。おちょくってます?」
「とんでもない!」
星藍は自分を殴りたくなった。
気の利いた言葉のひとつも言えない口が、恨めしい。
「私の花の剣術も、私だけのものではなくなった。天才に敵うわけないじゃない……」
そのうちに、ひざをかかえた愛花の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれはじめる。
これに、星藍は尋常でない焦りを覚える。
「
「……謝らなくていいです。あなたがひとつも悪くないことは、わかってますから」
依然としてひざに顔をうずめたままだが、愛花は声をふるえさせながら続ける。
「あなたは純粋に、強さを追い求めるひと。その決意の色が揺るぎないことが、私には見える」
「見える……?」
聞き返す星藍。
すこしの沈黙をはさんで、愛花が顔を上げた。
「
潤んだまなざしを受け、星藍は深呼吸をする。
星藍を純粋だと称する愛花こそが、純粋だ。
なぜなら、星藍を遠巻きにせず、真正面から問いかけてきたのは、彼女がはじめてだからだ。
「……俺は流行り病で、両親と妹を亡くした」
愛花が問いかけるから、星藍も答える。
だれも知ろうとはしなかった星藍自身の、過去を。
「同じく身寄りがないこどもとともに寺院で暮らしていたが、今度は突然の大災害に襲われた。大地をまっぷたつに割るのではないかという、大地震だ」
大地震の直撃を受け、星藍の暮らす寺院はまたたくまに倒壊の危機におちいる。
「だが、すんでのところで、俺は寺院の支柱を押しとどめることができた。俺が柱を支えなければ、完全に建物が倒壊し、こどもたちが犠牲になってしまう……血のつながりはなくとも、俺にとっては可愛い弟妹だ。俺は気力をふりしぼり、柱を支え続けた」
そして三日三晩をすぎたころ、あの胡散くさい老人がやってきたのだ。
「己が身をていして弱き者を守る意志、強靭な精神力、見事な義侠心じゃのう」
こうして
仙人は神ではない。苦行を耐え抜いた超人。
境地に達し、不老長生を手に入れても、人である根本は変わらない。
ゆえに星藍は、慢心することなく腕を磨いてきたつもりだ。
「俺が強さを求めるのは、たいせつな存在を守るためだ」
「災害が相手であっても?」
「そうだ。俺が片手で柱を支えられるくらい強くなれば、どんな不条理も打ち砕くことができる。嘆くひとびとを、救うことができる。俺は俺がたいせつだと思う存在を守り抜くために、強くなりたい。これで答えになるだろうか」
師匠にすら、打ち明けたことのない本音。
(きれいごとだと笑われるだろうか)
自嘲する星藍だが、愛花の反応は意外なものだった。
「あなたは……とても、やさしいひとなのね」
「そ……それは言われたことがないな……」
なにせ
「そういうきみは、どうしてここで鍛錬しているんだ?」
星藍は気恥ずかしさから、愛花へ話をふる。
だが愛花は、首を横にふるばかりだ。
「……わかりません」
「わからない?」
「えぇ、わからないの」
うつむく愛花の表情に、影が落ちる。
「あまり覚えていないのだけど……親に捨てられて天涯孤独になっていたところを、燐師兄さまが見つけてくれて。それで、燐師兄さまのはからいがあって、私は蘭師匠のもとに迎えられたの。七つのときのことだったと、聞いています」
「見たところ、きみは俺と年も近そうだが……」
「もう十五になります」
とすると、仙となって八年はたっている。
愛花は星藍より年下だが、鳳來山へやってきて三月にも満たない星藍の大先輩に当たるのである。
「私は燐師兄さまに助けられた。燐師兄さまが私を必要だと言うから、私はここで生活をしている。それだけ」
「きみにやりたいことはないのか?」
「やりたいこと……」
「楽しみにしていることや、成し遂げたい夢だとかだ」
星藍がそう問いかけると、愛花の瞳がにじむ。
「わからない……私には、なにもないの……あなたと話していると、空っぽな自分を思い知らされるわ。もういや……」
「なら、さがせばいい!」
夢中だった。
星藍は悲観する愛花の手をとり、ぐっと自身のもとへ引き寄せた。
「簡単なことだ。見当たらないならさがせばいい」
「そんな簡単に……! 燐師兄さまが許してくれるかどうか……!」
「きみのすることに、燐は関係ないだろう」
「だって私、本当はほかの人と口を聞いちゃいけないって、燐師兄さまに言われてるの。私が変なふうに思われるから……」
「きみのどこが変なんだ? 桃の花も恥じらう、可憐なお嬢さんじゃないか」
「かれっ……!? なにを言うんですか!」
あくまで愛花は、反論の構えらしい。
「思ったことを言っただけだが」
が、あっけらかんと言ってのける星藍に、愛花も完敗。
「もうなんでもいいです……」
「そうか。ならお近づきのしるしに、ふたりで出かけよう」
「ちょっ……出かけるって、今からですか!?」
星藍に腕を引かれた愛花は、あたふたと焦りを見せる。
「そうさ。なに、遠くへ行くわけじゃない。気ままに森を見て回るだけだ」
「あのっ、師兄!」
「堅苦しいのはよそう。俺のことは星藍と呼んでくれ」
不思議なものだ。人付き合いは不得手なつもりだったのに、愛花が相手だと自然に言葉が出てくる。
(あれだ、自分より怖がっているひとを見たら、なんか怖くなくなるあれと同じやつ)
要するに愛花が口下手というわけなのだが、それを馬鹿正直に口にしないくらいの分別は、星藍にはあった。
「燐のうしろをついて回るのとは違った景色を、見てみたくはないか、愛花?」
「えっ……」
渋る愛花へ、とどめのひと言。
やがて、きらきらと木もれ陽を反射した硝子玉の瞳を、きれいだなぁ、と星藍は思った。