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第22話 守るべきひと

 どれほど夢中になっていたのだろう。

 星夜せいやが我に返ったときには、夜も更けきっていた。


 荒い呼吸を落ち着けるように、星夜は息を吐き出す。

 汗ばむからだで、ベッドに横たわる花梨かりんへ覆いかぶさった。


「花梨……花梨」


 星夜の呼びかけに、花梨は答えない。甘い責苦の末に、意識を落としてしまったようだ。

 それでも星夜は花梨の華奢なからだを腕に閉じ込め、飽くことなく名を呼ぶ。


「すこし、やりすぎてしまったな。許してくれ、花梨」


 聞こえてはいないとわかっていても、花梨の白いほほをなで、ささやくように語りかけるのをやめられない。


「今このとき、この瞬間を、幸福というのだろうな。……俺を受け入れてくれて、ありがとう」


 そうして、花梨のひたいへ口づけを落としたときだった。


「……ん……?」


 視界の端に何かがちらついたような気がして、星夜は夜更けの暗闇に目をこらした。

 すると、何だろうか。ベッド上で脱力した花梨の胸もとに、ぼんやりと浮かんだものがある。


(……錯覚か?)


 ためしに眉間をもみ、何度かまばたきをした星夜だけれど、結果は変わらない。

 カーテンのすきまからわずかな月明かりだけが射し込む寝室。先ほどより明らかに輝きを増した『それ』が、錯覚であるはずがなかった。


「なんだ、これは……」


 間違いない。花梨の胸もとに、光のようなものが浮かんでいる。『それ』は淡い桃色をおびていて、きらきらと、輝く粒子をまとっている。

『それ』が何なのか、わかるはずもない。だが星夜には、不思議と危険なものには思えなかった。むしろ──


「……きれいだ」


 星夜は魅入られたように、桃色の光へ手を伸ばす。

 ゆらゆらと揺らめく『それ』へ、指先がふれた瞬間。


 ──パァアッ!


 目のくらむような輝きとともに、光がはじけた。


「なっ、これは…………うぐっ! あぁあッ!」


 星夜を激しい胸痛が襲う。

 追い討ちのごとく、頭部を鈍器で殴られたような衝撃に見舞われ、星夜はたまらずベッドに倒れ込んだ。


「うっ……くぅ……あっ、はっ……」


 ぎりぎりと心臓を握りつぶされているような、経験したことのない胸の痛みだった。

 さらに激しい頭痛のせいで、視界が明滅する。

 星夜は歯を食いしばり、得体の知れぬ激痛に耐える。


「……っふ…………はぁ……」


 ようやく激痛から解放され、星夜は安堵の息をもらす。

 しかし、胸にはまだ、鈍痛と違和感が残ったままだ。


「……これは」


 胸に手を当てた星夜は、どす黒い紋様が刻まれていることに気づく。

 鋭利な爪のようなもので、えぐられた痕。

 その傷の周辺は、皮膚が黒く変色し、鱗状に硬化してしまっている。

 熊だとかその辺の獣にやられた程度では、こうはならないだろう。

 この異様な光景はまさに、『この世ならざるモノ』の仕業──


「……邪龍の、呪い」


 はっとする星夜。

 口からこぼれた言葉に、星夜自身が驚愕していた。


「俺はいったい、なにを……」


 何が起きたというのか。

 星夜は混乱の最中にあった。


 ──わからないんじゃない。

 ──忘れているだけだ。


「──っ!」


 ふいに聞こえた、誰かの声。

 こめかみがズキリと軋み、星夜は顔をしかめる。


「忘れて、いる……?」


 ──思い出せ。

 ──おまえは、すべてを思い出さなければならない。


 星夜の脳裏に、ひとりの人物が浮び上がる。

 夜空のような黒髪をなびかせる男だ。


 ぱさ……


 風もないのに、カーテンが揺れる。

 誘われるように窓を仰いだ星夜は、漆黒の瞳を見ひらいた。


 夜空に浮かぶ月。

 そして、無数にまたたく星──


「夜空の星……そうだ」


 ──この不条理を断ち切るためにも。

 ──思い出せ、おまえの名を。


「俺、は……俺はっ!」


 ──思い出すんだ、おまえが守るべきひとを!


「──愛花アイファっ!」


 その名を口にした刹那、走馬灯のようによみがえる記憶がある。


「思い出した……全部思い出したよ、花梨……あぁ、花梨……!」


 想いがあふれる。


「きみを見ているとどこか懐かしかったのは、きみに惹かれて仕方なかったのは、当然だったんだ……」


 星夜はとめどなく涙をこぼしながら、花梨のからだをきつく抱き込んだ。


「きみは俺が、星藍シンランが心から愛した、愛花の生まれ変わりだったのだから!」


 桃色をおびた光の正体。

 あれは、魂だったのだ。

 命を懸けて悪しき龍を封印した誇り高き乙女、愛花の魂。


 ようやく、取り戻すことができた。

 彼女と過ごした日々、かけがえのない、前世の記憶を──

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