どれほど夢中になっていたのだろう。
荒い呼吸を落ち着けるように、星夜は息を吐き出す。
汗ばむからだで、ベッドに横たわる
「花梨……花梨」
星夜の呼びかけに、花梨は答えない。甘い責苦の末に、意識を落としてしまったようだ。
それでも星夜は花梨の華奢なからだを腕に閉じ込め、飽くことなく名を呼ぶ。
「すこし、やりすぎてしまったな。許してくれ、花梨」
聞こえてはいないとわかっていても、花梨の白いほほをなで、ささやくように語りかけるのをやめられない。
「今このとき、この瞬間を、幸福というのだろうな。……俺を受け入れてくれて、ありがとう」
そうして、花梨のひたいへ口づけを落としたときだった。
「……ん……?」
視界の端に何かがちらついたような気がして、星夜は夜更けの暗闇に目をこらした。
すると、何だろうか。ベッド上で脱力した花梨の胸もとに、ぼんやりと浮かんだものがある。
(……錯覚か?)
ためしに眉間をもみ、何度かまばたきをした星夜だけれど、結果は変わらない。
カーテンのすきまからわずかな月明かりだけが射し込む寝室。先ほどより明らかに輝きを増した『それ』が、錯覚であるはずがなかった。
「なんだ、これは……」
間違いない。花梨の胸もとに、光のようなものが浮かんでいる。『それ』は淡い桃色をおびていて、きらきらと、輝く粒子をまとっている。
『それ』が何なのか、わかるはずもない。だが星夜には、不思議と危険なものには思えなかった。むしろ──
「……きれいだ」
星夜は魅入られたように、桃色の光へ手を伸ばす。
ゆらゆらと揺らめく『それ』へ、指先がふれた瞬間。
──パァアッ!
目のくらむような輝きとともに、光がはじけた。
「なっ、これは…………うぐっ! あぁあッ!」
星夜を激しい胸痛が襲う。
追い討ちのごとく、頭部を鈍器で殴られたような衝撃に見舞われ、星夜はたまらずベッドに倒れ込んだ。
「うっ……くぅ……あっ、はっ……」
ぎりぎりと心臓を握りつぶされているような、経験したことのない胸の痛みだった。
さらに激しい頭痛のせいで、視界が明滅する。
星夜は歯を食いしばり、得体の知れぬ激痛に耐える。
「……っふ…………はぁ……」
ようやく激痛から解放され、星夜は安堵の息をもらす。
しかし、胸にはまだ、鈍痛と違和感が残ったままだ。
「……これは」
胸に手を当てた星夜は、どす黒い紋様が刻まれていることに気づく。
鋭利な爪のようなもので、えぐられた痕。
その傷の周辺は、皮膚が黒く変色し、鱗状に硬化してしまっている。
熊だとかその辺の獣にやられた程度では、こうはならないだろう。
この異様な光景はまさに、『この世ならざるモノ』の仕業──
「……邪龍の、呪い」
はっとする星夜。
口からこぼれた言葉に、星夜自身が驚愕していた。
「俺はいったい、なにを……」
何が起きたというのか。
星夜は混乱の最中にあった。
──わからないんじゃない。
──忘れているだけだ。
「──っ!」
ふいに聞こえた、誰かの声。
こめかみがズキリと軋み、星夜は顔をしかめる。
「忘れて、いる……?」
──思い出せ。
──おまえは、すべてを思い出さなければならない。
星夜の脳裏に、ひとりの人物が浮び上がる。
夜空のような黒髪をなびかせる男だ。
ぱさ……
風もないのに、カーテンが揺れる。
誘われるように窓を仰いだ星夜は、漆黒の瞳を見ひらいた。
夜空に浮かぶ月。
そして、無数にまたたく星──
「夜空の星……そうだ」
──この不条理を断ち切るためにも。
──思い出せ、おまえの名を。
「俺、は……俺はっ!」
──思い出すんだ、おまえが守るべきひとを!
「──
その名を口にした刹那、走馬灯のようによみがえる記憶がある。
「思い出した……全部思い出したよ、花梨……あぁ、花梨……!」
想いがあふれる。
「きみを見ているとどこか懐かしかったのは、きみに惹かれて仕方なかったのは、当然だったんだ……」
星夜はとめどなく涙をこぼしながら、花梨のからだをきつく抱き込んだ。
「きみは俺が、
桃色をおびた光の正体。
あれは、魂だったのだ。
命を懸けて悪しき龍を封印した誇り高き乙女、愛花の魂。
ようやく、取り戻すことができた。
彼女と過ごした日々、かけがえのない、前世の記憶を──