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第17話 だめとは言ってないです

 記者会見から数日後。 

 ゆうちゃんの両親が、菓子折りをもって愛木ひめき家をおとずれた。


「直接お礼をさせてください」


 花梨かりんはたいそう驚いたものだ。

 ネットでの誹謗中傷がぱたりと止んだ。そのおかげで、ゆうちゃんも小学校へ通えるようになったらしい。

 神を拝むレベルで感謝されたときは、花梨もどうしたものかと焦った。


「おねえちゃん、たすけてくれて、ありがとう!」


 だが、ゆうちゃんの元気な笑顔を見たとき、ほっとした。

 仰々しい記者会見をひらいた甲斐も、あったというものだ。


 芳彦よしひこの経営するホテルへのいたずら電話もなくなり、あっという間に2週間がたった。

 ひとびとの興味は、めまぐるしく移り変わるもの。

 ネット上を沸かせたくだんの拡散動画もなりをひそめ、いつもどおりの日常が戻ってくる。


 ……戻ってくるだろうと、思ったのだが。


〈ヒーローは23歳の若社長!?〉

〈地下鉄幼児誘拐事件、救世主はイケメン婚約者!〉


「いや、なんでそうなるのよ!」


 どうも記者会見でにらみをきかせた星夜せいやのすがたが、『婚約者を守る一途な青年』というイメージに結びついたらしい。

 ご丁寧にも星夜が犯人を投げ飛ばしている動画まで見つけ出してきたマスコミが、こぞってそのことを報じた。

 当然、発端となった例の拡散動画とも関連づけられ、沈静化するどころか余計におバズり申し上げている。

 これには七海ななみも深刻な顔をしていて、「なんで俺のとこだけカットされてるんですかね」と不服を申し立てていた。

「カメラにも捉えられない早業でしたもの」と適当に返したところ、「花梨さんってば〜!」とデレデレしていた。ちょろい。


(だから私は! 平穏な学園生活を! 送りたいだけなのに!)


 肝心の花梨は、内心発狂していた。

 しかしそんなことはおくびにも出さず、みんなが憧れる『愛木さま』として恥ずかしくない、おしとやかなレディーであることに努めた。

 ちなみに会見後、星夜とはあまり顔を合わせていない。七海いわく、仕事が立て込んでいるようだ。


(お、お仕事だもの……しかたないわ!)


 妙にそわそわする夜は、ベッド上でテディベアを抱きしめる。


(会いたいとか、そんなんじゃないんだから……!)


 そうと自分に言い聞かせ、さらに数日。とある土曜日のこと。


「花梨さん、ひさしぶり」


 定期考査の対策講座のため登校していた花梨の前に、星夜が現れた。

 ぱりっと着こなしたスーツすがたで、ネックストラップを身に着けている。


鷹月たかつきさま、こちらは関係者以外立ち入り禁止です」

「あぁ、仕事で来ているから安心してくれ。入構許可証もここに」

「仕事といいますと」

「理事会から、学園内の防犯カメラを最新式のものに一新したいと相談があった。その視察をしていたところだ」


 聞けば、もともと新しいセキュリティーシステムを導入する話は出ていたようで、星夜のほうに相談があったと。先日の会見後のことだそうだ。


(学園長先生とお話ししていたのは、そのことだったのね……)


 そりゃあ、学園の生徒を颯爽と救った星夜が経営するセキュリティー会社だ。

 見たところ、すでにけっこうなところまで話が進んでいると予想する。


「この学園自慢の薔薇庭園には、景観を損なわない小型高性能カメラを設置するのがいいかもしれないな」

「若社長みずから、視察にいらしたんですか?」

「当然だ。婚約者が通っているというのに生半可なセキュリティー提案をして、花梨さんがさらわれでもしたら目も当てられない」

「そうホイホイさらわれてたまるもんですか! あとまだ婚約はしてません!」


 やはりというか、星夜は相変わらずだった。

 一匹狼のような近寄りがたさをかもし出しておいて、むしろ向こうからかまってくる。

 そしてそのかまいたがりは、先日の事件後に悪化した。


「そうだな、『まだ』婚約はしていないな。ははっ!」

「なんで笑うんですか!」

「ついさっきまですましていたのに、今度はほほをふくらませてすねたり。きみは表情がころころと変わる。見ていて本当に飽きない」

「なっ……!」


 令嬢らしくないとでも言いたいのだろうか。

 たしかに、『前』の花梨は貧乏な一般市民だった。それを星夜が知るはずもないが。


「うん? 急に黙り込んで、どうした」

「ひゃあっ!」


 ふいにのぞき込まれ、花梨は飛び上がった。

 ただでさえ星夜は長身の上、俳優として生計も立てられそうな美青年なのである。そして厄介なことに、当の星夜は無自覚ときた。


(このひとはもう! 自分の顔の良さがわかってないんだから!)


