西派の門を叩き、早くも三日がたった。
柔和な笑みを浮かべている燐も、ひとたび剣をにぎればその頭角をあらわす。
──あれは、実戦慣れをしている動きだ。
経験の差という壁に阻まれ、星藍はあと一歩のところで燐におよばずにいた。
しかし同志と研鑽をかさねる日々は、星藍とって新鮮であり、悪くない居心地だったといえる。
おのれに足りぬものは何か。
どうすれば燐に勝てるのか。
寝食も忘れて鍛錬に没頭するうちに、星藍は見覚えのない場所へやってきてしまった。
「……どこだ、ここは」
鬱蒼とした森を抜けた先にある、ひらけた場所。
そこでは清らかな泉が湧き、木漏れ陽が射し込む。
なかでも星藍の目をうばったのは、青い空へ向かって凛と枝を伸ばす、桃の木だ。
「見事なものだ……」
吸い寄せられるように、星藍は桃の木へ近寄ってゆく。
幹へもたれるようにして草むらへ腰をおろすと、静かにまぶたを閉じた。
すぅ……
へそのあたり──
(……桃の木の、呼吸を感じる。心地いい気だ)
人に限らず、動物も草花も、生きとし生けるものはすべて呼吸をしている。
木の葉のささやきに耳をかたむけ、水面をなでる風の流れを感じる。
それと同じように、桃の木の吐き出す息を使い、呼吸する。
「
風や草花と一体化したとき、星藍の体内は、清々しい気で満たされるのだ。
(自然と目が覚める朝のような清々しさだな)
最後にひとつ呼吸し、星藍はまぶたを持ちあげる。
すると、なんだろう。
淡い色の何かが、ひょっこりと視界に映り込んだ。
桃色の髪。ぱっちりとした硝子玉の瞳。
なんとも可憐な顔立ちの少女に、のぞき込まれていた。
忘れるはずもない。『彼女』を間近で目にした星藍は、しばらくのあいだ呆ける。
「桃の精……」
「はい?」
いぶかしげな顔をした『彼女』が、うしろをふり返る。当然、だれもいない。
向き直ると、桃の木の根もとに座り込んだ星藍は、やはり自分を見上げている。
「桃の精って、わ、私のことを言ってるの!?」
「ほかにだれが…………あ」
そこでようやく、星藍は独り言をこぼしていたことに気づく。
反射的に口を覆うが、時すでに遅し。
「そんな可愛らしいもんじゃないでしょう、あなた頭がお花畑なんですか!?」
「そう言われても、俺はきみの名を知らないし!」
「
「不快に思わせたなら申し訳ない! 知っていると思うが俺は星藍だ!」
かぁあっとほほを朱に染めて声を張り上げていた『彼女』が、どっとひざから崩れ落ちた。
星藍のどこかはずれた返しを耳にして、肩すかしを食らったらしい。
「もしかして、天然さんですか?」
「そんなことはない」
「天然さんはみんなそう言います」
星藍が大真面目に反論するものだから、『彼女』──愛花は早々にいろんなものを諦めたようだ。
愛花はこほんと咳ばらいをして、星藍のとなりに座り直す。
ちょこんととなりにおさまった小柄な愛花に、「ん"ッ……」と星藍は言葉にならない昂ぶりを覚えた。
(彼女が小動物のようだからって気を乱すな、星藍! この未熟者め!)
星藍はおのれを叱咤し、地面を殴りつけたい衝動をなんとかこらえる。
結果として、眉間に深いしわを刻んだ強面の男が、腕組みをして黙り込んだのだ。ふつうの者ならおびえてそそくさと逃げ出すところなのだが──
「
「……ん?」
愛花は変わらず、星藍のとなりにいる。
そして硝子玉のように澄んだ瞳で、星藍を見上げてくる。
「あなたが今しがたおこなっていたのは、西派につたわる秘法です。……無意識のうちに体現したとすれば、天才ですよ、あなた」
それは、どこかすねたような口調で。
「よい機会なので、お話をしましょう、