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第15話 おたわむれもほどほどに

「嘘をつくのはやめろ。思ってもいないことを、口にするんじゃない」

「嘘じゃありません。私は本当に……っ」

「それなら、どうして俺を見ない? どうしてきみは……そんなにつらそうなんだ?」


 花梨かりんは唇を噛む。

 奥歯を噛みしめていなければ、堪えられなかったから。


 花梨は答えない。

 顔をそらすことが、今できる精いっぱいのことだったから。


「こっちを見てくれ、花梨さん」

「っ……!」


 この期に及んでも、星夜せいやは目線を合わせようとする。

 そっとほほをつつみ込まれたら、花梨もなすすべがなく。

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼす情けない顔を、星夜の目の前にさらすことになってしまった。


「……鷹月たかつきさまは、私がわがままを言っても、冷たくしても、めげずにかまってくる、変なひとです」


 気づけば、そんな言葉がこぼれていた。

 せき止めていた感情も、一度解放されてしまえば、止められない。


「あなたみたいにすてきなひとには、もっとお似合いの方がいるはずです……どうして、私なんですか……なんで、やさしくするんですか……私はお嬢さまでもお姫さまでもない、きっとあなたを不幸にする……だから、やさしくしないで……これ以上、期待させないでください……っ」

「花梨さん。……もういいから」


 星夜をふりほどこうとすれば、逆に引き寄せられる。


「自分を傷つけるのは、もうやめてくれ」


 星夜の言葉に、花梨は我に返った。


「俺に嫌われようとして、きみ自身が傷ついた顔をしている。俺の痛みを自分のことのように感じてくれるきみを、どうして放っておける?」

「鷹月さま……きゃっ!」


 星夜の腕に閉じ込められるまで、あっという間だった。

 あまりの密着具合に、花梨はかああっと顔が火照る。


「離してください……!」

「泣いているきみを、離すわけがないだろ」

「泣いてません!」

「俺は泣きそうだ」

「んなっ……」

「いろいろとままならなくて泣きそうだったが、今度はうれしくて泣きそうだ。きみの本音が聞けたから」


 ……本音。

 一瞬思考停止した花梨は、はっとする。


「あの……鷹月さま」

「うん?」

「聞かれ、ました……?」

「なにをだ?」

「もうっ、とぼけないでください!」

「俺がすてきな変人だとか、期待するからやさしくしないでくれだとか?」

「忘れてください」

「今まで以上にやさしくしようと思った。そうしたら、きみは『期待してくれる』ってことだろ?」

「〜〜〜っ!」


 手遅れとは、このことを言うのかもしれない。


「あぁ、だめだ……きみはどうして、そんなに可愛いことを言うんだ」


 星夜が悩ましげにつぶやいたそのとき、花梨は瞳を見ひらく。


(『好感度ゲージ』が……!)


 つい先ほどまで橙色だったハートが、あざやかな赤色に戻っている。

 なんならひとまわり大きくなって、ドッドッドッと脈打っているような気も。


「こら、よそ見をするな」

「わわ……!」


 ほほをつつむ大きな手のひらが、花梨を上向かせる。

 すねたような星夜も、花梨と目が合うと、へにゃりと破顔した。


「きょとんとして、かわいいな……」

「……あまりの衝撃に、言葉を失っているだけです。鷹月さま、すばらしくキャラが崩壊されておりますが」

「しまりのない顔をしている自覚はある」

「でしたら……」

「そういうきみこそ、その恥じらい顔が俺を骨抜きにするすさまじい威力であることを、自覚したほうがいいぞ」

「骨抜きっ……!?」


 まさか星夜の口から出てくるとは思いもしない単語だ。


(あれ、私……鷹月さまに嫌われようとしていたのよね?)