 バクバクとやかましい胸をおさえながら、花梨はキッと星夜をにらみつける。

 すると、ぱちりとまばたきをした星夜が、なぜかほほを赤らめた。


「そんなに見つめないでくれ……照れるだろ」

「なんでよ!」


 これには花梨も、思わず素でツッコんでしまった。

 こちらのことは穴があくほど見つめてくるというのに、見つめられるのは慣れていないのか。なんだそれは。


(あぁ、だめだわ……今日も完全に彼のペース……) 


 いくらおしとかやな令嬢としてふるまっていても、星夜の前では仮面がはがれてしまう。『本当の花梨』がさらけ出されてしまう。


「きみは、やさしいな」


 そうこうしていたら、ふと真顔になった星夜が、そんなことを言うから。

 素直になれない花梨は、照れ隠しをするしかないのだ。


「唐突ですね。なにを根拠におっしゃっているのです?」

「口ではなんだかんだ言いながら、ちゃんと返事をしてくれるし、それに」

「それに?」

「猫を助けていたから」


 ──猫を助けたことはないか?


 思えば、はじめて出会ったあの日も、星夜はそう言っていたか。

 猫をかばったのは、『前』の記憶を受け継ぐ花梨しか知り得ないことだ。

 だから花梨も、それとなく誤魔化したはずだ。


「……そのことでしたら、人違いだったというお話では?」

「人違いじゃない。たしかにきみだった」

「でしたら、夢を見られたとか」

「夢……そうか、そうかもしれないな」


 人違いではないとあれだけ言い張っていた星夜だが、切り口を変えた花梨の反論に、今回は食い下がらない。


「もう、本当にどうされたんです? 急にそんなことをおっしゃって」

「……猫を」

「はい?」

「猫を、見た気がしたんだ。夢に見たのと同じ白猫を、あの事件の日にも」


 ──星夜の声が、どこか遠く聞こえる。


(どういうこと……鷹月さまも、あの白猫を見たっていうの?)


 花梨の前世の記憶。

 星夜が見た夢。

 ふたつをつなぐ白猫の存在。


 ……これは、偶然なのだろうか?


「よくきみを夢に見るのは、きみを見ているとふと懐かしく思うのは、なぜなのだろう」


 星夜も、彼にしてはめずらしくしおらしい物言いだ。


「鷹月さま……?」

「……なんでもない」


 だが花梨が声をかけても、星夜はそれ以上を語ることはなかった。


「土曜は授業が午前中で終わると聞いたが、残って自習していたのか。勤勉だな」

「そんな、学生ですから」

「俺も一度オフィスに戻るから、送ろう。テストが近いんだろう? 今度はすみやかに自宅まで送り届けることを約束する。俺は、同じ間違いをおかさない男なんだ」


 もしかして、模試明けにディナーにさそったときのことを言っているのだろうか。

 星夜本人は、おどけてみせたつもりなのだろう。だが、いかんせん真顔率が高いため、花梨もすぐに理解が追いつかなかった。


「その代わり、テストが終わってからいつでもいい。きみの1日を、俺にくれないか」

「えっ……?」

「デートをしよう」


 さらりと口にするものだから、花梨も呆けてしまって。

 星夜は笑みを浮かべている。花梨がうなずくと信じて疑わない顔だ。

 なにを言われたのか理解した花梨は、一拍遅れてほほを真っ赤に染めた。


「そ、そういう言い方は、反則です……!」

「だめか?」

「だめとは……言ってません、けど……」

「それならよかった」

「うぅ……」


 まただ。また星夜のいいように丸め込まれてしまった。


「でしたら、ショッピングがいいですっ!」


 やられてばかりは悔しいので、花梨も反撃することにした。

 余裕ぶっている星夜を、荷物持ちとしてあちこち連れ回してやるのだ。それくらいは許されるだろう。


「わかった。俺も楽しみにしておく」

「鷹月さま! それだと私も楽しみにしているみたいな言い方……!」

「デートの日くらいは空気を読むよう、七海に釘を刺しておかないとな」

「鷹月さまー!」


 なぜだろう、星夜に遊ばれている気がする。

 花梨が素直にならないから星夜もついからかってしまうことを、花梨だけが知らない。


「そうだ、花梨さん」

「……こ、今度はなんですか」


 ふいに、星夜が向き直る。それがやけに真剣な面持ちで、花梨は身構えてしまった。


「会見が終わった後……一緒にいた彼のことだが」

螢斗けいとさんのことですか? クラスメイトですよ。親しい友人です」

「友人……か」


 花梨が説明するも、星夜は眉をひそめる。なにかが引っかかるらしい。


「仮にも異性だ。あまり気を許しすぎないように」

「そんな、螢斗さんは男女問わずおやさしい方ですよ。うわついたお話も聞きませんし」

「それでも。……あいつは、嫌な感じがする」


 ぼそりと星夜がつぶやいたことは聞こえなかったが……

 どうも星夜は、螢斗を警戒しているようだ。


「鷹月さま、どうして……」

「俺は案外、心が狭いんだ」


「やきもちだ」と断言されてしまえば、花梨もそれ以上、追及できなかった。

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