「
「私、悩んでいるように見えましたか?」
「そうですね。あなたはやさしいひとですから、突然結婚を申し込まれても、断れなさそうです」
「けっ……」
結婚。また脈絡もない話だ。
(でも、前に鷹月さまが迎えにきて、学園で目立っちゃったこともあるし……)
『そういう噂』が
「念のため申し上げますが、お付き合いをさせていただいている方は、おりません」
「そうなのですか? お見合いをされたとお聞きしましたが」
「それだけです! 鷹月さまとは婚約もしていませんし、お見合いだって母が楽しみにしていたので、断りづらくて……」
そこまでまくし立てた花梨は、はっと我に返る。
(私、なにをそんなに言い訳して……)
(だけど、でも……)
それならどうして、あんなに必死に言い訳をしてしまったのだろう。
どうして、星夜に悪いことをしてしまったような気分になるのだろう。
「そうだったんですね」
「螢斗さん、あの……」
だが、花梨ひとりのために、時は止まってはくれない。
「あなたの本音が聞けて、よかった」
ふと瞳を細めた螢斗が、腕を伸ばしてくる。
そしてすくい取った花梨の亜麻色の髪のひとふさに、唇をふれあわせた。
「花梨さん、僕でお力になれることがあれば、なんでもおっしゃってください。──あなたのためなら、なんでもします」
窓から射し込む夕焼けをあびた螢斗は、ほほが赤らんで見える。
ひざまずいてプロポーズ、とまではいかなくとも、螢斗の行動は、お姫さまにアピールをするおとぎ話の王子さまを思わせた。
本当に恋でもされているように、錯覚してしまうほどに。
「螢斗さん……」
しばらく呆けていた花梨は、直後、一瞬で現実へ引き戻される。
螢斗の肩越しに、人影を認めたためだ。
「待たせてすまない」
今となっては聞き慣れた低い声が、教室にひびく。
星夜のすがたが、そこにあった。
「鷹月さま……!」
とたん、花梨のこめかみに冷や汗がふき出る。
(いつの間に……!)
焦る花梨をよそに、螢斗はいつも通りの笑みを浮かべる。
「あぁ、引き止めてしまってごめんなさい。僕は失礼しますね。花梨さん、また明日」
にこやかに言い残した螢斗は、星夜への会釈も忘れずに、教室を後にした。
静まり返った放課後の教室。花梨は、バクバクと異様に心臓が脈打つのを感じていた。
(螢斗さんとのこと……絶対問い詰められるわよね)
うつむく花梨になにを思ったか。星夜が背を向け、口をひらく。
「ほら、遅くなるぞ。早く帰ろう」
「えっ……」
星夜の反応は、予想外のものだった。
花梨にかまいたがる星夜なら、「あいつは誰だ」とか「ふたりでなにをしていたんだ」とか、詰め寄ってくるだろうと思ったのに。
「あの、鷹月さま! その……聞かれて、いましたか?」
「聞く? なにをだ?」
もちろん、螢斗との会話を、だ。
星夜はとぼけている。だが花梨へ返す声が、いつもより半音高い。不自然な高さだ。
そして星夜は背を向け、かたくなに花梨へ顔を見せようとしない。
「俺が聞いたら、きみはなんでも答えてくれるのか?」
相変わらず、星夜はふり向かないけれど……
「思えばきみは……最初から俺との婚約に、難色を示していた」
先ほどとは一変して絞り出すような声が、すべての答えだった。
「俺に嫌われたいのだと言う口で、俺のことを嫌っているわけではないとも言う。俺は……きみの考えていることがわからない。わからないなりに、好意はつたえてきたつもりだ」
それは、花梨もよくわかっている。
いつだって星夜の言葉は、行動は、まっすぐだった。
「きみはすましているつもりでも、俺のすることにいちいち反応して、だけど邪険にはしない。そっぽを向いていたかと思えば、ふいに可愛く笑うから……気を許してくれているのだと、思っていた。だがそれは、俺のかん違いだったんだな」
「鷹月さま、私は……」
「きみにも事情があるんだろう。無理やりきみの過去を暴くような真似はしたくない。それでも……俺にだって、がまんの限界はある」
なにかに耐えるように吐露していた星夜が、おもむろにふり向く。
誘われるように、花梨は見上げ──
「歯がゆくて、腹立たしい。きみが俺以外のやつと親しげにしていたのが……苦しい。悪い……どんな顔をしているのか、自分でもわからないんだ」
「っ……!」
声をふるわせる星夜は、今にも泣き出してしまいそうだった。
弱々しい星夜の表情に、花梨は絶句する。
さらに花梨は、驚くべき光景を目にする。
星夜の胸もとで不規則に脈打つハートが、赤色から橙色へ変色する光景だ。
(好感度が下がって……)
息をのむ花梨。
──鷹月さまに、嫌われてやるーっ!
そう奮起した自分が、花梨の脳裏によみがえる。
(そうよ、私は鷹月さまに嫌われるために奮闘してきたの。一歩前進だわ)
だから花梨は、腕を組み、つんとした様子で、星夜へ言い放つ。
「でしたら、私のような女は早々に見限ればよろしいだけのことでは?」
「……花梨さん」
星夜の声が、低くなる。
もうすこしだ。あとすこし、突き放せば。
「あら、私は間違ったことを言っていますか? 鷹月さまのことは最初からなんとも思っていませんでしたし、たびたびデートにさそわれるのも、はっきり申し上げて迷惑でした」
「……いい加減にしろ」
うなるような星夜を前に、ひるんでしまいそうになる。
だが花梨は、引き下がるわけにはいかなかった。
──言え。
容赦なく突き立てるのだ、言葉の刃を。
「ですから私は、あなたのことがきら──」
意を決して吐き出そうとした言葉は、声にならなかった。
ぐっと、手首をさらわれたせいで。
「やめるんだ、花梨さん」
頭上を覆う影。
怒鳴られてもしかたがないのに、星夜はそれをしない。諭すように、花梨を呼ぶだけだ。