 あらためて自問自答してみる。

 結果、好感度が下がったと見せかけて、なぜかさらに爆上がりしたようだ。なぜだ。


(でも……なんだろう、この感じ……心地いいわ)


 ほっとした、とでも言おうか。

 星夜に抱かれて、星夜の声を間近で聞いていると、花梨は無性に泣きたくなる。


(あぁ、そうか、私……)


 星夜のそばが、心地いい。

 そのことを認めてしまえば、なんだか急にばからしくなった。


(私……鷹月さまに、惹かれているのね)


 嫌われたいという感情が、いつしか色を変えていた。

 けれど花梨は、意地をはって、嘘をついた。

 本当は星夜に好かれたいという、おのれの本心に。

 そんな花梨の傷だらけの心に、星夜は気づいた。

 これ以上花梨が自分を傷つけないよう、抱きしめてくれた。


(私は……彼を好きになっても、いいの……?)


 こわごわと見上げる花梨。

 その迷子のようなまなざしに、星夜は夜空のような瞳を細めて笑った。


「きみはもっと、わがままになっていい。俺がぜんぶ受け止めるから」


 素直になってもいいのだと、言われた気がした。


 じわり。

 目頭を熱くさせるものがある。それを止めるすべを、花梨は知らない。


「鷹月さまを、きらいだというのは…………嘘です」


 ぽつりとつぶやいた花梨の頭上に、「はは」と笑い声がこぼれて。


「さて、それならどうしようか。──きみが愛しくて、たまらなくなった」


 ささやくような星夜の声が、甘い。

 これから起こるだろうことを予想しながら、花梨は逃げなかった。

 だってそんなことをしたって、無意味だ。


「花梨さん」


 熱をおびた声に呼ばれた直後、唇を食まれる。


「まって……」

「待たない」

「んっ……」


 恥ずかしくて、つい顔をそらしそうになったけれど。 

 星夜の口づけはやさしく、花梨も脱力して受け入れていた。


「は……」


 しばらくして唇を離されたものの、依然として吐息がふれるほど近くに星夜がいる。


「そんなに、見ないでください……」


 恥ずかしさのあまり花梨がうつむくと、星夜がため息をついた。


「このまま連れ帰るか……」

「お、おたわむれもほどほどに」

「冗談じゃない、俺は本気だ」

「余計だめでしょう!?」


 真顔でなにを言っているのか。

 このご時世、本当にJKをお持ち帰りするつもりなのか、この男は。


「安心してくれ、俺がなにかするとしても、よくて添い寝だ。……たぶん」

「そこは自信もちましょう!?」


 星夜のそばは安心すると思ったが、冷静に思い直す。

 身の危険しかない。


「おふたりさーん、イチャイチャするのはいいですけど、俺の存在忘れないでくださいねー」


 そして追い討ちのごとく、教室の入り口に見知った影が。


「ななな七海ななみさんっ!?」

「またおまえか。だから空気を読めとあれほど」

「いや、カマかけただけなんだけど、マジでイチャついてたんかい、あんたら」


 やれやれと肩をすくめる七海。その言い分から、どうやら今きたばかりであるらしいことがわかる。


「はいはい、花梨さんをご自宅までお送りしますよ! 口説くのはまた後日にしてくださいね、社長!」

「七海さぁん……!」

「俺より七海がいいのか? あいつ既婚者だぞ」

「あんためんどくさいな! はいそうです超美人の奥さんいますけどなにかー!」


 星夜にズバズバと物を言う七海は、花梨にとって救世主だった。

 しかしいざ花梨が七海に感動のまなざしを向ければ、星夜がふてくされるという。


「おまえがあと1分でも空気を読んでいれば、うまく事が運んだのに」

「言い方。俺、犯罪者の部下になりたくねーんですよ。ホントたのみますって、社長」


 しまいには、七海もヤケになっていた。

 星夜はぶつぶつと七海へ文句を垂れながら、右手でしっかりと花梨の手をにぎって離さない。

 ちなみに左手には、花梨の通学鞄。無自覚だ。無自覚でこの彼氏ムーブをやってのけている。おそろしい。


(恥ずかしさで、人は死ねるわ)


 どこにも逃げ場がない花梨は、羞恥で泣きそうになりながら、確信したのだった。

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